28.猫に説明される
【前回までのあらすじ】
猫カフェ(意味深)にて接待されることになった主人公(生霊)。
化け猫は生身への戻り方を“説明”するというが、果たして美少女を前にして主人公(童貞)はまともな思考力を保つことができるのか――。
「この世界って、すべて“ゥロオ”なの。」
「……『うろお』?」
コハク先輩は、上に巻いた舌を下へ弾いて喉から発音する。
「“ゥロオ”。猫語だよ。いまのところ人語で一番近いのは、“エネルギー”かな。」
猫語……ぜひとも覚えたいところだけど日常会話レベルから始めたかった。
「エネルギーの動態が、この世で起こっていることのすべて。あたしも君もそう。けど、あたしら猫もヒトも、エネルギーをありのままに“ニュ”できないの。」
「……『にゅ』?」
「人語なら“知覚”とか、そういう意味。Repeat after me “ニュ”。」
「にゅ。」
「うん。で、たとえばヒトは電子を粒子とか波動とかって決めて研究してるけど、そもそも電子っていうのが、ヒトにとって解釈しやすい“意味”でしかなくて、宇宙の真理じゃないの。」
そんなの化学のテストで書いたら×では……?
「知覚する対象のすべては“真実”じゃなくて、必要最低限の“意味”でしかないの。」
そんな真顔で見つめられてもなー……。
……んーじゃまぁとりあえずそういうことにするかぁ?
化学の授業じゃ生霊の存在は証明できないだろうし。
「……はい。」
「てなわけで、猫語をあと2つ教えるね。」
『てなわけ』ってどういうわけかわからないけど、とりあえず、
「……頑張ります。」
「“オワア”。意識とか思考のこと。」
「おわあ。」
「“ンナーン”。判断とか信条とかかな。」
「んなーん。」
「上手上手!」
先輩、褒めてくれる。照れくさいけど正直うれしい。
「知覚した情報のいくつかは、意識・思考に上ることがある。さらに意識・思考のいくつかが判断・信条へと昇華する。そして判断・信条は知覚を変える、っていう仕組み。」
……(おれの理解度はさておき)鳴き声カワイーナー。
「新しい情報を得たり、当たり前だったことに変化があったりしたら、知覚だけじゃなくて意識するよね? そのあと、曖昧なままにしておけなかったら考えて判断するよね? んで、一旦判断しちゃえば、次からは考えなくても知覚できるし反応できるようになってる。これがヒトの認知の仕組み。」
「知覚で、…意識・思考で、……判断・信条ですね、はい。」
「じゃあそもそも、どうやってエネルギーを“意味”付けしているのか、っていうことなんだけど、これは大まかに2つの要因――器質と環境が決めてる。」
先輩はピースサインを作っているが、おれは内心穏やかではない。
説明を理解しようと必死だ。
「知覚って、すごく個人的な動作でしょ。世界っていうのは、自分の目でしか見れないし、自分の手でしか触れなし、自分の鼻でしか嗅げないよね。」
おれは相槌を打ちながら聞く。
「これが器質的要因で認知される世界。こういう、自分だけが知覚してる世界のことを、『彼ノ地』、略して『カチ』って呼びます。」
……『カチ』?
……たしか、魔都の創始者の幽霊が言ってたやつか?
「でもヒトも猫も、ほかの生き物もそうだけど、群で生きてるでしょ? そこには“約束”が必要なの。エネルギーが本当は何かなんて解らないし、他の子がどういうふうに世界を知覚してるかなんて本当には解らない、だけど同じ意味で同じように知覚しているゾっていう“約束”。共通認識とか常識とかって言ってもいい。間違っていたとしても、仮想に過ぎないとしても、とりあえず真理なんだって約束して、みんなで同じ世界・同じ環境に暮らしましょーってこと。この世界は『約束の地』。これを『此ノ地』、略して『コチ』と呼びます。」
……やっぱり、魔都の創始者の幽霊が言ってたやつだ。
「コチとカチの相互作用、相互の要求で、“約束”が決まる。エネルギーをどういう“意味”で知覚するか、が、決まってくるの。」
わかったようなわからんような。
……わかった寄りのわからん……のような……。
「コチっていっても規模はいろいろで、生物種、民族、国、学校のクラス、――今のあたしらみたいな、君とあたしのカチが重なったここも、コチ。
集団ごとにいろんな“約束”があるんだけど、ヒトにとっての“約束”は、大きいものだと“時間”とか“空間”とか、“物質の実在”とか。」
「ハイ。」
「でも所詮は“約束”だから、破ることはもちろん可能。いまの君みたいにね。」
……あ、そっか。生霊って、いないのが普通だもんな。
生霊は常識に反してるから、“約束”を破ってるわけだ。
「いまここで、あたしがやってるのは、君の破れた“約束”を、新しい知識によって新たに結びなおす、っていうこと。
あたしの“説明”で、君は“未知”から“既知”に変わった。君の信条を変えたから、知覚が変わったってこと。だから君、カチが変わったでしょ? 世界が変わったでしょ?」
「そう……かな?」
先輩との出会いがおれの人生をまたひとつ華やかにしたのは確かだけど。
「君は知覚次第で世界を変えられることを知った。だからもうなんでもできるよ。既存の“真実”なんていくらでも変えられる!」
「……それは、言い過ぎでは?」
「……うん。言い過ぎた。」
先輩のテヘペロが芸術の域。10点。
「でも君に関することのいくつかは変更可能なはずだよ。既存の大きな“約束”を破って他者にカチを押しつけるわけじゃないし。
たとえば生身に戻って病院のベッドで目を覚ますとか、生霊のままでまた学校に行くとか、地縛霊になって家で料理を作りつづけるとか、その程度の知覚なら随意に変えられるはず。
さぁどうぞ!」
「エ……」
どうしよ気まずい。だって急に、そんなこと言われたって……
「……無理ぃ……」
「えぇ? なんでかなぁ?」
「なんでって、……すみません、ぶっちゃけあんま理解してないですし……」
「猫だったらできるんだけどなぁ?」
ふいと、先輩は膝のうえの子猫の背を撫でた。
白と黒と黄色の三毛猫。
……いつの間に現れたんだろう?
きっと、よそのコチからやってきて、このコチへふらりと……
【次回予告】
続・説明。化け猫の場合の世界の変え方について、他。
【ぶっちゃけ】
説明を読むのが面倒なら31回まで飛ばしてもたぶん大丈夫だと思います。31回の途中くらいまでおさらいと具体例みたいなものです。主人公もよく理解せずに次の展開に進みます。
コハク先輩の“説明”部分については特に個人の趣味が出すぎた感があり、それがどうにも抑えられなかった結果であって、ここまでついてきてくださっている恐らく2名(希望的観測)の読者様をさらに減らそうというような意図は微塵もございませんので悪しからず。




