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ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 18/19 3日目、12時半頃(下)




 しかしミユはすぐにハッとして、顔を離してうつむく。

 長い髪の隙間に覗く細い首筋が、紅潮している。

 いい匂いだ。


「ちがうちがうこれわたしじゃない。わたしこんなキャラじゃない。ちょっとあのー……、頭に血がのぼってるだけ。動悸も息切れもひどいし、ちょっとおかしくなってる。正気じゃないからこんなこと言っちゃってる。危ない危ない。あの……ごめん気持ち悪いよね。これはわたしじゃないから、あの…、ちょっと、いま、変になってるだけで。酔ったかな? 正気じゃない。」


 余程狼狽しているのか早口に言って、ふーっと息を整える。

 デレを隠すためにツンではなく理性が働いているから、ミユは相当大人になったということだ。

 だが実幸としては、つまらない。


「なんで俺のこと好きなの?」


「……わかんない。病気かもしれない。なんか、そういう感じに脳がなってる。条件反射? 鈴が鳴る、よだれ出る。みたいな。実幸、好きー。みたいな。」


 ミユはいつもの切れのある口調ではなく、おぼつかない調子で答えた。


「いいね。」


「や、あの、ほんと、違う。こんなんじゃなくて、わたしは……」


 アイデンティティと恋心の争いが、彼女の心中をかき乱していた。

 そして理性を武器にしたアイデンティティが優位になりつつある。


「実幸もそうだよ。ひとりで寂しくて、誰かそばにいてほしいくらいの感じじゃないかな。だって再会して三日だよ? もうちょっと考えたほうがいいよ。だってこのまま……結婚? とか、わたしが得すぎない? わたしは、実幸に責められるべきで、隣で、大事にされるような、そんな資格ないよ。」


 ミユは無自覚にまた“実幸の幸せ”を理由にしている。

 実幸が思っているよりもミユは実幸が好きでしかも思い詰めているようだが、実幸には都合がいい。


「俺はどっちもするつもりだよ。大事する、けど、俺に酷かったことを一生許すつもりない。一生後悔してほしい。俺の隣で。わかった?」


 狂気の片鱗をちらつかせる実幸である。

 ミユは背筋に悪寒が走って益々正気付く。


「事あるごとにミユの罪悪感に付け込む予定だから。それでもよければ結婚してあげてもいいけど?」


 実幸は本気だったが、逃げるといけないと思って最後はふざけた。


「なんでわたしからプロポーズしたみたいになってんのよ。」


 ミユがとっさにツンツンして、すぐに理性が戻る。


「でもやっぱ、試用期間を設けたほうが良いと思う。結婚はいきなりすぎない? だってあの頃から成長して、全然別の人間になったんだよ。この三日じゃわからない部分で変わってて、人としてもう絶対許せない部分とかあるかも。そういうのちゃんと確認したほうがいいよ。」


「おーしじゃあ、キスでもするかぁ。」


 実幸は、今日は晴れだし散歩にでも行くか、くらいの口調で言って、ミユを押し倒しながら四つん這いになって覆いかぶさる。


「ちょちょちょ! いや……え?」


「遅かれ早かれするんだから早いほうがいいだろ。こういう、相性の確認、大事だぞ。」


「あぁ……、えぇ? そっ……かぁ……??」


 実幸は顔をミユに近寄せていく。

 ミユの目はパチリと見開かれ、実幸を見たり、恥ずかしがって逸らしたり、また実幸の唇を見たりと忙しなく動いていた。


 鼻が当たる距離になって、二人とも同じ方向へ顔を傾ける。


 実幸はふふとかすかに笑い、ミユの顎を優しく捕まえた。


「ミユ、目ぇつぶって。」


 低い囁きにミユは目も口もギュッとつぶり、実幸は柔らかくキスする。


 そしてゆっくりと、笑いながら顔を離した。


「下手くそか。初めてってわけじゃないんだからさ。」


 ミユの目の色が変わる。

 そして恥ずかしそうにそっぽを向く。


 その様子で、実幸は勘づいた。


「まッ……」


 まじか。


 思わず顔がにやける。


「え、っていうことはなに? これ以上のことも、初めて? ってことでいいよね?」


 ミユは答えないが、おそらく間違いない。

 これまでの初心な反応からして明らかで、また初心を演じるようなあざといタイプでもない。

 昨晩のアヤの発言もそれを裏付けている。『婚約破棄がトラウマ』だとか『男性不審』というのは、恋愛経験のない娘を心配してのことで、アヤの恨み言でもあったのだろう。


「ファーストキスの味アルコールw レモンスカッシュ味だからセーフw」


 セーフとは?

 なんにせよ狂喜した実幸の妄言であって一般論ではない。


 普段のミユならツッコミを入れるところだが、しかしミユはミユで錯乱していて、キスの味を確認するために舌を小さく出して下唇を舐めてみたり、首を傾げたりしている。


 その行動が実幸を煽った。


 実幸はもう一度キスをする。

 しばらく口の外も内もべろべろ舐めまわしてミユを驚かせてから顔を引く。


「わかった?味。」


 いっそう酔っぱらって筋肉も理性も緩むミユである。


「え、……わかんなぃ……」


「もーしょうがないなぁ――」


 と、実幸がまた口を寄せてくるからミユはとっさに押しのける。


「やめてもういいわかったから!」


 ミユはジタバタして、実幸は体を押しつけてホールドした。


「そっかぁミユ、ずーっと俺のことだけ好きだったんだねー。え? じゃあ、俺のために全部取っといてくれたってこと? 俺結婚してたのに? ほかの子とも付き合ったのに? えー?? 俺のことめっちゃ好きかよー。ミユー。」


 実幸のにやけがとまらない。


「そんなわけないでしょバカあんたみたいに恋愛体質じゃないってだけ!」


 ミユは必死になってツンツンしているが、実幸にはもはや、ツンもデレもすべて含めて愛おしい。


「俺以外に恋しなかったんだね。しょうがないよね、できないよね。わかる。俺が最強だからな。」


 恋愛遍歴でコテンパンにされてきた自尊心がミユのおかげでムクムクと蘇っていき、急激な効果の副作用で一時的にバカになっている実幸である。


「ミユー。」


 愛おしげに名前を呼びながら抱きしめて、ミユの胸の谷間にさりげなく顔を埋める実幸、そしてもう恋心に全身を支配されてしまって、彼の頭を撫でてやるしかできないミユであった。




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