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我ら妖怪送りの会!

 今日は朝からツイてない日だった。

スマホのアラームを切ったままにしていて、それでも普段ならちゃんと同じ時間に目が覚めるのに、起きたらいつも起きる時間から一時間も経っていて、慌てて家を出たら靴下は左右で違うものを履いていたし、電車が遅れて大学の講義に遅刻した。

 お昼になってコンビニへ行こうとしたら前から歩いていたながらスマホをしていたお兄さんとぶつかって尻もちをつくし、ぶつかったお兄さんには舌打ちをされた。(私は悪くないと思う。)

コンビニに着いて目当てのパンを買おうとしたら目の前でOLさんが最後の一つを買っていった。

そして極めつけは・・・。


「本日、貸し切り・・・」


 せめて、せめて帰る前にお気に入りの喫茶店でのんびりして帰りたかったのに・・・。

今日は本当にツイてない。

がっくりと肩を落として踵を返そうとすると、足元にいた一匹の妖怪と目が合った。


「なんだ嬢ちゃん、中に入らねぇのかい?」

「ケンさん・・・それが・・・」


 私は項垂れたままでちらりと後ろを振り返る。

そんな私の横を通り抜けて、扉を見上げてなるほどと頷いた。


「ちょっと待ってな。」

「え、ケンさん・・・?」


スッと小さな妖怪たち専用の入り口から中に入っていくと、五分を経たずに再び入り口からケンさんが顔を出した。


「嬢ちゃん、入って大丈夫だぜ」

「でも、貸し切りって・・・」

「構いませんよ。どうぞ、お嬢さん」


 ケンさんに中に入る様に言われても、入り口の張り紙が気になっているのを見越されていたのか、ガチャリと扉が開いていつもの様に穏やかな笑みを浮かべながらマスターさんが手招きをするのに誘われるようにして店内に入る。

 店内は、いつもの賑やかさが嘘のようにガランとしている。

よく見ると、テーブルや椅子が端に寄せられ、その中央では三匹の妖怪が車座になって何やら悩むように唸っていた。


「あの、彼らは・・・?」


ぬりかべさん会釈してから、カウンター席に座ってチラリと後ろの三匹を見ながら軽々と隣の椅子に飛び乗ったケンさんに問いかける。


「アイツらは、送りの会の連中だ。」

「送りの会?」

「送り鼬、送り犬、送り狼から成る送り妖怪の集まりです。

月に一度、ウチを貸し切りにして集会を開いているんですよ。」

「へぇ・・・送り狼って言葉は聞いた事ありましたけど、妖怪の名前と同じなんですね」

「あぁ、人間の間で使われてる送り狼っつうのはあの妖怪が語源になってんだ。」

「妖怪が語源・・・なんだか面白いですね。

それで、彼らは今何を悩んでいるんですか?」

「それは、だな・・・」

 

 私の視線を追うようにして、ケンさんとマスターさんもどこか暗い雰囲気の三匹をみやる。

話しても良いものかと悩んでいるようだったけど、結局は教えてくれる気になったのか、ケンさんがコーヒーを一舐めしてから話し始めた。


 「一番小さいヤツ、居るだろ?

アイツが送り鼬なんだが、今、アイツが消えるかどうかの瀬戸際なんだよ。」

「消えるって・・・この間マスターさんたちが話してくれたみたいに、ですか・・・?」

「なんだ、知ってんのか。じゃあ、消える原因も分かるな?」

「人間に認知されなくなったから、ですよね?」

「そうだ。送り狼は言葉として伝わってっからな。そうそう消えるこたぁねぇだろ・・・。

だが、送り犬と送り鼬は認知度が低い。昔はこの店にももっと送り妖怪もいて、集会ももっと騒がしかったんだがな・・・。今じゃもう、送り鼬に関して言えば、アイツが最後の一匹だ。」

「そんな・・・」

「時代が流れて、妖怪の存在を信じる人間も殆どいませんからね・・・。仕方のない事なのかもしれませんが・・・」

「そう簡単に受け入れられるもんじゃねぇわな」


 心配そうに送り妖怪たちを見つめるケンさんとマスターさんにつられ、私も三匹の妖怪たちを見る。

小さい体を更に縮こまらせた鼬に寄り添うように、送り犬は送り鼬の額に鼻を寄せ、送り狼はその背に大きな前足を添えていた。

 大切な仲間が、消えてしまう。

例え人間からその姿が見えなくなるだけだとしても、その状態が続けば、やがてその存在すらも消えてしまう。なら、何としてでも阻止したいと思うのは当たり前だろう。

私は、大切な人が居なくなって悲しみに暮れる人を身近でずっと見て来たから、彼らの気持ちが、少しは理解出来る気がした。

私に、何か出来ることはないか。そう考えた時、ある考えが頭の中を過った。


「あの、マスターさん・・・人間に認知されるっていうのは、どういう形でも良いんですか?」


突然の問いかけに首を傾げたマスターさんは、私の質問の意図を測りかねているような困惑した様な顔をしながらも頷いた。


「つまり、送り鼬さんの名前だけでも良いってことですよね?」

「何だ嬢ちゃん。妙案でもあんのかい?」

「何ですと?!それは本当でゴザイますかお嬢さん!!」

「教えてください!一体どうすれば良いのでしょう!?」

「ワシら何でもやる!だからお嬢!教えてくれ!!」


ケンさんの言葉に反応した三匹が、凄い勢いで詰め寄ってきて思わず身を引いてしまう。

必死の形相で迫りくる三匹を、ケンさんとマスターさんが引き離してくれ、ホッと息を吐くと、ココアを一口飲んでから先ほどまで考えていた事を話し始めた。


「え、えっと・・・何年か前ニュースになった事なんですけど、児童養護施設・・・簡単に説明すると親が居なかったり事情があって親と一緒に居られない子供たちが生活する所なんですけど・・・そこに匿名の人物からランドセルが届けられて話題になった事があるんです。」

「それが、ワシらの問題とどう関係があるんじゃ?」

「話題になったということは、多くの人がその存在を知っていた・・・つまり、認知していたという事に繋がると思うん、です、けど・・・だから、送りの会で、贈りの会・・・みたいな・・・ちょうど、クリスマスも近いですし・・・」

「「「クリスマス・・・??」」」


私の説明に、ふむふむと頷いていた三匹が、クリスマスという言葉にそろって首を傾げいる。

のっぺらぼうさんや口裂け女さんが人間の世界に溶け込んでいるから、まさかクリスマスを知らないとは思っていなくて、私は三匹に分かりやすいようにクリスマスについてやサンタクロースについて話すと、三匹はおぉと感心したように声を上げた。


「つまり、そのクリスマスとやらにかこつけてワタクシども送り妖怪が童たちに贈り物をし、人間にワタクシどもの事を認知してもらうと言う事でゴザイますね!」

「そういう事、です・・・けど・・・」


一通りの説明を終えてから、現実的に考えて無理なのではと思い至って尻すぼみになってしまった。

送り妖怪たちの謂れとは全く関係はないだろうけど、それでも、この方法なら一先ず彼らの名前だけは広まり、多くの人が彼らの事を知る事にはなるし、中には送り妖怪の事を調べる人も居ると思う。

SNSでソレを広める人が居れば、更に多くの人が彼らを認知される。

そうなれば、送り鼬さんは消えずに済むかもしれない。

そう、なって欲しい。

話してみたは良いものの、実際彼らにそれが出来るかと言われれば、やっぱり無理だと思う。

その事に気が付いて、私は俯いた。

自分の軽率な発言が恥ずかしいし、ぬか喜びをさせてしまったかと思うと、彼らにとても申し訳なかった。

そんな事をうだうだと考えていると、ぽんっと大きくて温かな手が私の頭に乗せられて、顔を上げるとマスターさんがとても優しい顔で微笑んでいた。


「良いアイディアじゃないですか」

「でも、贈り物をするって大変じゃないですか・・・。

仮に施設に何かを贈るとなれば一つや二つじゃなくてそれなりの数が必要になるし・・・まず、贈り物を用意出来ないかと・・・」

「贈り物というのは、何でも良いのでゴザイますか?」

「まぁ、多分?相手が喜ぶようなものなら、良いと思います・・・」

「相手が喜ぶ物とは、一体どのようなものなのでしょう?」

「私も、贈り物をした事がないので分からないんですけど・・・例えば、自分が貰って嬉しいもの、とか?」

「では、片側の靴が良いと思います!」

「いいや、骨の方が良いじゃろう!」

「へっ?え、靴?片っぽだけ・・・骨?え、え??」

「ワタクシも、靴は良き案だと思うのでゴザイます!ワタクシもあれを投げられると楽しくなってつい追いかけてしまうのでゴザイますよ!」

「えー・・・」

「あー・・・嬢ちゃんはコイツらの事知らないんだったな。

コイツら送り妖怪は夜道や夜の山道を歩く人間の後ろについてい行く妖怪でな、コイツらの前で転んじまったり怯えたりしちまうと忽ち襲われちまうのよ。

だから、怖かろうが平気な振りをするか、食いもんや靴の片側、骨なんかを投げてくれてやるんだ。

そうすりゃ送り妖怪どもはその人間が安全に帰れるように家まで送り届けるっつーのが、こいつら送り妖怪の謂れなんだよ。」

「なるほど、だから・・・」

「えぇ。でも、人間の子供たちに贈るには向きませんし、何か別のものを考えましょう」

「別のもの、と言っても・・・用意するのが難しいんじゃ・・・。

プレゼントを買うにもお金が必要ですし」

「そこら辺は大丈夫ですよ。

人間の世界で収入を得ている妖怪もいますし、きっと手伝ってくれますから。

勿論、私もお手伝いしますしね。」

「私も、お手伝い出来たら良いんですけど・・・役立たずで申し訳ないです。」


 一応アルバイトはしているものの、お小遣い程度の稼ぎしかない私に手伝えることはたかが知れている。

言い出しっぺのくせに大したことも出来ない自分の不甲斐なさが情けなくて、下を向いてしまう。


「そんな事はゴザイません!!」


 いつの間に、私の目の前に来ていた送り鼬さんの大声に驚いて顔を上げる。

動物の表情はよくわからないけど、声はとても真剣で、何も言えずにただただ送り鼬さんを見つめていた。


「お嬢さんは、見ず知らずの、今日初めて存在を知っただけの妖怪に過ぎないワタクシが消えてしまわぬ様にするために、どうすれば良いのかを考えてくださったのでゴザイます!!

それが、ワタクシにとって、どれほど嬉しい事だったか!ワタクシは、消えることも仕方ないと、諦めていたのに。

お嬢さんは、アナタは、そんなワタクシに希望を与えてくださった!

それが困難な事でも、もしかしたら上手くはいかず、ワタクシが消えてしまう事になったとしても!アナタが知恵を授けてくださった!

アナタの心が、ワタクシはとても嬉しかったのでゴザイます!ですからどうか、ご自分が役立たずなどと、そんな悲しい事を言わないで欲しいのでゴザイます・・・。」


 送り鼬さんの言葉に、胸が震えた。

私はただ、消えてしまうと言うことが、意味は理由は違えども父親と重なって、悲しそうに背中を丸めていた二匹が母や自分と重なってしまってだけだった。

そして、たまたまランドセルのニュースの事を思い出したから話しただけだったのに。


「私は、送り鼬さんのお役に、立てましたか?」

「はい!とっても!」

「・・・良かった・・・」

「我からも、お礼を申し上げます。

お嬢様、送り鼬の為に考えてくださったこと、本当にありがとうございます。」

「ワシも、礼を言う。

お嬢。送り鼬を救う活路を見出してくれた事、感謝致す。」


 深々と頭を下げる三匹に、慌てて頭を上げる様に頼んでも、一向に頭を上げてはくれず、どうすれば良いのかと助けを求めてマスターさんやケンさんに視線を向けても、微笑まし気な笑みを浮かべているか、優しく見守っているだけで助けてはくれず、改めて三匹に向き直り恐る恐る手を伸ばしてそれぞれの頭を軽く撫でた。


「どう、致しまして。」


 それから、もう時期クリスマスと言う事もあり、クリスマスイヴの日に児童養護施設に子供たちへプレゼントを贈ることに決まった。

プレゼントは、マスターさんや口裂け女さんを筆頭に人間の暮らしに溶け込んでいる妖怪たちが集めて、送り妖怪さんたちが施設へと届ける事で話が纏まった所で、私は帰るために立ち上がった。


「あぁそうだ、嬢ちゃんは今欲しいもんとかあんのかい?」

「私、ですか・・・?うーん・・・友達、ですかね・・・なぁんて」

「友達、ですか?」

「はい。恥ずかしい話しですけど、私は人と接する事が苦手で・・・。

仲の良い友達って居たことがないので・・・。だから、友達が出来たら、嬉しいなって」


 そんな事を話しながら、ケンさんと一緒に店を出た。

 あの日からあっという間に時間は過ぎ去り、クリスマス当日。

私は朝からずっとソワソワとしながら頻繁にニュースをチェックしていると、一件の記事が目に留まった。


『一体何者?!児童養護施設に送りの会からのクリスマスプレゼント!』


 それは、間違いなく送り妖怪さんたちの事で、逸る鼓動を抑える様に一度深呼吸をしてからリンクをタップする。

 記事には、複数の児童養護しせつに『送りの会』を名乗る複数の人物から子供たちにボールやままごとセットやぬいぐるみ等の玩具が届いていた事。

玩具がたくさん詰められていた段ボール箱には送り状がなかったことから、施設に直接届けられたと考えられるが、何時、誰が置いて行ったのかは不明で、同封されていたクリスマスカードには『メリークリスマス!楽しいクリスマスを、元気いっぱいお友達と楽しく過ごしてね!』と言うメッセージと、『送りの会』『送り鼬』『送り犬』『送り狼』という送り主と思われる人物の名前らしきもの、それぞれの動物のものと思しき手形がスタンプされていた事が書かれていた。

そして、施設職員から送りの会への感謝の言葉や、喜ぶ子供たちの様子についても記載されていて、ホッと胸を撫でおろすと同時に、つい笑みが零れた。

ニュース記事の他にも、SNSでも多くの人たちが『送りの会』についての投稿をしていて、その中には送り鼬さんの名前が妖怪の名前であることに言及している人もいた。

このまま彼らの名前が更に広まり、認知され、送り鼬さんが消えずに済むと良いなとほんの少しの希望が見えた事に嬉しくなった。

 そうして少し浮かれた心地でスマホを弄っていると、唐突にインターホンが鳴り、続いてドアポストが開く音と、カサっと何か軽いものが落ちる音がして、首を傾げながら玄関へと向かう。

三和土に、一枚の真っ白な封筒が落ちていた。

それを拾い上げて、鍵を開けて外を確認しても誰も居らず、一体何なんだろうと思いながらドアを閉めて鍵をかけ直し、部屋に戻ってベットに座りながら封筒を見る。

 表に、歪な字で『お嬢さんへ』と書かれていて、私をお嬢さんと呼ぶ人物を考えた時に浮かんだのは、喫茶店の妖怪たちだった。

まさか、と思いながらも中身を見ると、一枚のメッセージカードが入っていて、封筒に書かれていたのと同じ歪な文字が並んでいる。

その内容を読んで、私は思わず涙が溢れた。


送りの会

友達会員証


お嬢さんを、送りの会の友達会員と認めます。

毎月十五日に集会を開いているので、是非遊びに来てください。


送りの会一同

送り鼬 送り犬 送り狼


 カードに書かれている文字を指でなぞる。

裏には三匹の手形(この場合足形かな?)も押されていた。


「とも、だち・・・」


あの日、ケンさんに聞かれて答えたことを、彼らは気に留めてくれていたのだと、その気持ちがとても嬉しくて、口元がにやけるのが抑えられない。

なのに涙は止まらなくて。

その日、私は初めて嬉し泣きというものを知った。

会員証はラミネートシールに挟んで、パスケースに入れる。

来月の十五日は、絶対送り妖怪さんたちに会いに行こう。

初めて出来た妖怪の友達に会いに。

今回の妖怪


送り鼬

送り妖怪の中で最も認知されていなくて消えかかっている。

草履(片側だけのもの)が大好物で、よくどこかから持ってきては遊んでいる姿が見られるかもしれない。

ちょっとキーキーうるさい。


送り犬

見た目は柴犬。

ケンさんの弟分その二。

よくケンさんにひっついて回ってはうざがられている。


送り狼

人間の男性を指す送り狼の語源になった妖怪。

日本狼の姿をしている。

威圧感はあるが、実は小心者で三匹の中で一番の怖がり。


人面犬

ケンさんの愛称で親しまれている、喫茶ものの怪の常連。

小型犬ジャックラッセルテリアの体に渋い系イケオジの顔面。

口は悪いが面倒見のいいマスターの兄貴分。


マスター

妖怪・・・?

人面犬のケンさんとは昔馴染みで弟分。 

お嬢さんの事を何やら知っているらしい。

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