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26.猫に導かれて橋を渡る

【前回までのあらすじ】

 主人公は生霊になった理由と生身に戻る方法を探している。

 ……っていう話だったはず……。




 足元に感触があって、見下げると、猫がすり寄っていた。

 

 おれの2本の足に体をこすりつけて、くねくねと∞を描いている。


 ネコチャンを驚かせないように慎重にしゃがみ、ナデナデさせてもらう。


 ペルシャ猫だ。

 毛並みがよく、日光を浴びて黄金に輝いている。

 高級感があるから野良とは思えない。


 ネコチャンをこねながらおれはようやく、この状況を不思議に思う。


 おれは制服を着ていて、でも、登校するには日が高い。

 もう2時間目を過ぎている時間だ。


 どうして……?


 ……ああ、そうだった、朝、家族で遅刻して、それでこんな時間になったんだ。

 みんなを追い出すのにへとへとになった。

 跨線橋(こせんきょう)を渡りきる元気はなく、途中で休憩していたんだった。


 …………だったよな?


 電車が足の下を走る。


 最近忘れっぽくって困る。

 大切なことを忘れてしまった気がする。

 誰かと何か、約束をしていたような。

 そんな感覚だけがいつまでも残留している。

 決して思い出せはせずに。


 ふと猫が離れる。

 数歩行ったところで、振り返ってこっちを見上げてきた。

 太い尻尾が波打つように揺れる。


「にゃーに? ついて来いって?」


「ニャア。」


 まさか返事をされるとは思ってなかった。


 猫というと、末っ子が何度か集会にお邪魔しているから、挨拶しておかないとだしな。

 なんてメルヘンなことを考えて、学校をさぼる理由にした。




 だけどしばらくして後悔しはじめる。


 ネコチャンは東の方角へ進み、大きな川をまたぐ橋を2つ渡った。


 橋を渡るたび、街並みは一変していく。


 おれの知らない世界に、おれは踏み込んで行ってしまっている。


 不安になってくる。


 すぐにでも引き返したほうが良いんじゃないか?

 そこへ行くには、おれはまだ若すぎるんじゃないか?


 小さい頃に言い聞かされたこの街の決まりが脳裏によぎる。


 『子供のうちは東の橋を2つ渡ってはいけない。』

 

 橋の先に広がっているのは、この国最大の歓楽街なのだ。




 ネオン管が疲れ果てて眠る。

 字面だけでソワソワするような看板が連なる。

 派手なスーツを着た若い男の集団が談笑しながら帰路につく。

 ミニスカをひらひらと美脚で走る2人の女の子は、すれ違いざま男の声で笑う。


 いくつも『♡無料案内所♡』って看板はあるけど、でもきっとおれのような迷子を導いてはくれないだろう。


 いやいや、おれは迷子なんかじゃない。

 この高級ネコチャンがちゃんとお家に帰れるように見届けてるだけ。

 と思って、できるだけ周りの大人と目を合わせないように進む。


 猫は生ごみの臭いの満ちる裏路地に入って、なにかの店の室外機に飛び乗り、その上の、わずかに開いた小窓へ身を滑り込ませた。


 慣れた様子だ。ここが家なのかもしれない。


 案外とあっさりした別れで、さて、どうやって帰ろう、と思って周囲を見渡していると、目の前、猫の入って行った店の裏口が開いた。


「入りなよ。」


 女子高校生が立っている。


 すぐには反応できず、彼女を見つめてしまう。


 かわいい。

 ウェーブのかかった豊かな長髪が日陰でも充分に金色に輝いている。

 褐色の肌は健康的でなめらかだ。

 無邪気に相手を振り回しちゃう系っぽい。


 彼女は明るい色のブレザーを着ていて、これはマトコウの制服じゃないけど、生徒だとはわかる。

 マトコウには指定の制服もあるにはあるが基本的には自由で、ただし、バッチの装着だけは決められているのだ。


 バッチの色は緑。3年だ。


 驚いたおれの顔を笑って、彼女は両手で自分の頭を触る。


 それからパっと手を離す。


「ジャーン。」


 ぴょこんと、猫耳が現れた。


「わぁ」


 化け猫さんだ!


「早く入って。」


 髪をキラキラとなびかせて、彼女は踵を返した。




【次回予告】

 いったいどんなサービスを提供する店なのか……乞うご期待!(期待してとはいってない。)

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