水女 3/5
スイカが歪に割れた。
彼は大きいほうを盆に置いて、小さいほうをすぐにかじる。
優しさを選ばせてはくれない。
「塩いっぱいかけたら? 塩分補給。」
お盆には塩の小瓶も手拭きもスプーンも乗っている。
よく気が回る子だ。
彼がそうなったのは、母として甲斐性のない自分のせいでもある。
「スイカはスイカのまま食べるのが好きなの。」
彼女は彼がするように、直に口付けて食べはじめる。
彼はすぐに食べ終わって、手拭きを揉みながら口火を切った。
「これから病院行けそう?」
「大丈夫よ。あたしは大丈夫。倒れるときね、頭を打ったりしないように、うまく倒れたの。ぼんやりしてただけ、失神したわけでもないし。眠っていただけで。」
「でも、電解? なんとか補水液? みたいなの――真吉が呑んでるやつ、を、すげー飲んだんだよ。ヤバかったんじゃないの? 一気に2リットルは飲んだ。」
「そんなに? 買い溜めしといてよかったわね。」
真吉が部活の兼ね合いで大量に呑むから箱でいくつか買っておいたのだった。
実幸の手から奪って、必死になって飲んだのをぼんやりと思い出す。
「そうじゃなくて、……病院行ったほうがいいから、行こう。」
「わかったわかったわかりました。でも明日でいいでしょう? もう遅い時間だし。」
「骸廓坑は夜でもやってるよ。」
最寄りの総合病院は年中無休、二十四時間営業である。
しかし彼女は首を横に振る。
「明日起きられないとか、笑えないから。」
実幸は叱咤するように言う。
「もし明日死ぬなら、それが寿命でいいは。」
彼女は浅く笑う。
「雪だるまみたいにね。あったかくなったら寿命。あたしは長生きしすぎよ。」
何も言えない彼を尻目に、彼女はいつになく疲弊した声で続ける。
「こんな若いままでずっと。心もそうなのよ。あたし歳だけならおばあちゃんなの。でも体とおんなじで心は若いまま。欲望は体の領分なのね、若いままなの。」
だから年甲斐もなく恋をくり返してしまう。
「じゃあそうやって生きるしかないじゃん。」
彼女は苛立つ。
ヒトに何がわかるだろう。
先に死んでしまう彼らに何が解るというのだろう。
いつも残される化物の心情など、彼らに理解できるはずもない。
彼女は怒りを隠さずに顔を上げて実幸を睨みつけてやっと、彼が怒っているのを知った。
理由はわかる。
死を甘んじて受け入れるのは、彼女の母という身の上からして無責任だ。
彼は子として、それが許せないのだ。
しかし彼女にとって彼はもう“子”ではない。
熱帯夜の、花火の音しか届かない仄暗い部屋にいる二人を、彼は“母”と“子”だと思っているが、彼女はそう思っていない。
熱に浮かされた女と、初心で鈍感な男だ。
互いの立場の認識が噛み合わないのだから彼とは会話が難しいに決まっている。
彼女は黙ってスイカを食べる。
彼は立って行こうとする。
彼女は彼の足首に触れる。
「何?」
「居なさいよ。」
「は? ……なんで?」
「目を離した隙に、あたし死んじゃうかもしれないでしょ?」
「……さっきは大丈夫って言っただろうが。」
「寂しいの。……居てほしいのよ。」
声がすこし大きくなる。
「なにキレてんだよ意味わかんねぇ。」
ぶつくさ言いながらも、彼はその場に胡坐を作ってくれる。
「男なんて、女とは別の生き物なんだから理解しあえるはずないは。」
「古い差別だよ。」
彼と彼女の問題から男と女の問題へとすり替わったことに彼は気づいていないのか、それとも気づいているのに取り合わないのかわからない。わからないがどうでもいい。
議論をするつもりはない。
これからするのは一種の教育なのだから。




