水女 2/5
花火の音で、白井霙は瞼を開けた。
すと立ち上がってよろけて、板戸にぶつかり大きな音が立つ。
しゃがみ込んで頭に血の気を戻していると、そろそろと板戸が開いた。
「大丈夫?」
台所からの明かりを逆光にして姿を見せたのは、実幸だ。
「あぁ、ごめんね、あたしのために、――」
頭を擡げた彼女は眩暈のために言葉を中断せねばならなかった。
「――花火、行かずに残ってくれたのね。」
今晩は花火大会で、子供たちと一緒に行く約束だったのに。
「あぁ。スイカ食べる?」
彼女は曖昧に頷く。
実幸が消えて、台所からの光を身に受けながら、彼女は身じろぎもできずに物思う。
実幸に背負われて家に帰ったあと、体を冷やすために首や腋に氷嚢をはさんでくれたのや、汚れた足を拭いてくれたのをぼんやりと視ていた。
戸籍上ではたしかに子供であったことがあったはずなのに、面倒をかけてばかりで気が咎める。
おやつに買ったスイカをみんなはもう食べてしまって、お祭りに行ったのだろう。実幸だけが自分のために残ったのだ。
この家に最初に来たときには、たしかに母親のつもりであったはずなのに、面倒をかけてばかりで――。
たしかに“母”と“子”の関係であったはずなのに。
実幸がスイカを盆に乗せて戻って来る。
照明のスイッチに手を伸ばすから、彼女は引き留めた。
「このままにして。……眩しいから。」
実幸は黙って従って、足元に盆を置いた。
櫛切りにされたスイカの、瓜らしい湿度の高い匂いで、彼女は今晩が夏である実感をまた一つ重ねた。
「やっぱり……あたし、落としていくらかダメにしたのね。」
彼女はそぞろ喋る。
ろくな考えもなく自分の口を自由にさせてやる。
「八等分。……あたしが一緒で八人、…八等分になるから切るのも簡単になるはずだったのに……。苦労したでしょう。おしゃかになった分あんたが遠慮したなんてこと、ないでしょうね?」
彼女が倒れた拍子にスイカを落として、ひび割れて汚れのついたいくらかは庭の虫にやる羽目になったし、欠けた球体を均等に切り分けるのはかなり難しかったが、実幸が食べられなかったのは別の理由だ。
「それはそんな大したことじゃなかったんだけど、真吉が部活から帰って来た瞬間に食べられてた。飲むみたいに。」
容易に想像されて、彼女は屈託なく破顔微笑する。
「半分こにしよう。ほら……」
彼女はスイカの皮の、左右両側を掴んで、しかし指が震えるだけで折れない。
「貸して。」
彼女の手よりも長く逞しくなった指がわずかに掠めて、スイカは奪われた。
彼の手に力がこもって、腕の内側に筋が張る。
彼女はそれを見る。
自分を背負うときにも、彼の腕はそうなっただろうか。
彼の腕がそうなって、この体を強く引き寄せるときが来るだろうか。
その腕でこの体を抱くだろうか。
彼女はつと視線を外す。
たしかに“母”と“子”の関係であった。
しかしそうではいられないと、彼女はすでに悟っていた。
恋ということをすでに了解している彼女のほうが、先に気づいていた。




