6.無礼を責める
【前回までのあらすじ】
家族がだんだん減っていき、ついに彼はひとりきりになった。
かすかに焦げ臭いにおいがして、気がついた。
台所の小さなテーブルとセットになっている椅子に座ったまま、おれはぼんやりしていたらしい。
外から入る光はピンクがかったオレンジ色で、いまが夕暮れだとわかる。
食事の準備を、と思うが、体は動かない。
もう必要がないからだろう。
もう、この家にいるのはおれだけなんだろう。
おれも今夜きっと、ここからいなくなる。
秒針が時を刻む「カチ コチ」という音――喧しい家では決して聞こえることのなかった音が、ただただ鼓膜を叩いている。
ふと気づく。
異臭はタバコだ。
廊下の先にある仏間から臭ってくる。
(……父さん?)
仏間に行く。
仏間は狭い庭と接している。
仏間と庭との境になっているガラス戸が開いていた。
物干し竿にはなにも掛かっていないから、夕焼けがよく見える。
そして庭を向いて、畳の縁に、男が腰かけていた。
(だれ?)
黒い半袖のTシャツに黒のチノパン。
フェス帰りみたいにラフだが、パリピには見えない。
露出した二の腕や首は骨ばっていて肉付きも色艶も悪く、不健康そうだ。
知らないおっさん。
そのくせ懐かしいような横顔なのはなぜだ。
「知らんはずない。」
のろっと体を回して片足だけ畳に上げたから、Tシャツの前の柄が見える。
赤の『×』。
おれたちの住むこの国――“魔都”の国旗だ。
「ヒゲなんか書き込むからわからんくなる。」
思いもよらない人物で、おれはポカンとしてしまう。
こっちの姿は有名じゃないからすぐには気づかなかっただけで、この国じゃ知らない人はいない。
彼は魔都の創始者だ。
魑魅魍魎を容認し奇々怪々に見舞われる世にも奇天烈な“魔都”なんていう国を創った男。
そして、何十年も前に死んだ男だ。
(幽霊?)
でもなんで家に?
このタイミングで?
普通迎えに来るなら親父とかじゃないの?
いやそれよりも、
「タバコやめてください。小さい子供が居るんです。」
嫌悪感が隠し切れない。
「どこに?」
返す言葉がなくて息を呑む。
彼の言うとおりだ。
反射的に言ったが、家族はもう……
「ここには俺とおまえだけだよ。」
もしかしてこいつが家族を連れて行ったのだろうか?
おれから家族を奪ったんだろうか?
この怪現象のなにもかもの原因では?
そう思うと、怒りに身の毛がよだった。
「おまえ、みんなをどこへやった?」
「どこにも行ってない。みーんな家にいるよ。安心しろ。」
ついさっき言ったことと矛盾している。
「この家からいなくなったのは、おまえのほうだよ。」
「は?」
「おまえの体は病床に寝っ転がって意識不明って状況だ。意識だけ頭ん中から飛び出してここに居るって寸法。いわゆる生霊ってやつさ。」
【次回予告】
国の創始者の幽霊が、彼に真相を告げる。