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清楚令嬢だけどロックバンド始めまして

作者: 星乃カナタ

 

「な、なんだコレは───」


 第三王子は絶句する。


 場所は王都、王城、大広間。

 響き渡るギター、ベース、ドラムの音。

 そして何より──響き渡っていたのは、彼の婚約相手でもあった清楚系令嬢『エミリー・ベニントン』の低音で歪んだ絶叫デスボイスだった。



 ◇◇◇



 今日は建国300周年を祝うパーティーだ。

 国外のお偉い方々を招き、城では大きなパーティーが開かれていた。

 貴族階級でない他国の人々も沢山、お祭り気分でこの国へ訪れて来ている。城下町は大騒ぎだった。商人たちはここぞとばかりに露店を開いて、大きな声で客を呼んでいる。


「ビール! 名物のベニントンビールは如何かな! とんでもない度数! 辛さ! この真夏にピッタリだよ!」


 露店には様々な種類の商品が売られているが、中でも特に多いのがこの国の名物、ベニントンビールだ。

 一般庶民から貴族、少年少女から老婆まで、とても幅広い人々に愛される名産品。

 このベニントンビールを販売している露店の中でも階級があり、名店というものが存在する。


 スキンヘッド店主がマスコットの『アルコール・イズ・ライフ』という店も、その一つだ。


「おう、いらっしゃいらっしゃい! どんどん飲んでけー!」


「店主。一杯くれ」


 まさにごった返し。呼吸を忘れるほどの人混みの中を割って、一人の少女が酒を求めてやって来る。

 銅貨一枚を机の上に、ぶっきらぼうに置いて、彼女はそう要求してきた。


「あ? ぁあ、おうよ。ほら」


「ありがとよ、おっちゃん」


 ジョッキ一杯を手渡しながら、店主は少女を一瞥いちべつした。口調とは裏腹に、綺麗な少女だった。

 きっきり決まった真紅のドレス。

 長く伸びた、しかし艶がある金髪。

 宝石のようなゴールドの瞳。

 はっきり言って、容姿だけで見れば、こんな酒飲みしかいない人混みゾーンには到底場違いだった。


「んだ、嬢ちゃん。随分と豪華な格好してんね。旅行客かい?」


「いや違うけど。今日、成人を迎えたもんでさ。これからパーティーだ」


 言いながら、彼女はジョッキをイッキする。

 圧倒的な辛さを誇るベニントンビールを、一口で飲んでしまうなんて……大した奴だ。

 店主は感心しながら、

 ふと、


「へぇ」


 誕生日が建国日と同じなんて、随分めでたいな、と思った。


「じゃあ今日から酒が飲めるのか」


「おうとも。初めて飲むビールは、この店のベニントンビールって決めてたのさ」


「そりゃ光栄だねぇ」


 そう言われると、ビールを作り続けて良かった、と感じる。


「気分が良くなった。嬢ちゃん、名前は? 今度来たらサービスしてやるよ」


「エミリー・ベニントンだ。これから、よろしく頼むぜ。おっちゃん」


「おうとも!」


 そう言って軽快に人混みの中に消えていく少女。エミリー・ベニントンか。

 覚えておこう。

 ……待て。ちょっと待てよ?

 波のようにやって来る大量の客たちを、神業の如く捌きながら、店主は考える。

 ベニントンだと?

 それは、うちの提供しているビールの名前にもなっている言葉で。ベニントンは今の王家と共に建国に尽力した、国随一の名家じゃないか。


 じゃあ、さっきの少女は────。



 ◇◇◇



 貴族たちによる合唱団の番が終わった。

 辺りは拍手に包まれる。


 第三王子である『マサ・コルド』はこの時を楽しみにしていた。

 王城の大広間にて催されているパーティーの中盤。様々な貴族や特技を持った人々による披露宴が行われている最中だった。

 出し物は様々で、本格的な劇から、大道芸、漫才、オーケストラ。


 建国300年を記念する宴として、申し分ない盛り上がりだった。


 その中でもマサが楽しみにしていたのが、次の出し物。そう。次の出し物には、自身の婚約者であるエミリー・ベニントンが参加しているのだ。

 一体どんな事をするのか。

 それは本番まで内緒だと言って、教えてくれなかった。


 照明が暗転する。

 場は静まり返る。

 暗黒の中で、広間に特設されたステージに何やら動きがあった。

 人々が忙しなく何かを運んでいる。

 何かが始まる予感。

 程なくして、ステージが一筋の光で照らされた。


 さほど明るくはない。

 ただ一点を照らすための照明。


 そして、足音。


「き、来た!」


 思わず小声で叫んでしまう。

 本当は大声を出して、叫びたいけど。

 周りの静寂に圧倒されて萎縮してしまう。


 だが、


 そんな空気も一瞬で終わることになる。


「なぁお前ら。今日、生きて帰れると思うなよ?」


 静寂を突き破るような一言。

 困惑する暇もなく、ドラムの爆音と共に曲が始まる。先程まで貴族たちの合唱や、オーケストラを聞いていた貴族ジジババの鼓膜を破壊するような絶叫。


 爆音が響き渡り、赤と青の照明が点滅する。


「RAISE YOUR HANDS(手を挙げろ)! 

 THIS SONG IS CALLED(この曲の名は)……」


「JUST SCRRrrrrreeeEAM("いいから叫べ")!!!!!!」


 ハイテンポで進む。

 デスボイス、スクリーム。

 悪魔のような演奏だった。

 耳を塞ぐ物もいれば、唖然としている者もいた。


 マサも、唖然とする者の一人だった。


「あ、あのベニントン家のお嬢ちゃんがこんな乱暴だなんて」


「こ、鼓膜が……」


 会場の大半はとっくに冷めていた。

 ほぼみんな立ち尽くしていた。

 しかし、エミリーは続ける。

 鬼のような声で、立ち尽くす奴らに叫ぶ。


「お前らそんな地蔵状態で良いと思ってんのか! 良い子ちゃんぶってんじゃねぇぞ! 私たちのこの魂の叫びを浴びろ! そして叫べ!!!」


「私は今日、大人になった。だから言わせてもらうぜ。この世の中、ハングリー精神が足らねぇよ! 今の現状に満足してんじゃねぇぞ!」


「お前ら、人生は一度きりしかないんだ。いつまで立ち止まったままでいる! いつまでも後ろ見てたら、転んじまうぞ、どっかで呆気なく人生は終わっちまうぞ!」


「私たちは叫び続ける! お前らが変わるまで! 思いっきり叫ぶまで! さぁ、今日が革命の日だッ!」


 熱いMC、それに対して未だ地蔵状態の観客たち。いやいや、こんなアウェイな環境でやっても盛り上がらないって……。

 マサはそう思いながら唾を飲んだ。

 その時だった。


「うおおおぉおお! エミリーぃぃい!!!! 最高だぁぁああ!!!」


 急に隣の席にいた、イケメン第二王子のハルトが立ち上がって叫んだ。随分と感銘を受けたようで涙を流している。

 みなが静かに座って鑑賞している中で、明らかに悪目立ちする彼。


 だが、それを皮切りに。

 他の貴族たちも立ち上がってゆく。

 手を空に挙げる。

 箱入り娘のフリをしていた少女も。

 もう声がガラガラになってしまった爺さん貴族も。

 みなが立ち上がっていく。


「いいぞ! 自分の気持ちを思いっきり叫べぇえええええええ!!!」


「うわ、うわうわ、うわわわ……」


「エミリー!」


 もはや椅子なんてない状態。

 オールスタンディング。人々はステージの前まで押し寄せる。

 彼もジジイ貴族たちの太々しい体に押され、巻き込まれてステージ前方まで連れていかれる。

 エミリーがすぐ目の前だった。他のメンバーたちの顔もよく見える。よくよく見ると、みなが著名な名家出身の娘たちだった。


 気が付けば、5、6曲ほど終わっており。

 辺りの雰囲気は最高調に。先程までの冷め具合とはまるで正反対である。


「よしよし、みんな。やれば出来るじゃねぇか。私たちは貴族である前に動物ケモノなんだよ、それしっかり覚えとけ!」


「「「うおおおおおお!!!!!!!」」」


 な、なんなんだコイツら……。困惑するマサだが、冷めているのは会場でもう彼だけになりつつあった。


「一旦落ち着いた所で、メンバー紹介!」


「「「うぉおおおおお!!!!」」」


「清楚と呼ばれるのが嫌でバンド始めました。わたくしの名前はエミリー・ベニントン。以後、お見知り置きを」


「「「可愛いいぃぃ!!! ギャップ萌え!!」」」


 ベニントン家の令嬢。

 エミリー・ベニントンは清楚令嬢として有名だった。お嬢様といえば彼女、そんなイメージがこの国にはあった。

 しかしステージ上の彼女はどうだろう。

 イメージとは真逆。そのギャップに、元から彼女に憧れていた貴族たちは更に惹き込まれていく。


「元気してますかー! ギターのアリエルです!!!」


「「「いええええええええええい!!!!」」」


「えーっと、一昨日に婚約破棄されたので今日はヤケ酒しながらギター弾いてまーす!!」


「「「うおぉおおおおおおお!!!! ロックだ!!!!!」」」


「まだまだ行ける? ベースのヴァネッサです!」


「「「ヒューー!!!!」」」


「ドラムのトモだよ!!」


「「「いえええええええい!!!」」」


 メンバー紹介が終わって、迎える次の曲。


「激しい曲ばっか、そろそろ疲れて来たか? いいぜ。そろそろ私たちの出番も終わりだしな。衝動的に生きることは大切だけど、時には休みも必要だよな?」


「今日が、バンドとしての初のライブ。最後の一曲で後悔はしたくない。誰かがぶっ倒れたりなんかしたら大変だしな。だから、聞かせる歌を歌います。聞いてください」


 聞かせる歌。それはつまりバラードだ。

 轟音が響いていた数分前とは打って変わって、静寂。照明がどんどん暗くなってゆく。

 薄暗い。熱も冷めて来た。

 一安心。マサはゆっくりと肩を撫で下ろした。


「は」


 直後。


「この馬鹿どもが! 言ったよな? 生きて帰さねぇってよお!!!」


 照明が一気につき、点滅。

 レーザータイプの光の演出も加わる。

 ドラムが鳴り響く。間違いなくバラード曲ではなかった。始まるのはロック。

 その中でも特に先鋭的なロック。

 この国で最近生まれた派閥──間違いなくラウドロックに分類される曲だった。


「頭振れ!! そして全員○ね!!!!」


「「「うおおおおぉおおお!!!」」」


 会場のノリは再び天辺へ。いや、マックスを更新しているかもしれない。

 人々の上に乗り上げ、担がれる人たちが出てきた。これが全て貴族たちによるものだとは到底思えない。


「まじかよってぇ、うぇ!?」


 気が付けば、人混みによって自分も持ち上げられていた。群衆の上を泳がされる。

 その様はまさに恐怖だった。

 彼女と目が合う。背筋が凍る。先程までの楽しみの感情など、とうに遥か彼方へ吹き飛んでいた。


 それどころか、コイツまじか状態。

 婚約破棄という選択肢が頭をよぎるどころか、八割を占めていた。

 もうこんなのゴリゴリだ。

 人々に押されて、肩車される形になった。


 彼女と自分はまだ目が合ったままだった。

 いや、"まま"ではない。スローモーションに感じるけれど、この瞬間は一瞬に過ぎないのだ。

 マサの瞳に反射する、自分を見て歌う彼女の姿。


 エミリーは歌いながら、観客に向けて指をさす。


「お前らじゃねぇ! お前に言う為に此処にいる!」


 全員に対してじゃなく、お前に言う。

 そんなクサいMC。だが熱は伝播する。熱すぎるロックは感染する。


「───私たちについてこい!!」


 清楚令嬢の全く異なる一面。

 マサが、それに負けた瞬間だった。


 その永遠に感じるような一瞬、彼は心に大火傷を負う。冷めていた心が溶ける。自然と口が開く。喉が開く。振動する。


「うおおおおぉおおおおおお!!!!」


 気が付けば、会場全員が手を突き上げて叫んでいた。そこには国王、貴族の箱入り娘、第三王子も含まれていた。

 恋を越える愛。

 激動。第三王子は蛙化を遥かに飛び越して、エミリーしか見れなくなっていた。エミリー以外見ません。以後、彼は彼女と結婚して波瀾万丈な生活を送ることになるらしい。


 そして、このライブはのちに、伝説として受け継がれることになる。同時に、世界へ彼女たちの名が轟くことになった。

 すぐに国内ツアーが始まり、ワールドツアーも開催された。

 決まり文句はこうだった。


「わたくしの名前はエミリー・ベニントン。清楚令嬢だけどロックバンド始めまして」


 咳払い。


「ゴホンっ、」


 そして。


「─── なぁお前ら。今日、生きて帰れると思うなよ?」


 と。



異世界にロックバンドはあるのか。

そもそもバンド出来る環境なのか。

それは知りません。

機材は電気じゃなくて、魔法で動いているのかもしれません。

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