8.政治家にバフをかけられる
【前回までのあらすじ】
彼を襲っていた怪現象は、彼自身が生霊であることに端を発していた。
彼の家に突然にやってきた国の創始者の幽霊からその説明を受けるが、よく理解できない。
しかし状況を理解できないとしても、これからどうするのか、決断しなければならないようだ。
「で、どうする?」
「どうするって……。戻るよ! 戻るに決まってんだろ!」
「さぁどうぞ。」
どうやって……
「どうした行けよ。こんなところでなにしてる? 行ってくれて構わんぜ。」
「どうやって?」
「もし本当に望んでいるならすぐにでもできるはずだ。しかしできない。」
「なんで?」
「こっちが訊きたいよ。戻れない事情でもあるのか? 何か憶えてない?」
心当たりも、こうなる以前の記憶さえ、
「……ない。」
「自分の名前も思い出せないくらいだもんね。」
「おれの名前は――」
言い返そうと息を吸ったまま、動けなかった。
思い出せない。
「ここはおまえのカチだから、おまえの知覚のとおりに世界が出来上がっている。ちょっと出てみろよ。なにか手掛かりがあるかもしれん。」
玄関へ走り、スニーカーに足を突っ込む。
鍵を開けて、格子に飾りガラスを嵌めこんだ作りの引き戸を引いて、動かない。鍵を見るとなぜか掛かっている。また鍵を開いて、しかしやはり引き戸は動かず、鍵を確認するとまた閉まっている。そういうことを何度か繰り返す。
「なんでだよ!」
引き戸に怒鳴る。
「俺にはさっきからおまえが自分で鍵を掛けているように見えるけど?」
背後から声がかかる。
振り返ると創始者は壁の陰からひょっこりと顔をのぞかせていて、目が合うと引っ込めた。
早足に戻って、仏間の中心で胡坐をかく創始者に詰め寄る。
「なんとかできないのかよ!」
「できないよ。」
「嘘だ。」
さっきは納得させられたが、創始者の話には穴がある。
「ここはおれだけの…『カチ』?ってことだろ? でもおまえは入って来てる。おまえは行き来する方法を知ってるはずだ。やれ!」
「案外呑み込みが早いんだな。」
「ぅるせぇッ。」
「端的に言うと、俺はな、なんでもできるんだ。なんにでもなれるんだよ。」
「なんで?」
「俺がそう知覚しているからさ。」
「チートかよ。」
「運営だよ俺は。」
「なら普通に助けろよ。バグってるよココ。」
「違うバグじゃない。おまえの意思だ。」
「おれじゃどうしようもないって言ってんだろ? おまえ運営なら救済措置早よ!」
「なんで? なんで助けなきゃいけない?」
「おまえ政治家だろ? 困ってる人を助けるもんだろうが。」
「ならお別れだな。もっと苦しんでる人のところに行かないと。」
たしかに。
おれ病院に居るってことは治療されてるってことだもんね?
世界には病院にも行けない人、沢山いるもんね……って待て待て!
「ちょちょちょ待てよ! まじで助けてくれないの? おまえじゃあ何しにここに来たんだよ!」
「ってことはつまり、俺がおまえだけを特別扱いして贔屓して優先的に助けるためにここに来たって、そう思ってるのか?」
ギクゥッ――
「それはだから、……うーんまぁ、そうなっちゃうよね? おれ日頃の行いとかいいし、おれのこと好きになっても、まぁ仕方ないよね。」
創始者は痙攣さながらの引き笑いをした。
「まさか。おまえは行列をつくる蟻の1匹をとりたてて気に入るようなことがあるのか? まったくの“大衆”だよおまえは。そうだろモブ野郎。」
言い方…
……でもちょっぴり怒りが冷めたのは、おれに覚えがあったからだ。アリの巣の行列に赤トンボの死骸を置いたことがある。1匹のアリのためじゃなく妹のためだった。
(もしかしてこいつも大切な誰かのためにここに?)
「これは道楽だよ。遊んでるだけ!」
_人人人人人_
> 道 楽 <
 ̄^Y^Y^Y^ ̄
「それでも政治家かよ!」
創始者はヒャヒャヒャと笑う。
付き合ってられない。
どっかりと腰を下ろして、頭を抱える。
疲れた。
「帰れ。」
「いいの?」
「心配するなら詫び石置いてけクソ運営。」
覇気は出なかったけど悪口が出てよかった。
「心配はしてない。ただ、俺をここに呼んだのはおまえだよ? その意味は? なぜ、なにを必要とした?」
創始者を「?」の表情で見る。
「俺は魚をやるタイプの政治家じゃない。しかし魚を釣る方法なら教えてやってもいい。」
思わず期待してしまったが、すぐに警戒心をとりもどす。
「まぁ、聞いてやってもいいけど。」
「安心しろ、とっても簡単だよ。」
創始者は思わせぶりに微笑んで、ゆっくり、はっきり言う。
「おまえが、そう、望めば。」
バカにしやがって!
「望んでるよ! 早くここから出せ!」
飛びかかって胸倉を掴みガクガク揺らしながら言ったもんだから唾が飛んだ。
創始者はさも不快そうに顔を引いて、呟く。
「……ったくしょうがねえな。」
ぱっと手を放した。
「やった、これでみんなのところに帰れる。」
「おい俺を神とでも思ったか? 俺にできるのはぜいぜいペテンだよ。」
「えー?」
「ペテンでおまえを元気づけてやる。ゲームでいったらバフだ。」
「おれを強化するってこと? そんなまどろっこしいことしないで普通に助けろ。」
「したくないことはできない。」
そう言いながら立ち、おれを見下げる。
「いいか? おまえの問題を解決できるのは、飽くまでおまえだ。」
創始者はタバコを大きく吸って、大口開けてぽあと吐いた。
【次回予告】
生霊、自分(生身)探しの旅が始まる。