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4.簡単な引き算をする

【前回までのあらすじ】

 いつもどおりの夕食のはずだったが、なぜか、1人分足りない。




 今日の夕食はちゃんぽんだ。

 海鮮たっぷりあっさり風味。

 人数分を作って、食卓に並べる。


 そして待つ。


 1人足りない。


 しばらく待つが、やって来ない。


「兄貴麺伸びちゃう早く。」


 真吉が不機嫌に言う。


「なに言ってんだだって、……」


 ここに居ない家族の名前を言おうとして、……出ない。

 名前が出てこない。


 食卓にそろった家族の不思議そうな顔を、右から左へ順に数えて、それに自分も含めて6人。

 やっぱり1人足りない。

 ……でも、その1人が誰か思い出せない。


 誰かわからないその子は、遅く帰るとか、言っていただろうか?

 部活とか、補習とか、遊びに行くとか、……。

 ……思い出せない。


 疲れてるんだ、きっと。

 だから、名前も、その子がいない理由も、いま一時的に思い出せないだけさ。

 疲れてるんだよ。

 ご飯を食べたらきっとまた元気になるさ。


 そう無理やりに納得すると、考えを切り替えた。


 とにかく食事だ。


 手を合わせる。


「いただきます。」


 みんなが口をそろえて言う。


「「「「「いただきます。」」」」」


 そして、訝る。


 足りない。


 食事は7人分ではなかっただろうか?


 どうして5人分しか用意されていないんだろう。


 足りない。


 ………………。


 おれは立ち上がって、体を1歩引く。


 いまここに居るのは6人。


 おれを引けば食事は足りる。


 実際みんなさっさと食事をはじめるから、結果として数は合うんだ。


 おれは台所に戻り、片付けをはじめた。

 考え事のせいで手元が狂って、何度も食器を滑らせた。




 翌日、チキンカレー、4人分、5人。

 また減った。

 理由はわからないし、ここに居ない2人の家族をどうしても思い出せない。

 

 おれは向きになって、たとえ余ったとしても7食分きっちりと用意するために台所へ行った。


 そしてなにも持たずに食卓に帰って来る。


 おれは座って、家族の顔を眺めて、自分が何をしに台所へ行ったか思い出して、また立ち上がると台所へ行く。


 台所に行って、目的を忘れる。


 あたりを見渡して、冷蔵庫や、小さなテーブルの上の調味料や、カレーの入った銅鍋を見て、なにをするんだったか思い出そうとするが、なにも思い出せない。


 思い出せないってことは些細なことなんだろう、と思い直して食卓に戻る。


 そして思い出す。


 ……食事が足りないんだ。

 

 食事を用意しないといけないのに……!


「兄ちゃん変な顔。なにしてるの?」


 なにか新しい遊びでもしているのか? というような顔で弟に言われる。

 居間と台所とを行ったり来たりするだけのおれを奇妙に思ったんだろう。


 家族が足りないのは、奇妙ではないんだろうか?

 訊いてみたい。

 でも、不安にはさせたくない。

 

「いや、なんでもない。……いただきます。」


「「「「いただきます。」」」」




 翌日、チキンカレー、3人分、4人。

 カレーは2日連続と決まっているんだこの家じゃ。

 この家じゃ、子供は7人と決まっているんだ。

 だってのにどうして……?

 おれは座らなかった。

 食事は4人分しかなく、お腹は空かなかったから。




 翌日、ハンバーグ、2人分、3人。

 入念に洗い流しても玉ねぎとひき肉と生卵の臭みのとれない手を組んで、台所の椅子に座って、居間にいる家族を眺める。

 材料は7人分用意していたはずなのに、出来上がるのは2人分だけ。

 この世界はおかしくなったのか?

 それともおかしいのは、おれか……?




 翌日、アジの開き、1人分、2人。

 隣に座っている小さな妹が、アジの開きを必死に箸でさばいている。

 まるく小さな手では、箸を持つのは難しいだろう。

 大好物だから気持ちが前のめりになっていて尚更もどかしげだ。

 やがてこちらをちらちらと気にしながら、そろそろと指で骨を剥がしにかかった。

 なんでバレないと思ったんだろう。

 おれは笑ってしまう。

 行儀が悪いと普段なら注意するところだが、骨が喉にかかってこの子が痛い思いをするくらいなら、しかたない、許そう。




 このわけのわからない奇妙な現象も、もう明日でおしまいだ。

 終わりだと思うと、安心した。

 やっとおれも家族のもとに行けるんだろう。





【次回予告】

 夜、布団に潜り込んできたのは、お化けではなかった。

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