七話 戦場県のハンバーガーショップ
「ウデガナルドって県外にないんですかっ!?」
「「ない」」
放課後。
驚きの声をあげる水瀬花菜と共に、日野兄妹と白銀百合は商店街を歩いていた。
同じく制服姿で遊ぶ学生達や、疲れた様子のスーツ姿の大人など、周囲には戦場県外でもありふれた光景が広がっている。
が、そこに立ち並ぶ店の名前だけは、玲人に違和感を与えるものばかりだった。
瑠璃色の髪をサイドテールにした少女、水瀬花菜が店の一つを指差す。
「じゃ、じゃああれ、『腹筋が割れるスタパのコーヒー』でお馴染みの『シックスターパックス』は!?」
「「ない」」
「じゃああれ、『耐久力が向上する弁当』で有名な『ぶってもっと弁当』は!?」
「「ない」」
「どんな障害でも『どかしてピザを配達』がモットーの『ドケヨピザ』は!?」
「「ない」」
「じゃあ何ならあるんですか!?」
「「似てるヤツなら全部あるよ」」
カルチャーショックを受けたように愕然とする花菜から眼をそらした玲人は、隣で黙っていた百合に問いかける。
「ねぇ、何でこんなあからさまに真似した店があるの」
「さあ? 子供の頃からあったから普通の店だと思ってたけど…………その様子じゃ違うようね」
「パチモンもいいところだよ……」
「ま、戦場県のことなんて気にするだけ無駄よ。それより、見えてきたわよウデガナルド」
知らないと肩をすくめる百合が指差した先には、赤と黄色の看板が特徴的なハンバーガーショップがあった。
「それじゃあ、入りましょうか」
「「ちょっと待って、まだ心の準備が」」
「いいから来なさい」
玲奈と共に覚悟の準備をしようとしたが、百合に手首を掴まれて店に入れられてしまう。
さあどんなイカれた所だと戦々恐々としながら店内を見渡した玲人は、拍子抜けしたように声をあげた。
「意外と普通」
スマホを見ながら列を作る客達と、笑顔でレジ対応する店員達。
『ウデガナルド』という名前から乱闘でも起こってると予想していた玲人は、「まあこれが普通だよね」と呟きながら注文のため列に並んだ。
「いらっしゃいませ~、ご注文をどうぞ~」
ほどなくして順番が周り、ふわふわとした口調の女性店員に注文を促される。
レジカウンター上に置かれたメニュー表に目を通して、適当に注文をする玲人。
「えっと、月砕きバーガーのセットと、三角筋チョコパイ一つ。…………玲奈、お前は」
「私も同じヤツ」
「りょーかい。月砕きバーガーのセットと、三角筋チョコパイ一つずつ追加で」
「かしこまりました~」
タタタン!と手際よくレジ打ちする女性店員を横目に、再びメニュー表に視線を落とす玲人。
さらっと流していたが、商品名がおかしい。おかしいにも関わらずスルーできた自分の適応力に虚しさを覚えていると、一つの商品に目を奪われた。
『ウデガナルドは、ナックル0円!』
…………気になる。
めちゃくちゃ気になる。
もしかしなくてもスマイル0円を真似した商品は、注文すれば拳が飛んでくることが容易に予測できた。
正直言って注文するメリットは皆無である。0円で拳が飛んできます!と言われて注文するバカは戦場県民くらいだろう。
だが、玲人はスマイル0円すら思わず注文する男であった。
こういった意味の無い行為が大好きな男だった。
「すみません、ナックルも一つお願いします」
「お兄ちゃん? 頭の病院行く?」
あんた正気か?という目をした妹に反して、ウデガナルドの女性店員は満面の笑みを浮かべて拳を構えた。
「かしこまりました~、三秒後にナックルをお届けいたします~。さん、に、いち──」
やっぱり拳が飛んでくるのか、わざわざ三秒カウントするのか。
いろいろ思うところはあれど、拳が飛んでくるなら防御しないといけない。
目を凝らし、女性店員の拳が動く瞬間を逃さないようにと身構える。
「──ぜろ~」
「……………………は?」
気がつけば、背後の壁に叩きつけられていた。
視線の先に見える女性店員の拳を振り抜いた姿を見て、殴り飛ばされたのだと遅れて気づいた。
(店員さん強すぎない!?)
昼間に行われた百合との戦闘。
その最後に放たれた決着の拳と同等かそれ以上の速度。けれども殴られた玲人の体に痛みはほとんどなく、どんな技術かは知らないが、今の一撃でさえ手加減したモノだと予想できる。
ただの店員が放った埒外の一撃に驚愕していると、周りの客から囁くような声が聞こえてきた。
「また詩羽姉さんの音速0円ナックルにやられるヤツが出たか」
「仕方あるまい、学生にあの拳を防げと言う方が無理難題というもの」
「しかし、一切の反応もできないまま吹き飛ばされるとは……」
「ふっ、あの程度の実力で挑めばああなるのは必然」
(あ?)
煽り耐性皆無な玲人の心に火がついた!
やたらとカッコつけた四人の客を見返してやる、と立ち上がってレジカウンターへ歩く。
「すみません、もう一度ナックルお願いします」
「お兄ちゃん正気!?」
「かしこまりました~。さん、に、いち、ぜろ~」
神速の拳、避けられない。殴り飛ばされる。立ち上がる。再度注文する。
「さん、に、いち、ぜろ~」
一瞬だけぶれる女性店員の拳。殴り飛ばされる。立ち上がる。再度注文する。
「に、いち、ぜろ~」
殴り飛ばされる。立ち上がる。再度注文する。
「いち、ぜろ~」
なす術もなく殴り飛ばされる。立ち上がる。再度注文す──
「お兄ちゃん、いい加減に諦めろ」
「離せ玲奈! 男にはやらなきゃいけない時があるんだっ!」
「絶対に今じゃないよ? ぜっったいに今じゃないよ?」
玲奈にガッ、と羽交い締めされる。
力ずくで引き剥がす訳にもいかず言葉で説得を試みるも、聞き入れる様子はない。
それでも諦めてなるものかと思っていると、
「アイツ、詩羽姉さんのナックルを受け続けているぞ……!」
「「「頭が戦場因子に支配されてやがる……」」」
さっきまでカッコつけていた四人の客がドン引きしているのを聞き取ったので、仕方なく諦めることにした。
「面白いもの見させてもらったわ」
注文を終えて四人席に座った後、百合は開口一番にそう言った。
百合の隣に座った花菜も同意するように頷いて、楽しそうに笑う。
「一度であんなにナックル注文する人、初めて見ました。どうしてあんなことしたんですか?」
「客の言葉が癇に触った。あと店員に負けっぱなしなのがイヤだったから」
「このお兄ちゃん、煽り耐性皆無な上に負けず嫌いまで発揮して意固地になってたんだよ」
呆れて溜め息をついた玲奈がジロリと睨んでくる。
「まあそれは良いとして、早く説明して。『喜ぶお兄ちゃんを戦場県民が二十人がかりでリンチした件』について」
「そういえば、そのために来たんだった」
音速0円ナックルのせいで完全に忘れていた。
テーブルに置いた月砕きバーガーにかじりつきながら、玲人は一つずつ説明していく。
戦場因子について。
その因子で(不本意ながら)戦場県民のような身体能力になったこと。
その力で二十人ほどボコボコにしたこと。
そのあとに百合にボコボコにされて弟子になっちゃったこと。
玲奈はしばらく困惑したような表情を浮かべながら、ポテトを食べて一息ついた。
「まあ、お兄ちゃんがイジメられていないなら良かったよ」
「心配させてごめんなさい。けど、玲奈の方は大丈夫なの? 「戦えないヤツー」って、イジメられてない?」
玲奈は玲人と違って戦闘ができないため、戦場県民には奇異の目で見られてもおかしくない。
そんなヤツがいたら叩き潰すがと思いながら聞くと、妹は首を横に振った。
「そこは大丈夫。事情があって戦えないって言ったら、むしろ同情された」
「同情?」
「なんか、家が厳しくてゲームとかしたことない人に向けられる同情の視線とか言葉とかあるじゃん? そんな感じの扱いされたよ。…………たぶん戦場県では戦闘って誰もが求める娯楽って扱いなんだと思うよ」
「そうなの?」
対面に座る百合と花菜に問いかける。
「「そうじゃないの?」」
「文化の違いが凄い。ま、玲奈がイジメられていないなら良かったよ」
転校前の心配ごとが無くなったことに安堵しながら、食べかけのバーガーを一息で口に放り込む。
モグモグと無言で食べ進めていると、「そういえば」と花菜が何かを思い出したようだ。
「百合ちゃん、おにーさんを弟子にしたって言ってたけど、具体的にはどうするの?」
「それは俺も知りたい」
弟子になること以外は何も聞いていない。具体的にどんなことをするのだろうか、という気持ちを込めて身を乗り出すと、銀髪の少女は顎に手を当てて思案するように目を閉じる。
「そうねぇ。最終的な目標としては、私と同じくらい強くなってもらうわ」
「うわぁ。……お、おにーさん! 頑張ってください!」
瑠璃色髪の少女は哀れな生け贄を見るような目をしていた。
「ねえ玲奈。なんで花菜は痛ましいものを見る目をしてるのかな?」
「簡単だよお兄ちゃん。学校で聞いたけど、百合さんって戦場県の高校生で一番強い人らしいよ」
「つまり」
「お兄ちゃんはこれから戦場県の最強高校生になってもらう、って百合さんは言ってる」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………ポテトおいちい」
「お兄ちゃん、現実から逃げるな」
玲人は考えるのを止めた。