30.アゲてから落とされる
【前回までのあらすじ】
生霊、化け猫から生身への戻り方について“説明”を受ける。
「君みたいな生霊とか、怪異が生まれやすい国なの。魔都では怪異って、もうほとんど常識じゃん?」
たしかにおれは化け猫を見てもそんなに驚かなかった。
ほかの怪異――たとえば狐の嫁入りや、青鬼だってそうだ。
マトコウに通っていれば、直接の友達はいなくても、友達の友達の友達くらいの距離感に怪異がいるのだ。
「高財一兆ってヤツはね、経済成長のために、ヒトの世界だけじゃなくて、それ以外のモノの領域へも市場を広げるんだーって、そういう理由で、あらゆる怪異を受け入れることにしたの。だから魔都のコチの“約束”はものすごく寛容……というか曖昧。」
「金のため?」
たしかに高財一兆――魔都の創始者は、崇高な理念とかなさそうなヤツだった。
「そう。お金を回せるなら、どんな多様性も危険性も受け入れるってわけ。
『赫塔の灯りは万物へ平等に当たる』…だっけ?
ここでいう『灯り』って、神にも鬼にもバケモノにも、みーんなに当たってるの。」
『赫塔』――この国の国会議事堂だ。
四角の超高層建築である。
通学路からも見えるし、小学生のとき社会科見学で行った。
四面の壁から四方へ光が照射されているイメージで、俯瞰してみると×に視えることから、国旗が黒地に赤の×というデザインになったらしい。諸説ある。
「“約束”の縛りが緩い分、信条の変更もしやすいはずで、だから君が自分のカチを変更することも簡単なはずなんだけどな?
しかも君自身もう“物質の実在”っていう“約束”から解放されてるのにな?」
「じゃあ例えばですけど、おれが新しく“約束”を作るとかっていうのは、無理なんですか? ザ・おれワールド的な。地方ルール的な。」
……ハーレム的な。
「できるよ。」
なぬ!?
「生霊もエネルギーだから、他のエネルギーにも影響できる。“約束”を介して料理を作ったり、食べさせたり、あたしに触ったりも、できる。」
\ ヤッタゼ /
「ってゆうか、君ん家とか学校の一部とかでは、既存の“約束”がもう乱れちゃってるでしょ。
君が必要って、そういう願いが信条を揺るがして、君が生霊ってことを忘れさせてしまったんだろうね。じゃなくても、体があってもなくてもどっちでもいいから君にそばにいてほしいっていう願望のせいで、信条が壊れて知覚が変わった。
君が満たしていた“意味”が、君がいなくなったことで空白になった。それを埋めるために君は求められたってことだな。」
えぇ~、ちょっとみんなぁ~、いくらおれが必要だからってぇ~、もぉ~、ほんとにおれがいなくちゃダメなんだからぁ~。
「じゃあおれは、このままでもいい? んですか? このままでもご飯作れるってことですよね? だったらおれは、体とか別に」
「君、名前は?」
え? 急。
…名前って、…………ん?……あれ? 名前?? あ、おれ……
「名前、思い出せなくて……」
「君はきっと“お兄ちゃん”なんだね。他者が君に要求した“意味”。そして君は“お兄ちゃん”でしかないんだ。」
そりゃそうだよ。だからご飯作らないといけないんだし。
……なのに、どうしてそう悲しそうな声を出すの?
「逆にヤバい。」
逆?
「ヒトとして、肉として復活しないと、このままじゃ君、消滅する。」
「なんでッ?」
「カチが弱いから。コチに依存したカチは残らない。」
……弱いのか、おれ……。
「ヒトは“物質”だから、思考の源もやっぱり“物質”――“身体”なの。だから身体が消滅すると記憶や思考は更新されなくなる。意思が利かなくなる。強烈なカチなら固定されたまま残留することもあるけど、基本は身体が無くなればカチも消えちゃう。
そうなれば、コチを維持できなくなる。もちろん“約束”も消える。
物質を必要としないような凄いヤバいカチじゃないと…、それこそ鬼とか神とかロロさまのレベルじゃないと無理。君の場合だと意思を失った悪霊とか地縛霊とかになっちゃうかもだけど、この国ではそういうのが生まれやすい反面、上等な祓い屋さんもたくさんいるから勧めない。」
おれのレベルってどれくらいなんだろ? 鑑定スキルとかあればなー。
「君はまだ大丈夫? 体から離れて接続が弱くなってるわけだから、記憶も思考もかなり曖昧になってるんじゃない?」
バレたか。
ほんとは話半分も理解できてないってこと……。
……とりあえずこのままだと危ないってことでいいね?
【次回予告】
続・説明。
そして主人公がよく理解しないまま、“説明”が終わる。




