妖怪たちと初詣
「あ、来た来た!お嬢ー!」
一月一日。
普段のお正月なら実家で炬燵に入りながらお正月番組を見てのんびり過ごしているけど、今年は寒空の下、人混みにもまれながら生まれて初めての初詣へと来ている。
それもこれも、口裂け女さんの『初詣行くわよ!』の一言があったからだ。
突然電話が来たかと思えば、開口一番そう言われ、あれよあれよと言う間に口裂け女さんと初詣に行くことが決まって、慌てて服を着替えて待ち合わせ場所の神社へと向かえば、そこには口裂け女さんだけじゃなくてのっぺらぼうさんと山姥のお婆さんも居た。
「お、遅くなってすみません・・・」
「僕らも今来たところだから気にしなくていいよー。
それよりお嬢さん、あけましておめでとうございます。」
「あ、明けましておめでとうございます!皆さん、今年もよろしくお願いします!」
「おめでとうさん。
こう言うのは若いモンだけで行きゃあ良いもんを・・・。
こんな婆さんまで一緒で良かったんかい?」
「あけおめー!
いーのいーの!山姥の婆ちゃん、今年は息子さんが仕事で帰って来なくて一人なんでしょ?
折角のお正月なんだから、皆で一緒に楽しく過ごしましょう!ね、お嬢もそう思うでしょ?」
「はいっ!私も今年は母が職場の方と出掛けてしまって一人だったので、誘って貰えて嬉しかったですし。」
「そういかい・・・。じゃあ、さっさとお参り済ませちまうよ。人間が多くて敵やしない。」
それぞれとお正月の挨拶を済ませて、山姥のお婆さんに息子さんが居たことに内心で驚きつつも、こうして母以外の誰かとお正月を過ごすのは初めてだったから、そっちの方が嬉しくて口裂け女さんに同意すれば、やれやれと言った感じで、でも少しだけ目元を和らげて、山姥のお婆さんが神社へと歩いていくのについて行く。
元日の神社と言うだけあって、初詣に来た参拝客で溢れかえっている中を皆で話しながら進んでいけば、気づかないうちに神社の鳥居の前まで辿り着いていて、楽しいとあっという間時間って進むんだなぁと実感していると、視界に映る光景に違和感を覚えた。
「あ、狛犬が居ない・・・?」
人混みのせいでハッキリとは見えなかったものの、人と人との間から見える台座の上に本来なら居るはずの狛犬が居らず、でもその事を気にしている人が居る様子もなくて、元々ここには狛犬が居ないのかとも思いつつ、でもじゃあ何で台座だけがあるんだろう考えていると、私の右隣を歩くのっぺらぼうさんの方からクスクスと笑い声が聞こえてそちらを見上げた。
「あそこの狛犬はよく散歩に出かけていて居ない事があるんだよ。」
「狛犬が、お散歩?」
「まぁ普通の人間には狛犬の像があるように見えとるじゃろうから、気付く奴もそうおらんがの」
「お嬢は私らと関わってるから、あの子たちが居ない事にも気付いたんだろうけどね。
あそこの二匹はジッとしてるのが苦手なのか、しょっちゅう何処かしらへ行ってるのよ。」
のっぺらぼうさんたちの話を聞いて、狛犬ってただの像じゃなかったんだと思っていれば、ここの狛犬は古くから居て力を得た存在だから、普通の狛犬は彼らの様に出歩いたりはしないよとのっぺらぼうさんが教えてくれた。
狛犬にも色々あるんだなぁと、妖怪たちに関わる様になってからは以前では考えられないほどに柔軟になった思考で納得していれば、拝殿がすぐそこまで来ていて、何をお願いしようかと意識が切り替わる。
山姥のお婆さんに拝礼の仕方を教わりながら手を合わせて目を閉じる。
就活が上手くいきますように。そう願おうとして、何となく別の事が頭を過った。
『お母さんに、お父さんを会わせてあげてください』
高校生になった頃くらいからは、あまり願ったり考えたりはしなくなった事で正直に言えば、お父さんはもうこの世には居ないんじゃないかとすら思っていた。
でも、今でも時折お父さんの事を話すお母さんの顔顔にはいつだって寂しさがあるものの、いつか必ずお父さんが帰ってくる事を信じている様子で、そんなお母さんの顔が浮かんだからか、不思議なくらい自然に私はお母さんとお父さんの事を願っていた。
『優しい子。かわいいあいの子。貴方の願いが叶いますように。』
とても綺麗で、優しい声と共に頭を撫でられたような感覚がして、驚いて顔を上げても、当たり前だけどそこには誰も居なくて、一体何だったんだろうと思っている内に口裂け女さんたちも参拝を終えて全員で再び人混みの流れに乗って神社を後にする頃には、先ほどの声の事はすっかり頭から抜け落ちていた。
人混みを抜け出して、いつもより少し静かな通りを行けば、見慣れた看板が目に入り迷うことなくその扉を開く。
「皆さん、明けましておめでとうございます。」
「マスターさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「ことらこそ、今年もウチの店を御贔屓にしてくださいね。」
「はい。今年も通わせてもらいます。」
喫茶店の中は沢山の妖怪たちが楽しそうに騒いでいて、その様子を楽しげに見つめていたマスターさんが私たちに気付いてカウンターから出てくるとお互いに新年の挨拶を交わす。
そのまま口裂け女さんたちと空いているカウンターに座って、マスターさんお手製のお節やお雑煮を食べながら、先に来ていた送りの会の三匹や八尺様、猫又ちゃんも入れ替わり立ち代わりこちらにやって来ては新年の挨拶をして色々な話をして、デザートにと善哉を貰って、そのあまりの美味しさに夢中になっていると、突然私の両脇からぐいっと何かが顔を出した。
「「マスター殿!我らも善哉が食べとうございます!!」」
それは、真っ白な毛並みをした二匹の犬で、私は驚いて固まった状態のまま二匹を見た。
二匹とも、首に大きな鈴の付いた紅白の注連縄巻いて、片方は口を開いて何やら嬉しそうな顔を、もう片方は口を真一文に結んでいるももの、やっぱりどことなく表情は楽しそうで、その二匹の姿にどことなく見覚えがあって、どこで見たんだろうと頭を捻ると、答えは山姥のお婆さんから飛び出した。
「阿形に吽形じゃないか。
お前さんたち、こんな所まで散歩に来ていたのかい。」
「山姥の婆様!お久しゅうございます!」
「今日は人間たちのお陰で我が主の力が漲っておりますからな!
我らが居らずとも良かろうと参ったのでございます!」
「ささ、マスター殿!我らにも善哉を!」
「はいはい。その前に、阿形さんも吽形さんも、退いてあげないと。
お嬢さんがビックリされてますからね。」
バッと二匹がこちらを見て、その勢いに驚いていると二匹はそそくさと私の両脇から顔を抜いて、申し訳なさそうに耳を垂らしながらその場に座る。
「申し訳ございませぬ。」
「マスター殿の善哉の匂いがあまりにも香しく・・・」
「ついつい前のめりになってしまったのです・・・」
「あ、いえ・・・大丈夫です。ちょっとびっくりしただけなので。
えっと、貴方方は神社の、狛犬さんたちですか?」
「その通り!私は阿形!」
「ワタシは吽形でございます!」
「「二匹揃って阿吽でございます!!」」
エッヘンと効果音がつきそうな顔で私を見上げる二匹に、思わず笑ってしまってから、宜しくお願いしますと一礼する。
すると二匹は、私を見て何故か嬉しそうににんまりと笑った。
理由は分からなかったけど、嫌な気はしなかったので私も笑みを返していると、仲良くなれたようで良かったですねとマスターさんが言いながら、二匹に善哉を出し、それにがっつく二匹を見ながら、空になった私の善哉の椀を下げていつものホットココアを出してくれた。
「美味しい・・・マスターさんのココアが一番好きです。」
「それはそれは、嬉しい事です。」
「お嬢さんは本当にマスターのココア好きだよねぇ」
「はい。あ、でも、さっきの善哉もとても美味しかったです。」
「分かる。美味しいよねぇ。
僕もマスターの善哉好きなんだ。」
「私は山姥の婆ちゃんの善哉も好きだわ。」
「死んだ亭主の好物だったからね。
生きてた頃は、よく作ったもんさね。」
「山姥のお婆さんの旦那さんって、どんな人だったんですか?」
「何だい、嬢ちゃんもそういう話に興味あんのかい?」
「そうですね、知りたいです。」
「まぁ、その内ね」
「山姥さん、御主人とすごく仲良かったんだよ。
見てるこっちが何だか幸せな気分になるくらいね。」
「おや、夫婦仲でしたら、私も負けてはいませんよ!」
「あぁハイハイ。マスターの話はまた今度ね。」
ワイワイ。ガヤガヤ。
いつもとは違った賑やかさの店内で、沢山の妖怪たちと沢山話をして、沢山笑って。
今までで一番楽しいお正月はあっという間に過ぎていき、夕方になるにつれ一匹、また一匹と店を出ていき、残ったのは初詣に行った私たちと狛犬さんたちだけになった。
片付けが大変だろうと、遠慮するマスターさんに構わず皆で手伝いをしていれば、そう言えばと口裂け女さんが口を開く。
「お嬢は初詣で何をお願いしたの?
やっぱり就活の事?」
「駄目だよ、口裂けさん。
初詣での願い事は人に話すと叶わないって言うじゃないか!」
「そうだっけ?
私は人に話すと叶うって聞いたけど?
まぁ、私たち人間じゃなくて妖怪だけど」
「どっちの意見もありますよね。」
「結局、言おうが言うまいが、願いを叶えるのは自分自身って事さね。」
「自分自身・・・」
私の願いは、自分自身でどうにか出来るもんじゃない気がするけど。
何となく話すのは気が引けてしまって言わない事にした。
けど、ふとお参りした時の不思議な声の事を思い出した。
「そう言えば、お参りした時不思議な声を聞いたんです。」
「不思議な声?」
口裂け女さんが首を傾げ、私は小さく頷く。
「お願い事をした時、とても綺麗な女の人の声がして〝かわいいあいの子、貴女の願いが叶いますように″って」
一体何だったんでしょうねと聞けば、マスターさんたちはどこか優しい表情をしていて、狛犬さんたちはとても誇らし気にしていて、でも何故そんな反応をされているのか分からず困惑してしまう。
「それは我が主のお声ですよ!」
「きっとお嬢さんの願いがとても素晴らしいものだったのでしょうね!」
「そうでしょうとも!だからこそ、我が主はお嬢さんにお声を掛けられたのでしょう!」
「ですからきっと、お嬢さんが心から願えば、きっとそれは叶うのですよ!」
神様の声と言われてもあまりピンとこなかったけれど、狛犬さんたちの言葉やその言葉に頷く口裂け女さんたちの様子に、そういう事もあるのかと納得した。
「叶うと言いわね、お嬢の願い事」
「・・・はい。」
「大丈夫だよ。神様が叶うようにって祈ってくれたんだからさ。」
「ワシも長生きしとるが、神の声を聞いた人間が本当に居るとはのぉ」
「まぁ、分かる気はしますよ。
お嬢さんはとても良い子ですからね。
貴女の願いなら叶って欲しいと僕も思いますし。」
皆さんもそうでしょう?と言うマスターさんにそれぞれが同意を示した事に嬉しいやら恥ずかしいやらで思わず顔を両手で覆う。
そんな私の様子に微笑まれ、居た堪れなくなってしまって片付けを手早く終わらせて荷物を手に取る。
今日はお代は結構ですよとは言われていたけど、お節もお雑煮も善哉もココアもとっても美味しかったから、お礼の気持ちとして幾らかのお金をカウンターに置いてから入り口まで向かって、一度マスターさんたちの方を振り返って深々と頭を下げた。
破裂しそうな心臓に負けそうになりながら、私は一度大きく息を吸ってから勢いに任せて大きな声で言った。
「私、今年はもっともっと、皆さんと仲良しになりたいです!
だからっ、今年もよろしくお願いします!!」
叫ぶように言ってから、逃げる様に店を出る。
きっと、次に行った時は誰かしらにからかわれる事になるだろう。
でも、言った事に後悔はなかった。
今年は、きっととても楽しい年になる。
そんな予感が、あったから。
今回の妖怪
口裂け女
喫茶まほろばの常連。
現代に馴染み過ぎた昭和を代表する都市伝説。
最近はSNSでの目撃談多数。
人間の彼氏がいる。
口調はキツイけど面倒見が良い皆のお姉さん。
お嬢の事で何やら知っているらしい。
のっぺらぼう
喫茶まほろばの常連。
就活中だが中々上手くいかない。
山姥
喫茶まほろばの常連。
誰もが認める昔からいる妖怪。
三婆の一人で、基本的に他の婆二人の言い争いは傍観している。
着物の色は灰色。
人間の旦那さんが居た。
マスター
妖怪・・・?
人面犬のケンさんとは昔馴染みで弟分。
お嬢さんの事を何やら知っているらしい。
奥さんが居てとても夫婦仲が良い、らしい。