44.一方“コチ”にて彼は、いく。
【前回までのあらすじ】
主人公、ふわっふわの希望へと手を伸ばした。
【御注意】
今回は3人称文体です。
が、すんでのことで手首を掴まれた。
かくして、三善実幸は病床にて目覚めた。
(チクショウ!)
ひどくかすむ眼をしばたいて、世界はやっと見えはじめる。
彼自身の、伸ばした先で開かれた手の甲と、その向こうには――
(知らない……白い……服?
白衣?
胸の……膨らみ?)
看護師だ。それも、漫画表現を具現化したようなセクシーなナースだ。
彼の手は彼女のふくよかな胸に触れる寸前で、彼女に手首を掴まれていた。
そしてぐぐっと押し返される。
「こらこら。」
甘い声で叱ったあと、彼女の視線は彼の股間に向いた。
実幸は自分の体の中心になにがあり、どんな状況か、神経を尖らせてみる。
(あぁ、まさか……)
「ふふ。あらあら、元気ね。」
(…………カッチコチだ!)
この半年間目覚めなかったとは信じられないくらい彼の脳は冴えていて、眠っているあいだに看護師のお姉さんから自分の純真無垢な体をさんざん弄ばれたに違いないという妄想が稲妻のごとく駆け巡っていた。
(だからカチコチだとしてもおれがエロいせいじゃなくて彼女のせいなんだから、責任とって結婚してもらわないといけない……!)
――と、いうような彼の錯乱も、目覚めてから時間が経つごとに落ち着いて、自分に起こったことを冷静に受け止められるようになっていった。
内科にも外科にも精神科にも研究機関のほうにも、骸廓坑病院のありとあらゆる科で診られたが、彼が倒れた原因は結局不明のままだ。
たしかにがんではあったが、通常の検査では発見できないほどごく早期、かつ小径のもので、入院してから現在まで転移も見つかっておらず病巣も残されていない。
問題はがんではなく、雪女による凍結だというのが医者の見解だ。
そういうわけで彼のかつての義母――白井霙の能力も調査されたが、人体への影響についてはっきりした答えは出なかった。
そもそもがんを発見できた理由も曖昧だ。
彼女は実幸以外の、たとえば院内のがん患者を区別できなかったのである。おそらく長くともに暮らし、においをよく知らなければわからないのだろう。
霙としては自分の特殊能力で凍結治療ができるなら専門医にでもなって大金を稼ごうという下心があったわけだが、それは難しいようだ。
そもそもがどんな仕事も長続きしない飽き性なのに、医師免許を取るための勉強なんて土台無理な話だ、というのは、実幸の義父――三善尚の言で、あわや喧嘩になる前に両成敗した実幸であった。
長男の苦労はまだまだ絶えないようである。
原因不明のまま彼はリハビリを進め、順調に回復していった。
休みの日には家族がやってくる。
目覚めてすぐの最初の面会では、真吉すら目を赤くして涙をこらえていたというのに、双子ときたら開口一番「「チキンカレー」」とねだった。実母が金曜日につくるカレーが「「違う」」のだそうだ。霙には悪いが、実幸、得意満面である。
平日の放課後にはよく束本が、ときどき委員長も、ちらほらその他クラスメイトもやってくる。
出席日数がまったく足りないらしい。
もし留年になれば生霊騒ぎのせいで13組に編入されるそうだ。
ただし、魔都高校では学年制と共に単位制を採用していて、単位は時間ではなく点数で計算される。だから実技のある体育はしょうがないにしても、それ以外なら努力次第で追いつける仕組みだ。
学校と相談した結果、進級試験は春休みに行われることになった。
すでに猛勉強を始めている。
そのためもあって束本にはよく来てもらっているのだ。
母親と同じクラスで高校の2年間を過ごすなどという青春をドブに捨てるような事態は断じて避けたい彼であった。
ミユは週1以上の頻度で見舞いに来ていたそうだが、目覚めたあと最初に会ったとき号泣して病室を飛び出して以降、来ない。
(もう家族同然なんだから恥ずかしがらなくてもいいのに自意識過剰で情緒不安定なんだから。)
と、思う実幸は、彼自身の鈍感にはまだ気付かない。
ミユのわかりやすい“ツン”だけ知って、わかりにくい“デレ”にはまだ気付かないでいる。
問診医から退院の日取りを聞いたあと、彼は春の匂いかすかな病院の中庭をふらりと散歩した。
そぞろ頭に浮かぶのは、先のことだ。
家に帰ったり、学校へ行ったり、先生に謝ったり、借金を返したり、お礼にマグロを供えたり、赫塔に骨を見学に行ったり、――。
やらなくちゃいけないことが沢山ある。
やりたいことも沢山ある。
でも、とりいそぎは――
大本命のあの子に、想いを伝えにいこう。
【御挨拶】
ご愛読いただき誠にありがとうございました。
これにて本編は終了です。
【次回予告】
おまけあり〼




