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スウィートカース(Ⅱ):魔法少女・伊捨星歌の絶望飛翔  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「発生」
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「発生」(1)

 ここは赤務市、夜の繁華街。


 駅前の高層ビルの周囲には、赤いホタルのような光が群れていた。


 まず下。


 数百人の野次馬を必死に押しとどめるのは、警官とパトカーが作った広い立入禁止区域だ。パニックだった。


 市民たちは知っている。交差点から高層ビルにかけて幾つか張られたブルーシートの下で、警察が無残な遺体を処理していることを。その数、約七名分。


 約七という曖昧な数字はもちろん、遺体の損傷があまりにも激しく、一部他人どうしのそれがごちゃ混ぜになってしまっているためだ。胴から体が真っ二つにされたものがあれば、頭頂から股間まで縦一文字に断たれたものもある。


 いったいどんな恐ろしい力が被害者たちを襲ったのか? 最大クラスのヒグマでもこう鮮やかにはいかないし、第一そんなものがいきなり街のど真ん中に現れるわけはない。


 答えは上。


 例の高層ビルの屋上三十階。あたりを飛び回る警察のヘリは十を超える。それらのサーチライトが照らす光の中にこそ、世間が固唾をのんで見守るものがあった。


 人質の数はひとり。未成年とおぼしきニット帽の少女だった。


 犯人はふたり。このふたりが道中で彼女をさらい、この屋上に立てこもったのだ。


 ふたり?


 はたして彼らを、人間と呼んでいいのだろうか?


 ひとことで言うと〝鎧〟だ。ヨロイ。いびつな岩石そのものの鎧。犯人たちはふたりとも二メートルを超える巨漢で、その体格に見合った大きな鎧をまとっている。不気味なフルフェイスの兜をかぶっているせいで、顔も性別もわからない。


 ひと目でとんでもない重さを感じさせるその鎧が、どんな仕掛けで、どんな意味をもって動いているかはまだ不明だ。だが、硬い。その防弾性能を試そうと銃を撃った交番勤務の警官ふたりも、鎧のたずさえる凶器によって体をばらばらにされた。


 凶器……それは鎧の身の丈を上回るほどの巨大な〝剣〟だ。ノコギリみたいな、拷問器具みたいな〝剣〟


 そんな浮世離れしたものを握った変質者が、人でごった返す繁華街に突如ふってわいたように現れた。それもふたり。その凶暴きわまりない性質をもって、無造作に市民七名を惨殺した時点で、変質者という記号も〝殺人鬼〟に格上げされた。


 目的は不明。要求らしい要求もない。


 そして、その手がとらえる人質の少女。あと幾ばくもしないうちに、若い彼女が今宵八人めの犠牲者となることは誰の目から見ても明らかだった。


 ……いや。


 はるか百メートル離れたショッピングモールの屋上、こちらの彼女だけは、少し違うことを考えていた。


 一連の夜の騒ぎを、険しい眼差しで見据える彼女の名前は、伊捨星歌(いすてほしか)


 学生? 屋上の冷たい風になびくのは、制服のスカートではないか。


 この時間、こんな場所でいったいなにを?


 冷や汗を浮かべながら、ホシカは誰にともなく尋ねた。


「〝魔法少女〟だっけ? 空、飛べるんだよね、あたし?」


 屋上にはホシカいがいの人影はない。


 しかし、答えはあった。


「翼を求めるかどうかはあなた次第です、ホシカ。人に戻りたい、人のままでいたいという願いがいかに叶わぬ代物か、ようやく気づいたようですね?」


 その落ち着いた声はホシカの右肩、黒い小さな影が発した。


 コウモリ? にしてはやけにマスコットじみた生き物だ。


 それよりなにより……コウモリがしゃべるだと?


「そりゃあ、さっきから吐き気と震えは治まんないよ。だからって見捨てるわけにはいかないだろ、あのコを? 力があるんなら助けなきゃ、あの化け物どもから」


 百メートル向こう、鎧の殺人鬼に捕らわれて震える人質……おそらくは自分と同い年かぐらいの少女を見守りながら、ホシカは続けた。


「だれかを救うため、他のなにかを壊す、奪う、捨てる。そんなのは世の中どこでも毎日起こってることだ。そのたびに人が人でなくなってるって言うんなら、もうこの世は怪物だらけ。ならたったいま、怪物がひとり増えたところでどうってことはない……」


 屋上のふちに片足をかけたまま、ホシカは告げた。


「ただし魔法少女はこの一回きりだ、一回きり。頼むぜ、ラフトンティス」


 ラフトンティス……奇妙なその響きが、ホシカの肩のコウモリの名前らしい。


 ラフトンティスの切り返しは冷静だった。


「一回? なにを求めているんです、この私に? ホシカ、あなたはもう一回どころか死ぬまで魔法少女なんですよ。相変わらず、なにか勘違いをしてらっしゃるようで」


「ほんっと気に障る喋り方するね、あんた」


 握った拳を、ホシカは小さく震わせた。深呼吸して心を落ち着かせ、うなる。


「わあったよ、わかった。おっしゃる通り、生っちょろい考えは金輪際捨てる。だから教えてくれ、ラフ。〝呪力(じゅりょく)〟とやらの使い方を」


「お断りします」


「あのな」


「助言など必要ありません。ホシカがいま抱いている〝焦り〟〝怒り〟〝悪意〟……それこそが魔法少女の呪力の源だからです。計測する限り、ホシカが呪力を行使する準備はもう万端。剣式拘束装甲けんしきこうそくそうこう食屍鬼(グール)二体と戦うのに事足りる段階まで、私からの安全装置も解除してあります」


「……そいつは要するに、あれか」


 青い顔をして、ホシカはつばを飲んだ。警察の輸送車両、救急車等が早々と流れる下界を眺めながら、つぶやく。


「こ、このままジャンプしても大丈夫ってことか?」


「例外なくその試練を乗り越えるからこそ、鳥たちは巣立つのです。もっとも、飛べなかった鳥が人々の目に触れる機会はありませんが」


「おい」


「信じなさい」


 ラフトンティスあらため、ラフは念を押した。


「祈りなさい。訴えなさい。恨みなさい……その目に映るすべてを。世界を。呪えば呪うほど魔法少女の力は強まり、高まります。順序、過程を飛び越え、結果のみを叶える願いの歌、それが〝呪力〟」


 立てこもり現場にもっと近いビルの屋上には、すでに警察の特殊捜査班が配備され、物騒な長距離狙撃ライフルの組み立てを始めている。事態は思った以上に深刻さを増しているらしい。


 短い沈黙ののち、ホシカはうなずいた。


「……よし」


 胸の前で拳を打ち付けると、ホシカは決然と向かった。


 うしろの非常階段の入口へ。鉄扉に手をかけるホシカを、ラフも止めはしない。


「それでいい。逃げましょう。ろくな覚悟もないまま運命に抗おうなど片腹痛い。生存本能に忠実で、とてもよろしいかと」


 すかさず伸びたホシカの手は、肩のラフをわし掴みにした。力いっぱい握りしめた体ごと、コウモリの顔をこちらの顔に近づける。


 ホシカは怒鳴った。


「脱げってのか!? ここで!?」


「なにを仰ってるのか、わかりかねます」


「変身だよ! まほーしょーじょとやらへのヘンシン! おめーみたいなケダモノにはわからねーだろーがよ、人ってのはな、着替えをするとき、だれも見てないとこに隠れるもんなんだ! あのヘリの数を見ろ! テレビに生中継でもされたらお嫁に行けなくなっちまうぞ!? 責任とれんのか!? アぁッ!?」


 たまった鬱憤をはらすと、ホシカはゴミでも捨てるようにラフを解放した。くぐった非常階段の鉄扉を、叩きつける音をたてて閉める。


 一秒がたち、二秒がたった。


 蹴り開けられた扉から、突如飛び出す人影。


 全速力で屋上のふちに到達すると、勢いもそのままに、人影は飛んだ。


 夜空へ。


 はるか百二十メートル下、アスファルトの道路へ。


「え? あれ?」


 いままで固くつむっていた目を開けて初めて、ホシカは現状を理解した。


 翼はない。空飛ぶホウキなどあるはずもない。自分はなにも変わっていない。


 そして、落ちる。落ちてゆく。みるみる地面が迫ってくる。


 悲壮に顔をゆがめ、ホシカはささやいた。


「だまされた……」

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