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38.時空から切り離される

【前回までのあらすじ】

 主人公は死に至るまでの理由を知った。

 残された謎は、自分が生霊になって生身に戻れずにいた理由だけ。




 おれはなにをするでもなく、我が家の、台所の椅子に座っている。


 まだ赤みの届かない、青白いだけの夜明けだった。


 静かだ。


 この家には誰もいない。


 みんなを起こす必要はない。


 美典の単語暗記を手伝う必要はない。

 真吉に弁当を2つ持たしてやる必要はない。

 結のパンチを頬で受け、晶のキックを横腹で受けて、喧嘩を仲裁する必要はない。

 六花の髪を梳かして結ぶ必要はない。

 牡丹の不思議な夢の話に相槌を打つ必要はない。


 “お兄ちゃんは”必要ない。


 ……実際、いなくたって、大丈夫だったんだ。

 おれの役割なんてすぐに穴埋めされて、みんな元気にやってる。


 そもそも、いないほうがよかったのかもしれない。


 おれは意地を張って、大人なんかの手を借りなくても兄弟姉妹だけでやっていけるなんて思い込んで、でもそんなの無理だった。

 みんなに風邪をひかせてしまった。

 危険にさらしてしまった。


 それに、おれがいなくなったから母さんだって、いつもじゃなくても父さんだって戻ってきた。

 子供の面倒を見はじめた。喧嘩しないように頑張りはじめた。


 おれは、いなくなって、よかったんだ。




 ふいに、ずっとここにいたんだと悟る。


 死んでからずっと。


 ずっと走馬灯のなかにいたんだ。


 いろいろな“今”に行っていた。

 それは過去でも未来でもないところ。

 “生”でも“死”でもない、生霊という状態異常の“現在”のまま。


 家や学校やスーパーへ、家族やクラスメイトや友人や幼馴染に会いに行っていた。


 そうやっておれは、“求められること”を求めつづけた。


 でもそれは取り替え可能な必要性だ。


 おれが人から貰った“生きる意味”なんて、結局その程度のもの。


 だけど失くしたら、おれは空っぽだ。


 そしてそれに気づいてしまったから、もうここから出ていくことはないだろう。


 この場所、この時間に、永遠に置き去りにされてしまうのだろう。


 みんな、おれの知らない場所、未来へ行って、おれを忘れていくんだ。




 自殺だったのかもしれない。


 おれ自身が、目覚めないことを望んだのかもしれない。


 生きていない、ということが死を意味するなら、目覚めないでいるおれは、自ら死を選んだ、ということなのかもしれない。


 そうか。


 これが死か。




【次回予告】

 …………ところでさっきからタバコ臭いんですけど誰ですか?

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