生け贄
「え?」
2人は同時に返事をする。
「気分が悪いの……助けてもらえる?」
真っ黒なロングの髪に黒いハットを被っていて顔は分からない。魔女らしい黒いワンピースを着ている。声から察するに若そうだ。
「大丈夫ですか?」
「気分が悪いならすぐそこに、魔法薬のお店がありますから……」
アリッサが案内しようとすると、真帆の方へ近寄って来た。
「違う。あなたじゃない……」
「え?」
女性はいきなり真帆の手首を力強くつかみ、腕をひっぱった。
「あの? 具合悪いんじゃ?」
「真帆さん!」
思いの外力強い腕の力に逆らえず、真帆はどんどんアリッサと引き離されていく。女性は何も言わず山の中へ入って行く。しばらく登り、開けた場所に出た。そこには木造の寝台のような物があった。
「あの?」
「さあ、そこへ寝て」
「嫌です!」
「嫌? 人間はここで大人しく生け贄になるんだよ」
女性は強い力で真帆の背中を押して行く。
開けた場所の先は崖だった。
「この下にはね……魔物がいるんだよ。不吉な人間は魔物の餌になるんだ」
「さあ!」
嫌がる真帆の背中を押し、足元の地面が途切れた場所へ近づいて行く。
「嫌!」
「ドン!」
女性は真帆を突き落とした。
「嫌ーー!」
真帆はどんどん落下して行く。
――怖い! 死にたくない!
だんだん血の気が引きどうすることも出来ずにギュッと瞳を閉じる。死ぬ覚悟をしたその時、真帆は温かな腕の中にいた。
「真帆」
地面に激突するはずが、狐の耳を付けた先ほどとは違う男性が現れた。
「え……?」
「大丈夫か?」
低く甘い声が耳に届く。真帆は閉じた瞳を恐る恐る開ける。
「……はい」
真帆はお姫様抱っこされ、心配そうに揺れる瞳と視線が合う。
彼は黄金色の腰まである長い髪を束ね、ふさふさの耳を付けて茶色い瞳で柔らかく微笑む。
色白で細身に見えるが逞しく、白い着物を着た美形の青年の妖だ。
生きてる安心感と先程までの恐ろしさに震えが止まらない。彼はそんな様子の真帆をしっかりと抱きかかえた。
怪しい女性は上からのぞき、悔しそうな顔をして逃げようとした所を、彼はギロリと睨みつけた。
「あの女……」
どうやら辺りには魔物の声が聞こえるが、何も近寄って来ない。
彼はどことなく品が漂っているようだ。
真帆をゆっくり地面に下ろす。
「ありがとうございます」
「怪我は?」
「大丈夫……です」
彼は頭の上から足先まで真帆を眺める。
「本当か?」
「え?」
「真帆は昔から我慢する癖があるからな……」
「昔からって? 私のこと知ってるんですか?」
「ああ、知ってる」
「ごめんなさい。私は覚えてません」
「小さい頃に会ったきりだからな」
「小さい頃?」
「ああ。よく遊んでいたのだが」
「う〜ん……」
真帆は頭をひねってみるが、全く分からない。
「まあ、良い」
「王子ー!」
「え?」
上から声が聞こえ、真帆が声のする方を見ると、商店街で会った、あのお兄さんだった。
「あ!」
彼は崖の上からあっという間に着地すると、真帆に笑顔を向け “また会ったね” と言い、王子へ近づいた。
「逃げられました。懲らしめてやろうと思ったんですけど……」
「仕方ない。真帆が無事ならそれで良い」
「真帆さーん!」
今度は上からアリッサの声が聞こえる。フレッドも駆けつけたみたいだ。