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2.小さい子に食物連鎖を教える

【前回までのあらすじ】

 いつもどおり平穏に訪れるはずだった夕食の時間。

 しかし、かくれんぼで鬼を隠すという突飛な発想で末っ子が押入れに閉じ込められ、しかも消えてしまった……。




「まじか……」


 思わず呟いたら双子が振り返った。


「だってしょうがないじゃんそんなすぐとは思わなかったんだもん。」

「ちょっとゲームしてただけで終わったらちゃんとするつもりだったし。」


 双子が同時に言うからわちゃわちゃする。

 とりあえず言い訳をしているのはわかった。


「どのくらいほっといたの?」


「え? 30分、くらい?」

「え? そんな経った?」


「1時間ちょっと。」


 六花が答える。


「おーい。…おいおいおーい。」


 呆れてうまくツッコめない。


「「だって……」」


「いつものことでしょ。セルフ神隠しだよ。」


 美典があっさり言う。


「隠しじゃないだろ。…隠され?だろ? いや鬼隠し?」


「どっちでもいいだろ。どうせ腹が減ったら帰って来るんだから先メシ食おうぜ。」


 混乱気味のおれに対し、真吉は腹が減っているせいで軽く苛立っている。


 真吉の言うこともわかる。


 ちゃぶ台の上で夕飯は刻一刻と常温に近づいている。熱い丼と冷えた酢の物と家族全員がドンピシャで揃って一番おいしいタイミングだったのに、計算が狂った。


 けどそんなこと言ってる場合じゃない。


「駄目だ。全員集合!」


 号令をかけると勢いよく胡坐をかいた。


「もう全員集合して」


 ドンッ!


 突然に仏間のガラス戸に何かが体当たりして、真吉のぼやきを黙らせた。


 全員の注意が外に向く。


 仏間の外は細長い中庭になっていて、物干し竿が並んでいる。

 洗濯物はすでに取り込んでいてガラス戸も障子も閉めてあるから、庭の様子はわからない。

 西向きの障子は夕暮れの茜色に染まり、小さな人影をぼんやりと縁取っていた。

 不気味だ。


「おに~ちゃ~ん!!」


 ボリュームを細かく振動させたような、小さな子供らしい悲鳴だった。


 すぐに立ち上がって障子を開きガラス戸を開き、外に飛び降りる。


「牡丹!」


 泣いている。


「よかった! 心配したんだぞ牡丹。」


 抱きしめたいが、牡丹が小さな手をお握りをつくる形にしているから思い切ってガバッといけずに両手が浮ついて挙動不審になる。


「おにいちゃん見て。死んじゃう?」


 牡丹が手をパーにする。


 アキアカネだ。


「あらー……。」


 もう死んじゃっている。


「どうしたの? このトンボさん。」


「みちにいた。」


「『みち』って……真っ暗いほうの?」


 牡丹が頷く。


 牡丹が言う『みち』は、道路という意味ではない。

 

 我が家で『セルフ神隠し』と呼んでいる牡丹の不可解な蒸発現象は、家族がもう焦らないくらいよく起こっていた。


 最初に起こったときに「どこに行っていたの?」と尋ねてみたら「みち」と答えた。

 「どこの?」と尋ねたら「かえりみち」と答えた。

 「どうしてみちに行っちゃうの?」と尋ねたら「うちにかえるため」と答えた。


 わけがわからないが、ともかく、今回も無事に帰ってきてくれてよかった。


 今回のことはきっと、押入れのなかの真っ暗と『みち』の真っ暗がつながってしまった――とかそういうことなんだろう。


「この子といっしょに来た。」


「ならトンボさんにありがとうございましただな。」


「動かなくなっちゃった。」


 牡丹の涙声に、おれも泣きたくなる。


「うん死んじゃったね。お墓をつくろうか。」


「おはかにうめたらどうなるの?」


 えぇどうなるんだろう? 供養になる、かなぁ…


「微生物に分解されるんだよ。」


 おれが困っている隙に美典が口を挿み、牡丹が困る。


「ご飯になるの。ほかの生き物の血肉になるんだよ。」


 圧倒的陽キャの美典は哀愁ゼロで答えた。


「目に見えないくらいのちっちゃい虫に食べさせたいんだったら土のなか、アリに食べさせたいなら巣の近くに置いときな。」


「さ、オレらもメシメシィ~。」


 真吉が手を1つ叩いて左右にオールをこぐような小躍りをしながら居間に戻って、みんなもそれにならった。


 牡丹とおれだけが残される。


 おれは家族との温度差……というか湿度差にぼーっとしてしまう。

 しんみりしてたのおれら2人だけ?

 みんなドライだね……。 


「ぼたん、アリがチョウチョのハネ運んでるの見たことあるよ。こんなにおっきいの、あんなにちっちゃいのに、強いね。」


 えぇ牡丹も?

 ……でもまあ、涙が乾いたんだったら結果よかった。


「じゃあアリさんにあげようね。」


 牡丹を抱え上げて仏間の縁に座らせる。

 今更だが足裏をはたいてサンダルを履くと、牡丹の手からアキアカネを取って庭に蟻塚を探した。

 数日前に双子が水責めにしていたのがあるはず。引っ越すにしたってそう遠くには行ってないだろう。


「ぼたんも死んだら誰かのご飯になるの?」


「人はそうはならないかな。」


「じゃあなんにも残らないの? 誰のためにもならない? 消えてなくなっちゃうの?」


 蟻の行列を見つけたのでアキアカネを添え、手を合わせた。


「そんなことないよ。」


 振り返ると牡丹も手を合わせている。


「もしいなくなっても、すぐには信じられないもんだよ。そんな簡単には忘れられない。まだいるんじゃないかって、そう勘違いしてしまうくらい、心のなかでは丈夫に生き続けるもんだよ。」


 ヤベェこれだいぶエモいな。





【次回予告】

 ようやく晩飯にありつける。

 ただし、生者に限っての話だが。

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