濡れた服 【月夜譚No.256】
着せられた濡れ衣が、肌に張りついて脱げない。どんなに言葉を尽くしても、どんなに真実を告げても、誰も信じてくれない。それどころか、聞く耳も持ってくれない人間が大半だった。
少年は、ただ呆然とそこに立っていた。周囲から浴びせかけられる悪口雑言を聞き流しているように見えるが、実際はその一つ一つが彼の心に深く突き刺さっていた。
夕刻に鳴く鳥の声のように、聞いた傍から忘れてしまえばどんなに楽だろう。けれど、どうしてもそうはできなかった。
幼い頃から、少年は虐げられてきた。国の外から逃げてきた両親とその間に生まれた少年は、異端を排除する嫌いのあるこの国では生き難かった。それでも、母国の争いの最中にいるよりはマシだと、今まで耐えてきた。
しかし、それももう終わりらしい。謂れのない罪を疑われ、決めつけられ、彼は直に檻の中だ。
少年が色を失った瞳を持ち上げたその時、正面から人垣を掻き分けて近寄ってくる者があった。上等な服を着たその男は少年の前に立ち塞がると、高らかに彼の無罪を主張する。
目を丸くする少年に、男が振り返ってにっこりと微笑む。
何故だかそれに安心感を覚えて、少年の瞳に色彩が戻り、雨上がりの虹を映したような涙が浮かんだ。
まるで男が魔法をかけたように、一瞬で乾いた服が風に靡く感覚がした。