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四話 戦場県の因子

「戦闘とは、呼吸のようなものだ」

(何言ってんだ先生(コイツ))


 昼休みが終わり四時限目『戦闘』の授業。

 体操服に着替えて闘技場、その中央に集まった玲人達を待ち受けていたのは、赤い髪でムキムキマッチョの男性教師だった。


 盛り上がった筋肉を見せつけるようにパンツだけを履いた半裸の教師は、赤い眼で玲人を見据える。


「君が噂の転校生だな。私は『戦闘』授業を担当する神山淳之助だ。気軽にじゅんじゅんと呼んで良い」

「えーっと。じゃあ、じゅんじゅん先生?」

「っ!?」

「え、何」


 目を開いて息を呑み、全身を震わせるじゅんじゅん先生。


 いかつい顔立ちに純真な笑みを浮かべて、がしっと玲人の両肩を掴んでくる。


「じゅんじゅんと呼んでくれたのは君で二人目だ!」 

「でしょうね」


 鋭い眼光に筋骨隆々の肉体をもつ人間を、気軽にじゅんじゅんなどと呼ぶやつはそういない。


 凶悪な人相に慣れている玲人だからこそ言えたものの、本人の許可が無ければ絶対に口にしなかっただろう。


「ちなみにもう一人は?」

「君の後ろ、師匠面して頷いている白銀だ」


 そっと振り返ると、大きな胸の下で腕を組んだ百合が顔を上下に振っていた。


「じゅんじゅんをじゅんじゅん呼びするなんて……私の眼に狂いは無かった。流石は私の弟子ね」

「弟子になった覚えはないんだけど?」

「あら残念」

「既成事実作ろうとするのやめよ?」


 いつも通りのやり取りをしてジト目で百合を睨んでいると、じゅんじゅん先生が一際大きな声あげる。


「よし日野、まずは君の実力を見せてもらう。日野と…………そうだな、高橋以外は距離を取れ! 高橋、君は日野の相手だ」

「「「はーい」」」


 テキパキとクラスメイトが距離を取ると、紫髪で眼鏡をかけた青年だけが玲人の正面に残った。

 くいっ、と眼鏡の位置を直す青年は、好戦的な笑みで拳を構える。


「不運だったな日野くん。君の勝率はゼロだと、僕のデータは言っている」

(でしょうね)


 腰を落として拳を構えながらも、玲人は勝つ気など無かった。いや、勝てる気がしないが正しい。


 相手は戦闘民族の血を継ぎ、骨折すら一日で治る人外な戦場(いくさば)県民。

 そんな怪物を人間の身で打倒できるはずがないと悟る玲人は、最初から『勝利』よりも『生存』に意識を集中させている。


(一撃……っ。一撃耐えれば良い……!)


 一撃。

 それが最低ラインだと玲人は理解している。


 戦闘も授業の一環である以上、戦いもせずに降参という選択肢は存在しない。

 玲人の弱さを証明できれば許可が下りるかもしれないが、それでも一度は惨敗する姿を見せる必要があるだろう。


 故に、どうにか一撃を生存する。

 死なないのは勿論、できれば病院に世話にならない程度のケガに抑えることを意識して対応するのだ。


(俺は必ず生きて授業を終える……!)


 目を強く閉じて、勢いよく開く。

 戦いの相手、高橋の一挙手一投足を視界におさめる。


(──────)


 あらゆる感覚が極限まで研ぎ澄まされていく。

 視覚は注視したように景色全体がはっきりと見え、聴覚は相手の布擦れの音さえ捉え、触覚は空気の流れを完全把握する。


 玲人が経験したことない極まった集中力。

 生存本能を全開にしたからこその境地の中で、玲人は戦闘後の生存を確信した。


「では、戦闘開始ィ!」

「僕のデータを喰らえぇ!」


 じゅんじゅん先生が合図を送ると同時、高橋が高速接近したことさえ的確に感じ取れた。


 地を蹴り一直線に向かってくる高橋。

 さながら急発進したバイクのような加速で迫る紫髪の男を見て玲人が思ったことはただ一つ。


(いや、遅っ!!)


 想定の何倍も遅い、遅すぎる。

 十メートルの距離を潰す二歩の踏み込み、拳を振り上げる姿、隙だらけ(・・・・・)の上半身。


 極限の集中力で全てを把握した瞬間、体は勝手に動き出していた。


「っ、ふッ!」


 迫る相手の右拳を顔を傾けるだけで回避して、カウンターの拳を胴体に叩き込む。


 鳩尾にめり込んだ攻撃は、そのまま高橋を十メートル以上吹き飛ばし、その意識を断絶させた。


 途端にざわめく周囲の同級生。


「で、【データマン】がやられた」

「データ分析能力はゴミでも直感だけは無駄に優れていた【データマン】が、一撃で……!」

「日野くん、一体何者なの……!?」

「やっぱりね」


 驚愕、戦慄、疑念に支配されるクラスメイト達と、さもありなんと言いたげな百合。


 彼ら彼女らの視線を向けられた玲人は、けれど自分の拳を見て困惑していた。


「俺、こんなに力強く無かったぞ……?」


 完璧なカウンターを決めたとはいえ、人間を十メートル以上吹き飛ばすほどの腕力は玲人には無かったはず。


 『いつの間に自分は人外化していたのか、さては百合の仕業だな』と本格的に付き合い方を考えなければと思案していると、


「説明しようっ!」

「知ってるんですか、じゅんじゅん先生!」

戦場(いくさば)県には『戦場(いくさば)因子』と呼ばれる物質が大気に含まれている! この因子に適合する肉体の持ち主は、呼吸するだけであらゆる能力が強化されるのだ!」

「つまり?」

「日野は『戦場(いくさば)因子』の適合者。呼吸するだけで強くなれるぞっ!」

「そっか、俺もう人間じゃないんだ……」


 知らぬ間に変な因子で人体改造されていた事実に唖然として、ほろりと切ない涙を流す玲人。


「ごめんな玲奈。お兄ちゃん、化物になっちまったよ…………」

「安心しろ日野! 戦場県民(私たち)は県外ではいつも化物扱いだ! 君は一人ではないぞっ!」

「じゅ、じゅんじゅん先生ぇ……!」

「まあそれは置いといて。とりあえず倒れるまで一対一を繰り返してもらうぞ、日野」

「じゅんじゅん先生?」

「高橋が瞬殺だったことで、本来の目的だった実力確認が出来てないのだ、許せ」


 暖かい言葉への感動も束の間、裏切られた子犬のようにじゅんじゅん先生を見つめる。


 玲人という名の草食動物(人外化済み)の視線など気づいてないように、赤髪半裸の教師は距離を取っていたクラスメイトを次々と呼び寄せる。


「篠原、次は君が日野の相手だ!」

「ふっ、篠原って一体何者なの……?」

「『一体何者なの……?』と言えば賢くなる訳ではないからな」

「………………………………………………………………嘘でしょ?」

「わかったら早く日野の相手をするんだ!」


 この世の真理を覗いてしまったような顔の女生徒、篠原が正面に立つ。


「では、戦闘開始ィ!」

「私は一体何者なのぉ!」


 髪を振り乱しながら突貫する篠原。

 それに合わせるように玲人も突撃を行い────『戦場(いくさば)因子』で強化された足で前蹴りをぶちこんだ。


「きゃあああああああああああああああ、かはっ!」

「んごっ! 痛いぞ…………僕の、データ……」


 一試合目を繰り返すように吹き飛んだ篠原は、後方にいた高橋と衝突して動かなくなった。


 それを確認してわななく同級生達の声が聞こえてくる。


「ふ、【馬鹿拳(フールフィスト)】がやられた」

「テストで一桁の点数しか取ったことがない馬鹿でも、戦闘能力だけはあった【馬鹿拳(フールフィスト)】が、一撃で……!」

「次、宮沢! 前に出ろ!」


 ここは変人しかいないの?という疑問を玲人が口にするよりも早く、じゅんじゅん先生は次々と対戦相手を指名していく。


 後に伝説となる『転校初日で二十連勝』の快進撃が幕を開けた。

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