異世界からの訪問者
母は遠い過去を思い出す。あれは、母がまだ17歳のことだった。
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亜紀は由緒ある神社の跡取り娘。許婚までいた。特に不満もない、人生はこんなものだろうと半ば諦めていた。そんなある日、彼が現れたのだった。
亜紀は真帆と違い現実的な娘で、おとぎの国など存在しないと思っていた。ところが、その思いは彼により打ち砕かれたのだった。
「すみません」
いつも通り神社の仕事の手伝いをしていた時だった。竹箒を持った男性が声をかけて来た。
「はい?」
「ここは人間界ですか?」
「え……?」
「あ〜、いや。貴女は人間ですか?」
初対面は最悪だった。変な人が目の前に現れたかと思ったからだ。
「そうですよ」
亜紀はそれだけ言うとそそくさと立ち去ろうとした。
「あの! どこかに住める場所はありますか?」
「行く所がないんですか?」
「はい、お恥ずかしながら……」
「仕方ないですね。両親に話してみますから、家へ来てください」
そして、彼は亜紀の家に居候することになった。彼は何かを隠している。様子がおかしい。そもそも何故、箒を持っていたのか?
亜紀は彼にたずねる。
「何故箒を持っているんですか?」
「ああ……これは、私の大事なものなんです。空を飛べるんですよ」
彼は得意げに笑った。
「へぇ~……」
「あ、信じてませんね? よし! それなら……」
突然彼は箒にまたがり、しっかりと両手で柄を握った。彼が呼吸を整えると、辺りに風が吹き始めふわりと宙に浮き上がった。
「え? 嘘? あなた、何者なの?」
亜紀はお化けでもみたような顔をして、彼を見る。
「魔法使いです!」
彼は楽しげに言う。
「嘘よ! 信じない! 私は何も見てない。こんなの嘘。そうよ、見間違い」
「浮いたの見たくせに……」
「聞こえない。見てない。うん、気のせい!」
「信じたくないなら信じなくても良いですよ」
「え?」
「私は人間界へ来たかったんです!」
「そうですか」
「人間に会いたかった」
「そう……え? 私に?」
「あ、いや……人間に会いたかったんです」
「あなたの世界には人間はいないんですか?」
「はい。人間はいません」
「そうなんですね」
「信じてくれました?」
彼は美しく透き通った瞳で亜紀を見つめる。思わぬ行動に亜紀はドキッとする。
「いえ。まだ、信じません」
「そうですか……」
それから数ヶ月が経ち、2人は惹かれ合った。両親に魔法使いとバレて一緒にいることを反対されて、逃げるまで長いことかからなかった。
家出同然で2人は飛び出し、誰も知り合いのいない地へ辿り着いた。
彼は仕事を探し一緒に暮らし始める。人間のふりをして彼は懸命に働いた。朝早くから遅くまで2人の為に……。そして――。