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29.人として生まれたことに疑問を持つ

【前回までの化け猫による世界の変え方講座(読み飛ばし可)】

 ヒトが知覚できるのは“意味”であって“真実”ではない。

 

 “意味”とは、集団が共通の世界を認識するための“約束”である。

 そしてその約束の上に成り立つ世界を『コチ』と呼ぶ。

 対し、個々が知覚する世界を『カチ』と呼ぶ。


 時間も空間も物質の実在も、知覚されている世界はすべて、ヒトが必要とした概念・意味であって、真実ではない。

 つまり求める意味に応じて知覚を変更できれば、“世界”を変えることが可能である。

 知覚の変更は、信条の変更によって可能である。

 では、信条の変更は――。




「化け猫――あたしらの先祖さまはただの猫で、それから化け猫になったの。

 ヒトが猫にそういう“意味”を求めたから。

 猫も…犬についてもそうだけど、『人間みたいだな』って思うときがあるでしょ? それとか、『ヒトがヒトにするように愛してくれないかな』って望むときがあるでしょ?

 知覚(ニュ)で終わらなくて、意識・思考(オワア)があったの。

 そして『もしかしたら本当は言葉も理解しているし、ヒトに近い存在なのかもしれない』って判断・信条(ンナーン)が起こった。疑念――知識の空白を埋めるために事象の意味付けが行われたわけ。

 それで知覚(ニュ)が変わった。

 同一のエネルギー(ゥロオ)だとしても知覚(ニュ)の仕方が変わったの。

 これが化け猫の起源。」


 先輩の柔らかそうな太腿の上で無邪気に寝転んで、子猫は柔らかそうな腹や顎を撫でまわされている。


「でも化け猫は、それだけでは終わらなかった。

 ヒトから与えられた意味だけで生きなかった。

 もちろんそのおかげでヒトに近い体を得られたけど、そんなの始まりに過ぎない。

 化け猫として意識・思考(オワア)し、判断・信条(ンナーン)を持った。そしてそれを伝播していった。世代交代のたびに、増えるたびに、願望は高まり、自立し、自治し、いまではヒトを奴隷にだってできる。

 化け猫は化け猫による化け猫のためのコチを作ったんだよ。」


 先輩は思いっきり子猫を甘やかしているし、子猫も思いっきり甘やかされている。

 ……なんでおれはネコチャンじゃないんだろう?


「シュレディンガーっておじさまが作った猫のおとぎ話を知ってる? 閉じた箱の中では半死半生、開けたときに、観測されてやっと状態が決定する猫の話。」


 漫画とかアニメとかゲームでよく聞くヤツ。

 大方ハーレムものだから女子に話すのはちょっとアレだけど。


「おじさまはそんなことありえないって言ったの。理由は違うけどあたしも同意。そんなものは所詮、波動関数を産業利用するための帳尻合わせにすぎない。ありがちな解釈違いなの。当たり前よね。」


 『よね』って言われても物理学ガチ勢じゃないしなー……。


「猫だもの。死なないに決まってる。“常識”でしょ?」


 ええ?


「逆なんだよ。物質が先にあって、それに意味が付くんじゃない。意味が先で、物質が後なの。つまり知覚(ニュ)さえ保てていれば、永遠にだって生きられる。」


 子猫は先輩の指から逃れて体をよじ登って(凸凹がはっきりしてるから登りやすいよね☆)、金髪の頭の上に凛と座った。


「その象徴にして秩序、つまりは“約束”そのものが、このお方――“ロロ”さま。」


 先輩は両手を掲げて子猫を示した。


「ロロさまは永遠に生まれ変わる。形を変えて、“意味”だけはそのままに、すべての猫を消滅からお守りくださるのよ。」


 子猫は小首をかしげて「ぁン」と高く鳴く。

 背後のミラーボールが黄金色に輝いて、後光を担った。


「それがあたしら、御路々(ゴロロ)教の教義(ドグマ)。そしてこの教えは、いまの君をも救う。」


 …………宗教? ……の勧誘??


「ゴロロキョウ……」


「そう。正確な発音はこう――」


 先輩は喉を鳴らしはじめた。


 おれはにわかに不安になる。


(……間違いない宗教の勧誘だ! 相談料とかいって高額請求される? 数珠とか押し売りされる? 壺? デート商法? ハニトラ?

 ……あーあ、どおりでね。

 おかしいと思ったんだよ初対面で女の子が優しくしてくれるなんてさ。はいはいそういうわけですか! そういう裏があったわけだ!)


「間に合ってます。」


 怒りも悲しみもすべて呑み込んでおれはお断りした。


「ボク帰りますね。」


 そそくさと逃げ出そうとするが、肩をグンッと押されて座らせられる。


「ヒエッ」


 同時に先輩もおれの隣に座り、ロロさまはローテーブルへと華麗に着地した。

 お触り厳禁じゃなかったの?

 望んではいたけどこれじゃ思ってたのと違うコワイ。


「ボボボクお金なんてありませんしッ! 体で払うっていたって臓器売買とかはイヤだし、……まぁ肉体労働…ネコチャンのマッサージとかだったらやるけど……」


「アハハなに言ってんの? 体でも払えないじゃん? だって体、ないしぃ。」


 ア・そうだった。


「なんでかビビってるみたいだけど、お金とかそんなつもり全然ないよ。ただまぁ、早く生身に戻ってほしいかな。」


 トゥンク……

 それって、生身のおれに早く会いたいってことかい?


「で、牡丹にまたお魚持ってきてくれるようにできない? 君が倒れてから全然来てくれなくてさぁ。」


 あぁ、そっち。……そっちね。


「……それならなんとか。はい。」


「できればマグロね。」


「マっ……まぁ、イヤ、……でもどうかなー……ボクにはちょっと難しいかなぁ??」


 マグロなんてそうそう買えない。


「ダイジョブダイジョブ、だってもう“説明”ほぼ理解してるでしょ?」


 そっち? ……いやそっちか? おれ的にもそっちなのか??


「ってゆーか、生身に戻ってないほうが変だよ。こんなに“説明”したのに。」


 先輩をガッカリさせちゃったかな? ほんのり罪悪感。


「しかも、ここは魔都なのに。」


 魔都? この国と生霊(おれ)に、なんの関係が?




【次回予告】

 続・説明。彼の暮らす国と、彼の周辺で起こったことについて、他。


【御注意】

 猫は死んでしまうので大切に扱いましょう。

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