鷹と魚
水面に映る木漏れ日が、風とせせらぎで揺れています。
その中で、キラキラと風に逆らうように動いた光を、大きな黒い鳥が鷲掴みました。
いいえ。鷲ではなく、それは鷹でした。
一羽の鷹が、清流を泳ぐ一匹の魚を捕えたのです。
両足の爪でしっかりと魚を捕まえたまま、鷹は立派な枝ぶりの樹木の中へ飛び込みました。
葉に隠れるように太い枝へ降りると、獲物を横取りにくる生き物の気配がないか、周囲に目を向けました。
魚も立派な大きさでした。
揃った鱗はつややかで、ヒレに傷もありません。
その大きな魚はビチビチとやりながら、大きな片目で鷹を見上げ、
「おや、あんたですかい」
と、言いました。
鷹は魚を見下ろし、
「喰わしてもらうよ」
と、答えました。
魚は笑いました。
「そのくらいわかりますよ。あんたの爪は、あたしを放してくれそうにありゃせんからね。あたしは賭けに勝ったんですよ」
「賭け?」
「あたしたち魚はね、そりゃ子孫を残すまでは生き延びたいですよ。でも、子孫も残した今、もっと子孫を増やして老いさらばえるか、ひと思いに他の動物に喰われるか。どちらでも良いんですよ」
「そうか」
「それでね、仲間連中と賭けをしたんですよ。自分の最後がどうなるかをね」
鷹の足に掴まれたまま、魚は嬉々として話します。
「へぇ」
「あたしのは、半分は誰に喰われたいかだったんですがね。あんたはいつも、あの辺りで魚を獲るでしょう。一度、仲間が連れてかれたのを見たことがありますよ。ありゃ鮮やかなもんでした。一瞬でしたがね。そしてあの辺りは、あたしらの通り道だ。あたしは他の誰でもない、あんたに喰われると賭けたんですよ」
「前に獲った魚には、喰われたくないと言われたよ」
「そんなのは死期も知らずに、一瞬の痛みにビビってるような奴ですよ。あたしゃまだ死期はきませんが、他の魚の死ぬところを見た事がある。ありゃあ酷いもんですよ。ふやけた体がボロボロになって、水に浮いたり沈んだり。誰もが汚い物を見る眼で避けて行きますよ。ああなるくらいなら、あたしゃ子孫を残す前だって喰われていいですよ」
そう言う魚の目は形を変えませんが、苦い表情をしているように見えるから不思議です。
「そいつはちょっと、大袈裟じゃないか」
鷹も苦笑いです。
「いえいえ、あんたは死んで流れてくる魚を喰いたいと思いますか?」
「いや」
「でしょう。あたしゃ、生き生きとしたまま終わりたいんですよ。ピンピンコロリと言うでしょう。ですからね、息が苦しくなってあたしが死んじまう前に食べて下さいよ」
鷹は数度に分けて、喰い千切りながら魚を飲み込みました。
濡れた枝に残る鱗が、キラキラと光り続けています。
動物たちは教えられなくても、自分の食べる物を知っています。
そしてきっと、自分が他の動物に食べられてしまうことも知っているのです。
こんなふうには死にたくなかった。
そう思っている動物たちも、多いかも知れませんね。