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42.叫ぶ

【前回までのあらすじ】

 主人公の攻撃は成功、しかし創始者の幽霊は第二形態――骸骨へと変貌を遂げたのであった。




「おまえが俺のことを嫌いってのは重々承知しているし、ここに二人きりでいつづけるなんざ反吐が出るってのには全く同意だが、はて、俺に勝つ必要なんてあるのか? おまえ、ずっとここにいるわけでもないし。だろ?」


 どこから声を出しているのか知らないが、骸骨はあっけらかんと言う。


 ……たしかに、おれはここにひとりでいたかったから、こいつを追い出したかったけど、でも、もう、気持ちは変わった。

 おれがほんとうには、ここに閉じこもりたいなんて望んでいないの、わかったから。


「おまえが去れば、ここは消滅する。俺も勿論いられなくなる。逃げるが勝ちってな。さっさと行けよ。鍵はもう開いてるんじゃないか?」


 おれは創始者に疑いの一瞥をくれて、それから玄関に行き、鍵を開け、引き戸を引く。


 ガタンと音がして、なにかに突っかかって、開かない。


 引き戸の嵌め殺しの飾りガラスを透かして外側の敷居を見ると、なにか嵌っているのがぼんやり見える。――たぶん、次男のお古の木製バットだ。


 家族からここを出るなといわれている気がして、おれの顔は歪んだ。


「おまえも相当だね。」


 振り返ると、創始者が笑っている。


「おれのせいじゃない。」


 早口にぼそりと言いながら仏間へ歩くと、創始者は身を引いた。


「はいはいそういうことにしてやるよ。この場所でこんなことができるのはおまえだけなんだがね。さて、誰の仕業かねえ?」


 嫌味ったらしく言いながらも、楽しそうだからムカつく。


 おれは畳にドタンと座ってむすっとする。


「あーあ、だっせぇなぁ、さっきの決めゼリフにはどう片をつけるつもりだ? 『幸せになってやるッ!』だってよ! まったく笑わせてくれる! 大言壮語もそこまでいきゃあ傑作だよ! …………おいなんだよその眼は。」


 頭の上から楽しそうにからかってくる創始者を、おれは睨み上げている。


「生身に戻りたいだとか“成功”だとかほざいてた奴がここにきて座り込んでだんまり決めてやがるんだから冷やかさなくってどうする? ったくちゃんちゃら可笑しな話だぜ。結局おまえって奴は常識だとか役割とかを張り付けただけの人型のハリボテ、中身すっからかんのモブ野郎だったってわけだよなあ?

 なぁ、おい、悔しかったら欲望のひとつも言ってみろ!」


 奥歯を噛んだまま返答する。


「……だからぁ、幸せになりたいっつってんだろ。」


「おい勘弁してくれ、おれは全人類に尋ねたんじゃない、おまえに訊いたんだ。おまえの、正直なところの、本音を、赤裸々に、具体的に聞かせてみろ。」


(……おれの…欲望……)


 すぐに頭に浮かぶ。

 案外、考えるまでもなく、いろいろと、次から次へ。

 どうやらおれは空っぽじゃなかったらしい。

 そして頭に浮かんだ一番初めの、一番大きいのは、断然はっきりしてる。


「セッ……」


 言い切るより先に恥ずかしくなって生唾を呑んだ。


「……ぇっち。」


 おれの小声に、骸骨が耳に手を添える。


「なんだって?」


 口をもごもごさせたあと、息を吸って叫ぶ。


「……すッ、好きな子と相思相愛になって一緒にオルガスムスに達したい!」


 骸骨がポカンと黙ったせいで、大声が家中にエコーして際立った。


「……そりゃーまた、」


 骸骨はフッ、と鼻で笑う。


普段使い(デイリーユース)の欲望だな。」


 嘲笑される、悔しい。だからなんとか言い返す。


「だからこそプライスレスだ!」


 創始者はカタカタと痙攣して笑う。


 おれは口を一文字に結んで目を見開いたまま、真っ赤だ。


 創始者はひとしきり笑うと、薄笑いを残したまま首を軽く縦に振った。


「しょうがねぇ、モブの相手もそろそろ飽きたし、冥途の土産をくれてやろう。」


 (処される?)とビビッて緊張する。


「なに、あべこべにさ。浮世へ帰るおまえに手土産を持たせてやるってことだ。」


「なッ……」


 だめだ気をつけろおれ!

 期待したってどうぜぬか喜びになるだけだ。こいつが相手なんだから特に。

 冷静になれ!


「……それってどういう、……具体的には?」


「初めと同じだ。おまえがそう望むほか、方法はない。しかし、その欲望の火種を強めることはできる。風を吹かせて薪をくべてやるよ。

 そして覚悟のついた今のおまえなら、今度こそ向こうへ行くだろう。」


 創始者のひたと据わった眼差し、確信めいた熱い物言いに、おれは当てられる。

 扇動ってホント怖い。

 でもいまは、乗ってやってもいい。


「……まぁ、……そんなに言うならやってやってもいいけど。」


 創始者は“ツン”に耐性がないらしい、チッと軽く舌打ちした。


「クソ憎たらしいガキだぜまったく。」


 ぼやきながらも笑った口にタバコをやる。

 深く長く吸って、大口開けてぽあと吐いた。


 重たい煙がたゆたって、まず12対24本の肋骨を満たし、すぐに全身を覆い隠して、やがて部屋中に広がった。


 モクモクの向こうへ目を凝らすと、もう骨ではなく、肉感のある人影があった。


 あれは創始者ではない。


 なら誰だろう……。


 そうあれは、……


 ガラス戸から風が入って、煙がかき消える。


 現れたのは、大本命のあの子だ。




【次回予告】

 スケベチャンス!

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