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色とりどりな傘模様

雨の日に出会った妖怪は…?

朝の晴天が嘘の様に、大粒の雨が地面を打つ音に途方にくれた。

いつもなら折り畳み傘を鞄に入れていたけれど、昨日新しく鞄を買って中身を入れ替えた時にうっかり忘れていたんだろう。

今日は一週間振りに喫茶店でお茶して帰ろうと思っていたけど仕方ない。

喫茶店へ行くのは諦めて今日の所は家に帰ろう。

一度雨空を見上げてから上着のフードを被って雨の中を一歩踏み出した。

大学を出て家へと走っている最中、進行方向からぴちゃっぴちゃっと雨水が跳ねる音が聞こえ足が自然と止まって前を向く。

雨の中を行きかう人々の間から何かが片足跳びをしているように跳ねながら近づいて来ていて、それが何なんだろうと気になって濡れるのも構わず見ているとそれは一本足の傘だった。

見た目は汚れた赤茶色で、所々に穴が開いていたりやぶれてほつれていてボロボロで傘の中央には一つまん丸い目が私を見ている。

「・・・傘?」

周りの人たちは一本足の傘に見向きもしていない様子だからきっと私にしか見えていないんだろう。

アレは何と言う妖怪はなんだろう。

「傘イルカ・・・?」

「え・・・?」

「傘、イルカ・・・?」

「えっと・・・そうだね。傘は欲しい、かな?」

「唐傘、イレテ、アゲル」

私の目の前までやって来た一本足の妖怪は唐傘と言うのだろうか。

要るかと聞かれてつい欲しいと答えてしまったけど、どうやら正解だったらしい。

まん丸な目が嬉しそうに細められ、私の隣に移動して来ると、バッと音を発てて傘が開いた。

開いた傘の内側を見て思わず息が漏れる。

見た目は赤茶色だった傘の内側は色んな柄が継ぎはぎされたようだった。

子供の頃好きだった黄色い鳥のキャラクターや水玉模様、デフォルメされたチューリップの柄や星柄、様々な柄が溢れている。

けれど、そのどれもが薄汚れていたり穴があいていたりとボロボロでどうしてそうなったのか気になってしまった。

でも、初めて会う妖怪になんでそんなにボロボロなのかを尋ねる勇気はなくて、結局喫茶店までの道程を時々傘を見上げながら歩いた。


ーカランカランー


「・・・いらっしゃいませ・・・。」

「こんにちは、ぬりかべさん」

「おや、お嬢さん、いらっしゃいませ。外だいぶ雨が降ってるみたいですが濡れませんでしたか?」

「本当は傘を忘れたので家に帰るつもりだったんですけど・・・」

「唐傘・・・イレテアゲタ」

「お嬢、唐傘に入れてもらったんだにゃ?」

「猫又ちゃん。うん、そうなの」

「良かったですね。でも、少し濡れていますね。

冷えるといけませんし、タオルをお持ちしますからカウンターに座って待っていて下さいね。」

「ありがとうございます」

マスターさんの好意に甘えて、猫又ちゃんの隣に座ると、入り口で水滴をはらって来た唐傘さんも私の隣に一本足で器用に座る。

程なくして戻って来たマスターさんからタオルを受け取り軽く頭や肩を拭いてからいつも通りホットココアを頼む。

唐傘さんは片言でイツモノと言っていて、なるほど、この妖怪もここの常連だったのかと納得する。

でも、どうやって飲むんだろう。

手、ないけど・・・それとも隠れているだけなのだろうか?

疑問が次々とわいて、無遠慮に唐傘さんを見ていたようで、不思議そうにこちらを向く唐傘さんと目が合った。

「オ嬢、唐傘、キニナル?」

「ごめんなさい・・・まじまじと見てしまって・・・。」

「イイ、ヨ。唐傘のコト、オシエル?」

「えっと・・・。」

「教えてもらえば良いにゃ。唐傘は雨の日じゃにゃいと会えにゃいし、あんまり口も利かにゃいから、自分から話すにゃんて珍しいにゃよ。」

猫又ちゃんにうながされ、唐傘さんへと向き直る。

「唐傘さんはどういう妖怪なんですか?」

「唐傘、イロンナ傘がアツマッテ、デキタ。」

「色んな傘?」

「大切ニ、サレタカッタ傘タチ。」

「だから…内側に色んな柄があったんですか?」

「ドレモ、捨テラレタリ、忘レラレタリシタ…。」

「なんだか、寂しい、ですね…」

「デモ、今日ハ、オ嬢が、唐傘、入ッテクレタ。」

「とても助かりました。あのままだったら、ここにも来られなかったし、ずぶ濡れになって帰らなくちゃいけなくて風邪を引いていたかもしれませんから。」

ありがとうございます。とお礼を言うと唐傘さんは目を細めていた。

「ふふっ。お嬢さん、唐傘さんと仲良くなられたんですね。」

ことりと、湯気の上がるマグカップを私の前に、メロンソーダの入ったグラスを唐傘さんの前に置いて、マスターさんが微笑んでいる。

私と唐傘さんはマスターさんにお礼を言ってから、それぞれの飲み物に口を付けた。

ちなみに、唐傘さんのグラスには長めのストローがついていて、器用にストローを使ってメロンソーダを飲んでいた。

「唐傘さんはメロンソーダが好きなんですか?」

「好キ…シュワシュワ、楽シイ、オ嬢ノハ、ナニ?」

「これはホットココアです。甘くて美味しいですよ。」

「ジャア、次ハ、ホットココア、ニ、スル、、、」

「あ、でもマグカップだとストローはさせない、かも?」

「では、唐傘さんが頼まれる時はアイスココアにしましょうか。それならストローも使えますよ」

そんな事を言い合い、雨の音を聞きながらずいぶんと慣れ親しんだココアの味にホッと一心地つく。

うっすらと聞こえるBGMも相まって、のんびりとした空気が流れる店内を見渡して、隣に座る唐傘さんに目をやって、そう言えば…と、ここへ来る途中に見た唐傘さんの内側にあった柄を思い出す。

黄色いインコのキャラクターで、子供の頃好きだったものだ。あのキャラクターの名前は確か…。

「そうだ、トイトイだ。」

「トイトイ?なんだにゃ、それ」

うっかり口に出していたらしい。

猫又ちゃんが首を傾げながら問いかけてくるのに、恥ずかしくなって顔が熱くなる。

マスターさんと唐傘さんもこちらを見ていて、反射的に両手で顔をおおった。

「え…っと…唐傘さんの…内側の柄で、黄色いインコのキャラクターです…。」

「あぁ、そう言えば、そんなキャラクターが居ましたね。」

懐かしいですねぇ。と微笑むマスターさんに小さく頷くと恥ずかしさを誤魔化すようにココアを飲み干した。

「オ嬢、トイトイ、好き?」

「そう…ですね…子供の頃、とても好きで、トイトイの傘を母にねだった事があって、でも、黄色のトイトイはすごく人気で…たくさんお店を回ったけど、どこにも売ってなくて、結局買ってもらうことが出来なくて泣いたのを思い出しました。」

だから、今日唐傘さんの内側に黄色のトイトイを見つけた時、あの頃さして歩くことが出来なかった、とても欲しかった傘をさして歩いているような気分を味わうことが出来て、懐かしさと同時に嬉しくもあった。

「ありがとうございます。傘、すごく嬉しかったです。」

真っすぐ唐傘さんの方を見てお礼を言えば、大きな一つ目をぱちりとまたたかせて、それから赤茶色だった傘の色が真っ赤になってワタワタとしはじめる。

「ありゃーこれはテレてるにゃー」

「テレてますねぇ、唐傘さんがテレているところ初めてみましたよ。」

「まぁ、こんにゃ風に喜ばれる事にゃんてにゃかったろうしにゃぁ」

「良かったですね。唐傘さん。」

珍しいものを見たと楽しげなマスターさんと猫又ちゃんの言葉に真っ赤になったまま頷くように傘を縦に振った。


唐傘さんは、カウンターの上にお代を置いてぴょんっと椅子から降りると私を真っすぐと見る。

私もなんとなく唐傘さんと目を合わせていると唐傘さんの目が嬉しそうに細められた。

「オ嬢、傘、イツデモ、入レテアゲル…。」

「え、あ、ありがとうございます。」

マタネ。と言ってお店を出て行った唐傘さんの向こう側の空にはうっすらと虹が掛かっていた。

ちなみに、この後雨の日になると毎回の様に唐傘さんが現れて傘に入れてくれるようになったので、私が元々持っていた傘を使う事がなくなってしまい、この傘たちもいずれ唐傘さんになるんだろうかと考える様になるけれど、この時の私はそれを知らず、雨上がりの空にかかった虹をのんきに眺めていた。

今回の妖怪


唐傘

大切にされたかった傘、忘れ去られてしまった傘たちの集合体が形になったもの。

雨の日になると何処からともなく現れては「傘、イルカ?」と問いかけてくる。

要ると答えれば傘に入れてくれるし、要らないと答えるとしょんぼりして去っていく。


猫又

喫茶ものの怪の常連。

とある夫婦に長年愛された末に寿命を全うし、猫又として蘇った。

今までずっと老夫婦に会いたかったが拒絶されるのが怖くて会えなかったのを、背中を押されてようやく会いにいけた。

優しい子供を気に入り、よく構うようになったとか。


マスター

妖怪・・・?

人面犬のケンさんとは昔馴染みで弟分。 

お嬢さんの事を何やら知っているらしい。

奥さんが居てとても夫婦仲が良い、らしい。

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