23.一方”コチ”にて幼馴染は、
【前回までのあらすじ】
生霊、夕飯の食材を購入するために行ったスーパーで幼馴染と鉢合わせ、そのまま一緒に帰宅した。
【御注意】
今回は3人称文体です。
三善家と夕濵家との繋がりは、父親同士が幼馴染という縁から始まった。
家族ぐるみの付き合いで、三善家の子供たちはかなり世話になっている。
幼い頃は両親の夫婦喧嘩から避難して夕濵家に泊まることが多々あったし、離婚で母親が去り、海外出張のために父親が家を空けるようになってからも頻繁に夕食を頂いたり、小さい子の面倒を見てもらったりと、かなり助けられていた。
夕濵ミユと婚約を結んだのは、彼が7歳の冬、妹・弟らとともに夕濵家に避難したときのことだ。
双子の夜泣きがようやく止み、下の子たちが寝静まったあとの深更、彼はひとり起きてきて夕濵夫妻に感謝と謝罪を伝えた。
子供がするにはあまりにも深刻な表情だった。
ときに暴力にまで発展する両親の不和が、彼らを深く苦しめていた。
ミユの母はなんとか大人の粗相をとりなそうと話しかけたが、彼は首を横にも縦にも振れない。
ただ瞳だけを悲しみに疲れさせて、笑った。
「おれ、2人の子供になりたかったな。」
彼が心配で起きていたミユが、彼に寄り添ってぎゅっと手を掴んだ。
「ミユ、どうすればいいか知ってるよ!」
ミユが自分の大声に驚いて、それから声をひそめて続けた。
「ミユと結婚すれば、うちの子になれるよッ。」
我が子の突飛な発想に両親は驚いたが、ミユは真面目だった。
つい先日、ミユは親戚の結婚披露宴に参加していた。
ウエディングドレスを着た知らない女性が、ミユのおじいちゃんを「おとうさん」、おばあちゃんを「おかあさん」と呼んでいたのである。
「ミユと結婚する?」
ミユは瞳の奥を覗き込むような一途な視線を向けた。
彼はおろおろする。
その背後で、ミユの父が凄まじい顔つきで彼を見ていたからだ。
彼は助けを求めるようにミユの母を見る。
「ママがもうちょっと若かったらねー。ママも立候補してたんだけど。」
「だめ! ミユが結婚するの。」
「あの、でも、26歳までは待って。」
「……なんで? 」
「下の子たちが、ちゃんと大人になるまで。」
彼らの暮らすこの国での“成人”というのは――制度としては形骸化しており、もはや精神的な区切りでしかないのだが――いちおう、満20歳以上である。
彼は双子が成人するまで面倒を見るつもりなのだ。
「なんで?」
「おれが幸せになるのは、みんなを育ててからじゃないと。」
結局このあと妹が2人生れたから、結婚するときには30歳を超えている計算になるが、約束が果たされるのか否かはまた別の話である。
「あいつの息子なのにどうしてこうまともに育ったかね。」
娘も嫁も取られそうになって戦々恐々としていたミユの父が、感嘆して言葉を漏らした。
「ちょっとあなた!」
夫のあけすけな物言いを彼女は諫めたが、しかし子供たちはそれどころではなくなっていた。
親を尻目にミユが「誓いのキス!」と彼に迫っていたのだ。
母は嬉々としてカメラを向けたが、父はすんでのことで抱き上げて止め、愛娘とついでに幼馴染の息子のファーストキスを守ったのであった。
ミユの帰宅後しばらくして帰って来た母――アヤが買ってきた食品を冷蔵庫に片しながら、ミユは「変な話なんだけど」という前振りで話しはじめた。
テニス部を休んで彼の見舞いに行った帰り、スーパーで彼に会って、一緒に帰ったのだと。
「たぶん妄想。」
と、最後にミユは付け加える。
三善の生霊が出たと学校中で騒ぎになっていたが、ミユは信じていない。
生霊が出るにしても、最初に自分の前に現れなければ偽物だ。
だからミユは生霊を信じない。
「妄想のくせにあいつ、……キスぐらいすればいいのに。」
この気持ちは幼稚園児のときに一目惚れしたその瞬間から両親にバレているので、今更隠す気はない。
母はいい相談相手で、ライバルだった。
つまりこの相談は牽制でもある。
「そんな子じゃないじゃない。ミユからいかないと。」
「まーね。そういうやつ。」
妄想すら裏切らない。
それくらい長く、一緒にいるんだから。
「キスぐらいすればよかった。」
ミユの卵を持つ手がゆっくりと止まった。
「……ごめんって、言えばよかった。」
下瞼に涙が溜まる。
「なんで言えないんだろう? なんであたしいっつも、あんな態度とっちゃうんだろう?」
「……ミユ……」
「ありがとうって、……好きって、……」
あとは涙になって言葉にならない。
甘酸っぱい青春を謳歌する娘を背に、彼女は夕飯の支度を続ける。
「そうやっぱり、帰ってきてるのね。」
「? 妄想だって……。じゃなくても生霊……。」
「ほんとう? だって三善さん家を横切ったとき、いい匂いがしたけど。わたしがつくる煮物とおんなじ匂い。」
家族同然で夕濵家にお邪魔していた彼は、恩義に報いるためにお手伝いを率先してやっている。
結果、彼は夕濵家で家事労働のノウハウを覚えた。
料理もそのひとつだ。
三善家の子供たちにとってのいわゆる『おふくろの味』は、『ミユのおふくろの味』なのである。
「手伝う。」
ミユの涙が速乾する。
母親の満足げな様子にマウントを取られた気がしていた。
“私が育てた可愛い男の子”だとか、“胃袋を掴んでいるだけでなく手取り足取り指導した”といったようなニュアンスを感じ取って、ミユは対抗意識を燃やしたのだ。
彼を最も理解し、最も必要とされ、最も親しいのは自分だと証明しなくてはならない。
彼の『おふくろの味』をいつか、『ミユのおふくろの味』ではなく『ミユの味』にしなければならない。
ミユは嫉妬丸出しで包丁を握った。
【次回予告】
生霊、相も変わらず夕飯を作る。




