ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 19/19 1ヶ月後、春、14時頃
およそ一ヶ月後の春、場所はこの国の国会議事堂――赫塔である。
エントランスの中央に吊られている創始者の遺骨の前で、実幸は柏手を打った。
「その節はお世話になりましたクソッタレ。ありがとうございましたバカヤロウ。」
隣でミユは不審がる。
「俺が生霊だったとき助けてくれたんだよ。俺ん家に来て、口喧嘩して、なんか最終的に誓いを立てちゃったからさ、事あるごとに報告に来てんの。」
「へぇ。」
ミユの反応は薄い。
「今日は結婚の報告をね。俺、幸せになりますよ~って。」
ついさっき役所に婚姻届けを提出してきて、ついでにこちらに寄ったのだ。
「壮大な妄想だなあ。」
「妄想じゃないよ。ミユ卵買ってくれただろ。あの卵を創始者にぶつけたから、俺は帰ってこられたんだよ。」
実幸がしみじみ語るのが可笑しくて、ミユは笑ってしまう。
「卵ぶつけたって……、左翼かよ。」
「でも知ってる? 売店で国旗のスエット売ってる。買っていい?」
「右翼かよ、過激派かよ。ダメだよ的にされるから。」
「あれいまの、…まさかダジャレですか?」
「ガチの話。役人こそ着ないよあれは。それにもうあったかくなるんだから長袖とかにしとけば?」
「そしたらお揃いになっちゃうもん創始者と。別に部屋着にするだけだからいいんだけどさ。」
「ならジュラペコのメンズ買ってみてよ。あれ肌触り気持ちいいよ。」
「部屋着のほうが高くなるやん。ミユがギュってしてくれるならいいけどさー。」
と、言いつつ実幸はミユの腰を力任せに抱き寄せている。
ミユの背中が、ぐねりとほとんど九十度に反れた。
ここ一ヶ月の半同棲で随分親しくなった彼らだが、ミユはまだ、実幸に触られるとこうなる。
「やめてよ人前で!」
抑えた声で言いながら、実幸の腕をパシパシと叩いた。
「ミユ、昔はツンツンしててごくたまーにデレてたのに、今じゃだいだいシャキッとしてて、けど俺が触ると絶対グネってなるよね。ツンデレじゃなくてシャキグネだね。」
ミユがシャキッとする。
「やめて面白くないし絶対流行んないからわたし以外には絶対言っちゃだめだからね。」
そんなふうに彼らがお互いだけを見て楽しげに口論している上方で、骸骨の眼孔から頭を出したスミレの花が、風もないのに、ゆらゆら揺れていた。
家までそう遠くもないので、歩いて帰る。
晴天、桜のピンクの花びらはおおかた散って、若葉が伸びるまでのあいだ、残った蕚がただ紅色に染めているような、春も半ばの陽気である。
人通りのまばらな並木道で、ミユは実幸の腕に手を絡めた。
「なに? 珍しいじゃん手をつなぐのも恥ずかしがるのに。」
実幸はにやと笑う。
「実幸がわたしの腰を抱かないように、掴んでるのっ。」
ミユはそう言って、デレ隠しにツンとする。
実幸には解っている。
ミユが視線を不自然にそらしているからこれは、ツンツンして誤魔化してるけどほんとはデレてるって気づいてくれないかなー、の表情なのだ。
実幸はもはや鈍感ではない。
こんなときには無暗に茶化したり過度に喜んだりせず、さりげなく、それとなく、ミユが腕を掴みやすいように、ジャケットのポケットに手を入れて腕を曲げる、くらいのことだけはしておく。
素直にデレても怖いことはないと教えているのだ。
自分にしか見せないと思うとツンツンしているのでさえ愛おしいが、しかしやはり、ミユがデレデレしている将来を想像すると楽しみでしかない実幸である。
「席さ、どうする?」
「十二人だもんね。台所のテーブルどけてラグ敷いて、ちゃぶ台三つとこたつで使ってたテーブル出して、いちにいさん、しいごう、――」
と、ミユは指折り数える。
今日は三善家九人、夕濵家三人が、三善家に一同に会する。
彼らの結婚をツマミに酒を飲むのである。
しっかり者の二人だから、主役だとしても彼らが準備をしなければならない。
二人は話しながら、並んで歩いて行く。
実幸が横切っていく猫に気を取られて側溝に足を突っ込みそうなときには、ミユが腕を引く。
ミユが見知った地域住民たちの井戸端会議に捉まって立ち往生してしまったら、実幸が腕を引く。
二人、風景のどこを見ていようがいい。
もし同じものを見て違うように感じてもいい。
ただし、同じ方角に向かっている。
歩調は互いに合わせていく。
普段はまっすぐに立って並行に、ときには凭れ、ときには支えあっていく。
そうしながら二人はきっと、ずっと、隣に並んで歩いていくことだろう。
【御挨拶】
これにて幼馴染エンド、また、本作は完結です。
ご愛読ありがとうございました。




