ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 9/19 2日目、20時頃
両足を肩幅に広げ、利き足が後ろになるように体を九十度捻って、膝を軽く曲げ、後ろから前へと体重移動をしながらラケットを振る。
十年前と同じユニフォームで、十年前と同じように体は動いている。
ただし十年前と違ってスパッツも見せパンも履いていない。
「いーち!」
ミユは顔を真っ赤にしてラケットを振る。
恥ずかしさのあまり動きはぎこちない。
「本気でやれよミユ! そんなんじゃ勝てないぞ! にーい!」
実幸は楽しそうだ。
「もっと早く! もっと腰を使って! 膝曲げて! さーん!」
「ぅ、うるさい!」
と、罵りながらもラケットを振るミユである。
視線が気になってまだ委縮している。
実幸は突然にコーチぶるのをやめて、溜息をついた。
「もう諦めろよ最初から見えてんだからさぁ。恥じらい捨てて。……いや、恥じらいながらも、イヤそうにしながらも思い切りよく! よーん!」
ミユは「うぅ」と唸りつつも、勢いよく振る。
「その調子ぃ! ごーお!」
ろーく! なーな! と数えながら、実幸はミユの周りを動いてスコートのなかを様々な角度から覗く。
はーち! きゅーう! と数えながら、ミユの両足のあいだに頭を入れて寝転ぶ。
丸見えだ。
「ちょ、ちょっと……!」
「じゅーう!」
「~~~~~~もうッ!」
ミユは強かにスイングした。
「ミユ、座って。」
「はぁ!?」
ミユはフォームを崩して、両足のあいだの実幸を見下げる。
もし場所が違えば、プロポーズでもするようなごく真剣な表情だった。
ミユが逃げないように、実幸は両手でミユの両足首を掴んだ。
足首から、ぞわぞわとした感覚が全身に伝わる。
重力や気圧や雨風や対人ストレスには耐えうるミユの筋肉も、こと実幸からの接触の刺激に対しては、どうやら形無しのようだ。
膝などはもろに影響を受けてしまってなんだか力が抜けて、へなへなと座り込んでしまいそうだから、ミユは踏ん張る。
「俺の顔に座ってほしい。」
「ンなッ」
「お願い。俺に許してほしいんでしょ?」
「違う、違くて。……許してほしいんじゃなくて、……わたしのことはずっと許さなくていい、嫌いなままでいい。だけど実幸にとっては、悪い記憶でしょ。だから忘れてほしいっていうか……、実幸の気持ちが収まればそれでいい。解決させたいの。解決して、済ませて、過去にしてほしいの。」
ミユは、考えながらゆっくりと、弱い声で言った。
これは「さよなら」の言葉だ。
悪い記憶を、それを作った自分ごと忘れてほしいという、別れの言葉だった。
しかし残念ながら、ミユがなにを言っているのか実幸にはよくわからない。
彼の血液は脳ではない所に集中していたのだ。
「……いいから座って!」
ミユの自尊心を、ミユの罪悪感が殺した。
ラケットを持った両手で口元を隠しながら、おそるおそる、震えながら腰を落としていく。
実幸はゆっくりと下りてくるミユのお尻を見ていた。
白だ。
あのときと同じだ。
狂ったように繰り返し再生した、あの動画と同じだ。
しかし生地が違う。
このテカり方は、もしやシルクでは……?
それに細かく淡いピンクで刺繍がしてあるし、お尻を縁取っているのは幅広のレースだ。
あぁなんて柔らかそうな……。
女性の造形の美しさへの驚嘆と、過去の青臭い哀愁とがない交ぜになって、実幸の胸を占めた。
胸と脳に幾許かの血液が戻り、羞恥心が久方振りに目を覚ました。
早くいえば怖気づいた。
実幸、永世名誉童貞としての面目躍如である。
「~~~~うぅうウソウソ! もうやめて!」
しかし、尻は下りてくる。
「ミユ! もういいって!」
顔ではなく胸のあたりに、尻はぺたんと着いた。
(やらわかい! あったかい! わぁ!)
ミユのラケットを握った右の拳が、実幸の耳のわき、畳にドンッ、と着く。
実幸はミユを見上げる。
電灯が逆光になってやや陰っているが、それでも彼女の紅潮と、正気を失った目、震える肩はしっかりと見て取れた。
生唾を呑む。
いま襲われたら逆らえない、と実幸は覚悟をした。
食事をした彼女の唇から口紅は褪せたが、代わり、興奮した血によって染められているのが、美しい。
それが酒のせいではなく、自分のために紅く染まっていればいいのにと、彼は思っていた。




