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ありがとうとごめんなさい

作者: 松林かな

 幼い頃から空想の世界で過ごす事が得意だった私。

男の子を運命の人と、思い込んでしまったのです。

 置き忘れた大切な気持ちがありました。

 伝えたい気持ちがありました。

 

 中学3年生の時に初めての彼氏が出来ました。1つ学年が下の男の子です。

 サッカー部のその子は、かなりのイケメンでも、愛想がいいわけでもないのに、女の子から人気のある少しやんちゃな男の子でした。私の周りにもその子の事が好きな子が何人もいて、1つ学年が上の私は少し羨ましく思っていました。

 高校進学にあわせ自然と別れたのか、私から手紙を差し出したのか......

記憶を削除した私には、覚えがありません。

 薄暗い階段下の廊下で「付き合ってください」と告白をされたことだけが、たった1つの思い出です。

 あれ??? これは、バレンタインデーにチョコレートを渡した時の光景かも......

なのに高校生になった私も、忘れられずにその男の子が好きでした。


 高校2年生になったある日、校舎で男の子をみつけたのです。私には眩しすぎる姿に息が止まる思いでした。

 そう......同じ高校に入学してきたのです。

男の子にとっては、ずっと前のちょっと関わった人だけの私。

 声がかけられなかった。

「まだ、大好きだよ」って伝えたいのに。

同じ学校でも学年が違うとたまにしか見かけることのない姿に、恋愛下手の私の青春を注いでしまったのです。


ーーモテないわけではないと思うよ。

ーーほかに好きな人を作った方がいいよ。

ーー誰がと付き合ったら忘れるよ。


 友人の言葉に「うん」と答えても、気持ちが動かないのだから仕方がない。男の子以外の人に好きという感情がわかなくなっていたのか、自己暗示にかかってしまっていたのか、ここぞという時に私の心のどこかで男の子のことを思い出してしまうのです。

 たいした思い出も1つもなく。中学校の校舎から男の子がサッカーをする姿を眺めていた私が「まだ大好きだよ」って言うのです。

 一番キラキラとした青春真っ盛りは、空想の男の子に片想いをして終わりました。

 最後に言葉をかけるわけでもなく、私は高校を卒業するのです。


 大学生になり、彼氏が出来ました。

バイト先の先輩の強い推しと、もうそろそろ終わりにしなきゃという気持ちが、ちょうど合った時だったんだと思います。

 男の子への気持ちがなくなったわけではく、強制終了させて前へ進み、人並みに年相応に彼氏という存在を選んだと後で気づきました。


 長くは続かなかったお付き合いの後、就職活動だ就職だと目まぐるしい生活を過ごしました。

 大学の推薦で小さな会計事務所に就職した私には、飲み会やコンパに縁がなく。仕事後、直帰するか簿記学校へ通う毎日でした。そんな日々に無駄に疲れ、恋愛なんてする元気がなかったのです。


 社会人1年生を終えようとする頃、簿記学校で一緒に勉強している1つ隣の駅の人から告白されました。今の時代ではありえないけれど、事務から私の電話番号を聞き出して、毎日電話をくれる人でした。仕事帰り最寄りの改札を出ると花束を持って待っていた時は、ぎょとしたのを覚えています。

 優しい人なので、お付き合いしてみようかと考えると、また中学生の男の子が心のどこかに現れるのです。そして、会いたいなぁ......と空想の世界に私を連れて行くのです。

 その春に友人から「職場の女の子と遊ぶから来ない?」と誘われて、何気なく行った食事会で出会ったのが、今の主人です。

 連絡先を友人から聞いて電話をくれた彼は、私がかなりの人見知りだということ、大勢で過ごすのが苦手な事をすでに見抜いていました。

それぐらい遊んでいたんだと思います。


 そして、再会してしまったのです。


 大好きだった男の子に出会ったのです。

信号待ちをする車から声をかけてくれた彼は、まだ少しやんちゃの雰囲気のまま、変わらない笑顔で話かけてくれました。

 連絡先を交換して、何度か電話で話をした後にご飯に行く約束をしました。

どこでどう待ち合わせをしたのか記憶も薄れ、どんな話をしたのかも覚えていません。食べに行ったお好み焼き屋さんで「灰皿使う?」と聞かれ、たばこを吸う女性とお付き合いしているだなぁーと思った事を覚えています。

 私はかなりの覚悟をして食事に行っていました。

「もう一度お付き合いしてください」と言おう、言えなかったらもう忘れる!!!

 送ってもらう途中、2人が卒業した中学校の校庭が見渡せる門前に、車を停めて話をしました。

 大好きという気持ちが込み上げたけれど、それ以上に私には手に負えないと感じていました。好きと伝えたいのに、私には彼を幸せに出来ないと思ってしまったのです。

 話を少しした頃、男の子からキスをされそうになりました。ゆらゆらと揺れ動く私の気持ちは、それを拒否してしまいました。

後悔しても遅く、その後連絡が来なくなりました。

 1回できたらラッキー......

彼にとって私は、そんな存在だったんだと思います。

 これが22歳になる少し前の私。

 この後悔が私の生き方を変えたかも知れません。


 思いは必ず伝える!!!


 お付き合いすることになった主人は、「愛している」と言ってくれる人でした。ストレートに気持ちを伝えてくれて、誰にでも平等でツンデレの優しさに好きになりました。いや、気が付けば大好きになっていました。嫉妬深い主人に合わせ、男友達との付き合いがなくなり、大好きだった男の子の事も思い出す事がなくなりました。

 思いを全て削除したのです。本当の事を言えば、ラブラブな幸せの中でもふっと思い出す事があったように思います。中学生の男の子の顔がだんだん記憶から薄れても、大好きだった人という記憶は薄れずにいたのです。

 4年間お付き合いした主人と結婚し、男の子を1人授かり、幸せな日々を過ごしました。仕事が忙しい主人ですが、私の気持ちや意思を尊重してくれる、人に対してとても優しい人です。

 主人が忙しいばかりに母子家庭のように育った息子も、口に出さずとも私が育って欲しかったような青年になってくれました。

 夫婦の......子育ての......上がったり下がったりもそれなりに経験をし。これからは、第2の青春! 自分磨きの時間も大切にしなきゃ! と思える余裕ができた頃、出会ってしまったのです。


 昔からある地元で馴染みのスーパーが火事になり、朝から騒然としているその日。

 私は燻る煙の匂いを嗅ぎながら、予約をしていた歯医者に向かいました。日常に起こったことに戸惑い、町の空気や人々の動きが少し違っていたように思います。

 そう......町がいつもの生活リズムより少しずれていたのです。私も予定を変更して、いつもと違う動きをしていました。

 用事を済ませて歩いていると、前から電話をかけながら忙しそうに男の人が歩いてきました。何気に目を向けると目が合いました。

 あっ!!! 驚きと緊張で、気が付かなかった振りをしようかと思った瞬間、振り返ってしまったのです。

 2度目の再会......電話の会話を止めて振り返った彼と目を合わせました。

「久しぶり!」

「びっくりした!?」

「全然変わってない!」

短い会話の中で、彼が独立し地元に戻った事を知りました。近くにいたのに、30年近くも会わずにいたのです。

 忙しそうに彼が「電話番号教えて」と言うので、戸惑いながらも私は番号を伝えました。

ーードキドキがとまらないのは私だけ、知っているよそんなことは......

 すぐにショートメールにラインIDが届きました 。嬉しさ以上に、そんな事を一番嫌う主人に申し訳なく、返信が出来ずにいました。

 主人が私を大切にしてくれいるのが分かっているのに、返信をすると裏切ってしまうような罪悪感と闘っていました。

ーーでも、もっと話してみたい......

迷って迷って、ラインで返信を送りました。

 

 再会後、初めて行った食事は串屋さんです。

 彼が結婚をして子どもが3人いること、事業が成功し仕事を頑張っていること、多趣味で色々楽しんでいること、相変わらずモテること......

 大好きだった人の人生が、充実していることにすごく嬉しく思いました。私自分の身の上話をした後に、20歳の頃に「付き合ってください」って言おうとしたけれど、手に負えないと思って言えなかったことを伝えました。

「言ってくれたら良かったのに......」彼は笑って言ってくれました。目の前の彼も手に負えそうにないのだから、きっと無理だった...

私は、笑って返しました。

 この先の人生は後悔することがないように思いは伝える。


 あなたへの思いで学んだことだよ。


 全く出会う事がなかったのに、たまに見かけるようになりました。だからといって、連絡を頻繁に取り合うことはなく、久し振りにばったり会って「またご飯に行こう!」となる程度です。

 会うと仕事の話や趣味の話、昔では考えられないくらい、お喋り上手になっているのが、新鮮でした。

 まめで気遣いのできる彼には、女友達も多く、私とご飯に行く事も、もちろん全く問題がなく日常の1つでした。

 私はというと、もう1度だけ会いたいと願っていた人と、ご飯に行ける関係になった事が、信じられませんでした。でも、主人への後ろめたさがあり、誰かに会ったらどうしよう......という不安がありました。


 3度目の食事の他愛もない会話の後に「そんなんだったらお嫁さんにすれば良かった」と軽く言われました。

ーー大好きだったんだよ......

ーーそう願っていたんだよ......

 言葉に出来ず笑うだけの私に「でも、浮気する男やからしなくて良かったでー」と。

たしかに......

ーーでも、大丈夫だよ。

運命の糸はそうなっていなかったのだから......


 30年振りにそういう関係になってもいいんじゃない?

「旦那より先に出会ったのは僕だし、息子さんに悪いと思っても、旦那には思わない」

 一回だけの......

 頭をグルグル......

私がどれたけ好きだったのか分かっている。おそらく、落ちる! 落とせる! と知っている。

 46歳にもなって大人の対応が出来ず。そういうことに慣れない私は、はっきり答えず、たぶらかせるので精一杯でした。

 友人よりも手を出していない元カノという存在なんだろなぁ......

 私は大切な友人として何度か食事に行きました。


 47歳の誕生日。

少し前に話をしていたので覚えていたと《おめでとう》の連絡を一番にくれたのは彼でした。

 お祝いの食事をしようと約束をしましたが、コロナ禍の影響で緊急事態宣言が発令され、なかなか機会がないまま数ヶ月経ちました。


 久し振りに会った彼は、相変わらずの忙しさと充実した毎日で輝いていました。

 私は、ただの主婦......

アラフィフの私をくどいてくれる彼の言葉にくすぐったくも、頷ける勇気なんてありませんでした。


ーー思い出の清算をしたい。

ーーこれで、おしまい。が欲しい。

ーー初恋の大好きだった彼との思い出が1つ欲しい。


欲しいものが分かっている。ずるい私。

 彼にとっては、どんなもんかい......ぐらいの、つまみ食いだと分かっているのに。はっきり拒否する事が出来ない私の答えは、○だと伝わっていたんだと思います。

 食事に誘われたラインの《少しセクハラするでぇー笑》のふざけたトークに、おどけて返信しましたが、私が食事に来た事で彼はそのつもりだったのかもしれません。

 私は約束の数日前から女の子で、それが×の答えだと考えていました。


 全てタイミングが大事!!!


 個室で食事をしていると、彼に誘いの連絡が入りました。そのつもりで来た彼もタイミングを考えていたんだと思います。いつもすぐに返事をする付き合いの良さなのに、めずらしく迷っていました。

 口説き慣れている彼といい歳をして迷う私。

少し可愛い二人だったと思う。

 私の女の子の日は、約束の日の朝にぴったりと終わっていたのです......


 全てタイミングが大事!!!


 欲しいものが分かってるいるのに動けず。どんどん年老いて、今みたいに口説かれることがなくなって、私はまた後悔するのだろか......


 私の出した答えは、動いて後悔するでした。

迷ったまま、彼と初めて手を繋いで歩きました。

 その時の私は、大切に思う主人のことも愛してやまない息子のことも考えていませんでした。自分の欲しいものを手に入れることを選んだのです。

 初めてのキス、初めてのハグ......

中学生の私がこの結末を知ったらどう思うだろう。


30年後に再会して結ばれるんだよ......


 「送っていこうか?」の彼の言葉を断り、地元の改札を出て右と左に別れました。

 階段を降りる前に振り返ると、私が見えなくなるまで見送ってくれている彼の姿がありました。キュンとした思いを振り切り、バイバイをして背を向けました。


 ご主人の浮気に悩まされている友人は去って行くのだろうか..:...

 恋がしたいと言っている友人は羨ましがるのだろうか......

 不貞を働いたら離婚すると言う主人から離婚を言い渡されるのだろか......

 今日の私と明日の私は何か変わるのか......


 私はひっそりと思い出の清算をしたのです。


 決断した私は、何事もなかったかのように日常に戻りました。不貞行為を綺麗な思い出にする事は出来ないけれど、後悔はなく、これで良かったんだと心から思っているのです。

 欲しいものを1つ、わがままで手に入れたのだから、この先の人生は欲張らず生きよう。


 私を見送ってくれていた彼の姿が記憶から消えますように......

 中学生の男の子が私を空想の世界に連れて行きませんように......

 もう偶然でも彼に出会う事がありませんように......


 友人に戻る儀式のように、ラインで季節の挨拶を交わして、私の初恋の清算が30年越しに終えました。


ありがとうとごめんなさい。


48歳しっかりと生きていこう。


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