八話 戦場県の【理外崩拳】
「玲人にやってもらうことは主に二つね」
現実逃避した弟子の姿など見えないというように、百合はこれからの弟子育成プランを話す。
「一つ目は早朝か放課後の一時間、私との模擬戦を毎日行うこと。実戦形式で戦闘技術と理不尽を叩き込んでいくわ」
「理不尽を叩き込む意味は」
「理不尽の経験値が無いと精神的に弱い人間になるから」
聞くだけでうんざりしてくる玲人だったが、賭けに負けて弟子になった以上はちゃんと従うつもりである。
毎日放課後に模擬戦をすることを了承すると、銀髪の少女は楽しそうに笑った。
「じゃあ二つ目。惰性で鍛錬するだけだとつまらないから、目標を設定するわ。……そうね、【理外崩拳】を一人ずつ倒していくっていうのはどうかしら?」
「【理外崩拳】?」
「私が説明しましょう!」
「花菜?」
知らない単語に首をかしげると、懐から取り出した眼鏡を装着した水瀬花菜が、瑠璃色の瞳を輝かせて得意気な笑みを浮かべる。
「【理外崩拳】とは、戦場県の高校生の中でも最強の十人に与えられた称号のことですっ! さらに【理外崩拳】の中でも一位から十位までの序列があって、ここにいる百合ちゃんは【理外崩拳】序列第一位【白銀姫】の二つ名で有名です!」
「つまり?」
「おにーさんに最強の高校生達を倒してもらう、って百合ちゃんは言ってます!」
「マジかよ」
「マジです」
高校生最強らしい百合と同等の強さが目標と聞いた時点で覚悟はしていたが、道のりがあまりにも果てしない。
『オイオイオイ死ぬわ俺』と玲人が心中で呟いていると、百合が微笑みながら両手を広げた。
「まず相手してもらうのは【理外崩拳】序列第十位、【絶対防御】の金山健太郎」
「強そう」
「別名【寝取られ】健太郎を倒してもらうわ」
「どうしてそうなった」
「今まで付き合った彼女が五回連続でイケメンに寝取られたらしいわ」
「かわいそう」
「なまじ実力があって有名だったから、寝取られの詳細も戦場県全体に広がっているわよ」
「かわいそう……!」
あまりにも不憫な情報に、戦う前から同情の気持ちを抱いてしまう。
両手で顔を覆ってさめざめと泣く玲人を、隣に座る玲奈がよしよしと頭を撫でる。
「うんうん、お兄ちゃん寝取られモノ嫌いだもんね」
「玲奈…………」
「まあ私は大好物だけど」
「残念だよ玲奈、俺達はわかりあえない運命みたいだ」
「どんどんと心が傾いていく様が最高なんだよ……まあ、フィクション限定だけど。あと三次元は性癖範囲外」
頭に置かれた手を払いのける玲人、噛み締めるように目を伏せる玲奈。そんな二人の兄妹漫才を見て口角を上げた百合が言う。
「じゃあ玲人。明日の放課後、【寝取られ】健太郎にカチコミに行くわ」
「明日ッ!?」
「敵の強さがわからない状態でやる鍛錬と、敵の強さを知ってる状態でやる鍛錬じゃあ雲泥の差がでるわ。とりあえず明日は負けに行くわよ」
「…………拒否権は?」
「負けて泣きたくないなら拒否しても良いわよ?」
「あ? 上等だ勝ってやるよ!」
「「「ちょろい」」」
煽られて承諾した玲人を見て、玲奈と百合と花菜が可愛いモノを見守る目をしていた。
翌日の放課後。
何事もなく授業を終えた玲人は、百合、花菜、玲奈とともに町を歩いていた。
「【寝取られ】健太郎がいるのは拳ヶ丘高等学校よ。この辺りでも有名なヤンキー高校で【四天王】なんてものもいるけど、今日は無視するわ」
「うん、それは良いけど……なんで玲奈と花菜はついてきてるの?」
百合の説明を聞いてはいたが、それ以上に気になっていた疑問を口にする玲人。
ぶっちゃけ今日はアポ無しで喧嘩を売りに行くという非常識なことをするので、大事な妹やその親友に見られるのは気恥ずかしいのだ。
そんな想いは通じなかったのか、ニッコリ笑う花菜がスマホを構える。
「私は試合観戦が趣味なので、おにーさんと【寝取られ】健太郎さんの試合をスマホで録画しようかと。【理外崩拳】の試合なんてレアですからね」
「私はお兄ちゃんが本当に強くなったのか見たいから」
「…………まあ、良いか」
絶対に帰らないよという意思を込めた玲奈の目を見て、仕方ないと諦めることにした。
「ついたわよ、あれが拳ヶ丘高校よ」
三十分ほど歩くと、百合が前方を指差した。
そこにあったのは普通の校舎。すぐ近くに闘技場らしき建物も見えたが、それが普通と思える程度には戦場県の常識に染まった玲人である。
四人で並んで近づくと、校門で煙草をふかしていた、いかにも不良な風貌の男子達が睨んでくる。
「あぁん? テメェらここになんの用ってうわあああああああああああああああああああああ! し、【白銀姫】!!」
「白銀百合に、水瀬花菜! そ、それに【イカレナルド】の日野玲人!?」
「なっ!? コイツが、あの……!?」
「【時代の帝王】詩羽の音速0円ナックルを受け続けたというド変態……ッ!」
「なんで初対面でド変態って言われるの俺。あとウデガナルドの話がなんで広まってるの?」
恐慌に陥った不良生徒達の戦慄の視線が玲人に突き刺さる。
言葉の刃にブッ刺されて泣きそうになりながらも口にした疑問に、懐から出した眼鏡をかけた花菜が答えてくれる。
「説明しましょう!」
「ああ、うん。よろしく花菜」
瑠璃色髪の少女はキラキラと瞳を輝かせながら、手に持ったスマホを見せてくる。
「『ウデガナルドで音速0円ナックルを受け続けてる変態発見www』ってナグッターで呟かれてますっ。しかも動画付きです!」
「モラルどうなってんだ。あとナグッターって?」
「『ナグッターで呟く』で有名なSNSですよ?」
「ああいつものパチもんか」
製造元は怒られたりしないのだろうかと無駄に心配になる。
すると花菜が大きく目を見開く。
「ナグッターって県外に無いんですか!?」
「無い」
「Winスタグラムは!?」
「無い」
「うっそぉ……」と愕然とした花菜をよそに、百合は不良生徒達に話しかけていた。
「金山健太郎はどこにいるかしら?」
「ししし知らねぇ……!」
「本当に?」
「ひぃ! ほ、本当に知らねぇんだ。だから命だけはぁ!」
恐怖で顔をひきつらせる不良生徒と、いつも通りの様子の百合。ここまで恐れられるとは、一体何をしたのだろうか。
そう思っていると花菜が耳に口を寄せてくる。
「百合ちゃんは拳ヶ丘高校に一人でカチコミかけて全員叩き潰したことがあります」
「何やってんだアイツ」
涙目の不良生徒に詰め寄る百合に白い目を向けていると、渋い男の声が響いてきた。
「──俺ならここにいるぞ。何のようだ、白銀」
百八十を越える身長の男が校舎から歩いてくる。
金髪金眼で褐色の肌。制服に包まれた肉体は服の上からでもわかるほど鍛えられていた。
大人と見紛うほど成熟した相貌と、身に纏う静謐な雰囲気も相まって、年齢以上の貫禄が感じられる。
「この人が……」
見ただけでわかった。間違いはない。
この人物こそ今日の目的たる実力者。
【理外崩拳】序列第十位【絶対防御】金山健太郎。またの名を、
「【寝取られ】健太郎……!」
「……すまん。その名で呼ばないでもらえるか? 虚しくなってくるんだ……」
「あ、はい。ごめんなさい」
大人びた雰囲気が消し飛び、捨てられた子犬のような表情を浮かべた金山健太郎。
控えめに言って滅茶苦茶かわいそうだった。