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犬も歩けば災難に当たる

「ひっく・・・ぅ・・・うあぁぁん」


 公園の隅っこで、うずくまって泣いている女の子がいる。


「おとーさーんっ・・・どこー・・・」


 お父さんを探して、泣いている女の子。

あれは、子供の頃の私だ。

お母さんと喧嘩して、家を飛び出してお父さんを探していた時の私。

 あの時、私は不思議な出会いをしたはずなのに、それはとても朧気でよく思い出せない。

 懐かしい夢を見て、なんだか一人でいるのが心細くなってここ最近通っている喫茶店へとやってきた。

マスターの奥さんが育てているという植物が店内の至る所に飾られていて見ていると落ち着くし、流れているメロディも心地よい。マスターの入れてくれるココアはどこの喫茶店のココアよりも美味しくてお気に入りだし、何よりも、ここの不思議な常連客と話していると日常の嫌な事や悩みも少しだけ軽くなる。

初めてこの店に入った時はとても衝撃的で、色々と混乱もしたけれど、今ではここが私が一番安らぐ場所になっていた。


「子供の頃の夢かぁ僕もたまに見るけど、そういうのって大体あんまりいい思い出じゃなかったりするよねぇ」


 そう言ってコーヒーを飲むのはここの常連客の一人ののっぺらぼうさんで、彼は人間の世界で就活中らしいけどその成果は私が面接を落ちた回数を二倍は上回ると言えば、どれほどのものか分かる。

 とてものんびりした妖怪で、話も合うからいつか就活が上手くいくと良いと思うけれど、そもそものっぺらぼうが人間の世界で働く意味とは?とも思わないでもない。


「のっぺらぼうさんも、夢を見るんですか?」

「見るよー。まぁほとんどは意味のない支離滅裂なものだけど、夢なんてそんなものだけどね」

「妖怪も、夢をみるんですね」

「意外だったかい?」

「はい。そもそも妖怪が眠るっていうのが意外でした」

「まぁ、妖怪の事知らないとそうだよねぇ・・・」


 表情はないのに、のっぺらぼうさんがへらりと笑ったような気がして私の頬も少しだけ緩む。カウンターの向こうでマスターさんが微笑まし気にこちらにちらりと視線をやりながら、カチャカチャと洗い物を片付けている。


チリン、チリン。


 不意に聞きなれないベルの音が後ろから聞こえ、ついで「いらっしゃいませ」とぬりかべさんの声がした。

 私が店に入った時はいつも通りのベルの音だったのに今の音はなんだろうと振り返るも誰もいない。

首を傾げていると、隣に座っていたのっぺらぼうさんが顔を下に向けて小さく手を挙げていた。


「やぁ、ケンさんじゃないか。」

「よぉ・・・のっぺらぼうのあんちゃん・・・相変わらずそうだな・・・」

「やぁケンさん、最近見なかったけど何かあった?やけに草臥れてるみたいだし」


のっぺらぼうさんにつられて、マスターさんもカウンターから身を乗り出して下に顔を向けて声を掛ける。それに私も顔を下に向けると、そこには一匹の犬がいた。とても渋いおじ様の顔をした、小型犬。


「・・・・・犬?」

「なんだ嬢ちゃん、犬が喋ってちゃおかしいか?」


 不服そうに顔を顰めた小型犬の少し低くなった声に、思わずビクついたけれど、不機嫌そうながらもそこに恐怖は感じなくて私は首を横に振った。

 ただ、ケンさんと呼ばれた目の前の小型犬はとても可愛らしいのに、顔の部分がとても渋いおじ様で声もなかなかに良い声なのがアンバランスで違和感が拭えない。でも何故だろう。私はこの妖怪を知っている気がした。


「いえ・・・その、初めてお会いした方なので驚いてしまって・・・」

「そうかよ。だがな、初対面の妖怪を不躾にジロジロ見るもんじゃねぇぞ」

「すみません・・・」

「ケンさん、相変わらず口悪いなぁ。お嬢さん、大丈夫ですよ。ケンさん、口は悪いけど面倒見が良くて頼りになるんですよ。私の兄貴分でもあるんです」


 フンっと鼻を鳴らしたケンさん?に思わず縮こまってしまうと、犬用のお皿にコーヒーを注ぎながらマスターさんがいつもの様に穏やかに微笑みながら説明してくれた言葉に思わず首を傾げた。

 兄貴分?一体どういう関係なのか気になっていると、ケンさんはぴょんっと私の隣の椅子に飛び乗ってマスターが淹れたコーヒーを舐めて?飲み始めた。すごい勢いでなくなっていくコーヒー。そんなに喉が渇いていたのだろうか?というより、犬ってコーヒー飲んでも大丈夫なのだろうか?妖怪だから問題ないとか?


「それにしても本当に大丈夫?何かあったんじゃないのかい?」


 私越しにケンさんの方を向いて、のっぺらぼうさんが問いかける。

ケンさんはすっかりコーヒーを飲み干してから、大きなため息をついた。


「それがよう、保健所の連中に捕まってたんだよ。運悪く顔見知りの職員のやつも連休で居なくてな。今日やっと出勤してきて出られたって訳よ・・・」

「それは・・・災難だったねぇ・・・」

「保健所・・・えっと、ケンさん?は妖怪、なんですよね?」

「それ以外の何に見えるってんだよ」

「いえ・・・妖怪なのに、保健所の人に捕まったりするんですか?保健所の職員さん、驚いたりしないんですか?」

「あぁ、そういう事か。」

「僕たち妖怪ってね、妖怪を信じている人や力のある人には本来の妖怪の姿に見えるけど、それ以外の人には普通の人間や動物に見えてるんだよ。」

「そう言うこった。だから、俺は奴らからしたら野良犬に見えるってんでたまに運悪く捕まっちまうんだよ。いつもは俺を認識できる職員が居て見逃してくれるか、そいつが上手い事言っといてくれんだけど今回は新人だったらしくてな」


 私の素朴な疑問に、のっぺらぼうさんが笑ったような声で答えてくれて、それに補足する形でケンさんも説明を入れてくれたお陰で事情が呑み込めた。


「妖怪も大変なんですね・・・」

「そうなんだよ。どっかの歌みたいに楽しいばっかりじゃねぇってこったな」

「歌?何かありましたっけ?」

「「「え・・・?」」」


 しみじみと言うケンさんに、またしても私は首を傾げてしまったが、今度は私以外の二人と一匹?はとても驚いた顔をしてから、マスターは苦笑いを浮かべケンさんははぁっとため息をついた。のっぺらぼうさんは顔がないから分からないけど、雰囲気的にマスターと同じく苦笑いを浮かべている気がする。


「今の子は知らないかぁ。」

「まぁ結構昔のアニメだし、時代なのかも知れませんね」

「それじゃあ嬢ちゃんは俺の事も、なんの妖怪かわかんねぇか?」

「あ、それは知ってます。人面犬さんですよね?どんなことをする妖怪かは知りませんけど」


 何で見聞きしたのかは覚えていないけれど、私は確かに人面犬という存在を知っていた。そして、それはとても懐かしいような記憶な気がしたのに、どうして自分がそう感じているのか分からないけれど。


「ま、俺たち人面犬は人間に悪態ついて驚かすって程度のもんだな。時速何百キロで走るってのもあるが、俺は本気で走った事ねぇからわかんねぇな」

「そうなんですね。私、これまで妖怪って当たり前ですけど、関わった事もなくて。ただ何となく、子供の頃周りから聞いてたのは怖かったり人間に酷い事する話ばっかりだったせいか妖怪は怖いものだと思ってました。」

「中には人間に悪さをする妖怪もいますけどね。でも、殆どの妖怪は精々人間を驚かすだけでそこまで悪さするのはいないんですよ」

「そうそう。驚いた時の反応が可愛くて驚かすことはあるけれど、悪意を持ってるわけじゃあないんだよねぇ。」

「確かに、私も何度かこのお店に来てますけど・・・驚かされることはあっても怖い思いをしたことは一度もなかったです・・・」

「ここに来てる連中は皆、人間が嫌いじゃねぇしな。それに何より、お嬢ちゃんみたく俺たちに対して好意的な相手に対しては世話を焼きこそすれ、傷付ける事は絶対ねぇよ。俺たち妖怪ってのは、そういう存在だからな。」


 マスターさんたちが話してくれた事を意外に思いながらも、とこかで納得もしていて。ここで出会った妖怪たちを思い返す。山姥さんは特に私の話を聞いてくれたりお菓子をくれたりとなんだかお婆ちゃんみたいに接していたからか、余計にケンさんの言葉はすんなりと受け入れられた。

それにしても、話していると益々私はケンさんを知っている気がしてならない。口は悪いのに、私を見る目はとても穏やかで、人に見つめられる事が苦手なはずなのにケンさんに見られる事は何故だか嫌だと思わなくて、落ち着いた低い声も相まってなのか素直に話を聞いてしまう。この感覚を、私は昔どこかで感じた気がする。

そこまで考えて、ふと今日見た夢を思い出した。子供の頃、母と喧嘩して家を飛び出した私は、その時既に行方知れずとなっていた父を探して夕方の町を宛てもなく彷徨っていた。段々周りは暗くなっていって、人の姿もほとんどなくて、不安と寂しさから公園の隅に蹲って泣いていた時に掛けられた声。あの時の声も、ケンさんのように低くて落ち着く声だった。


「(まさか、あの時声を掛けてくれたのはケンさんだったとか?って、そんな訳ないか)」


 ふと思い浮かんだ考えをすぐに否定して、私はカップに残っていたココアを飲み干した。外はもう夕暮れ時だ。

 マスターにお会計をお願いして、私はのっぺらぼうさんとケンさんに別れの挨拶をしてからお店を出た。今日は夢の事と言いケンさんの声と言い、なんだか懐かしい気分になる日だった。ほんの少し、子供の頃の寂しかった気持ちを思い出して切なくなりながら、でもあの頃みたいな悲しい気持ちはなくとても穏やかな気持ちでゆっくりと家路を歩いた。












「あの泣いてた嬢ちゃんが、大きくなったもんだな・・・」

「あれ、ケンさん。お嬢さんの事知ってたのかい?」

「まぁな・・・昔の話さ」

「もしかして、彼女が前に話してくれた子?」

「そう言やぁお前には話したことがあったんだったか」

「一度だけね。そっか。彼女が・・・じゃあ、弟分として彼女には感謝しないといけないね」

「マスターが感謝するようなことが・・・その話は気になるねぇ」

「いつか機会がありゃあ、のっぺらぼうのあんちゃんにも話してやるよ」








今回の妖怪


のっぺらぼう

喫茶まほろばの常連

就活中だが中々上手くいかない。

お嬢さんとは就活難民仲間。


人面犬

ケンさんの愛称で親しまれている、喫茶まほろばの常連。

小型犬ジャックラッセルテリアの体に渋い系イケオジの顔面。

口は悪いが面倒見のいいマスターの兄貴分。


マスター

妖怪・・・?

ケンさんとは昔馴染みで弟分。


次回 第3話 猫又の盆帰り。

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