16.大親友と昼休みを過ごす 2/3
【前回までのあらすじ】
親友に状態異常(生霊)を相談し、生身に戻れるように念じてみる。
息の続く限り念じてみたが、しかし何も起こらなかった。
「ったはぁっ! ふー……。駄目だ、無理だよ。だいたい病院の場所も知らないし。」
「骸廓坑病院。」
最寄りの総合病院だ。この国で最大の医科学研究所でもある。
ひとたび骸廓坑へ行けば必ず健康な体で出てくる、といわれている。不健康だと退院させてくれないし、死んだら検体にされて出てこられないからだ。
「一緒に行ってみようか?」
「ほんと? 助かる。」
「放課後、校門で待ち合わせでいい? というか、午後の授業も出たら?」
束本くんはさもありなん、というふうに言うが、おれは想像して笑う。
生霊が授業を受けるなんて。
「あー、……でも約束は難しいかも。あんまり自分の意志で動けないんだよね。どうやってここまで移動してきたのかわかんないし。霧のなかでもそうだったし、教室から1階までは歩いて行けたけど、委員長からお守り渡されたあと、いきなりここに居たからさ。」
「昼休みが終わったら、またどこかに行くの?」
「どうだろう?」
「君の出現に関しては、念じるよりも、習慣のほうが強く作用するのかな?」
おれは小首をかしげる。
「昼飯いっつもここに来てたから、だからここに現れた、とかそういうこと?」
「うん。」
「じゃあもしかして、午後の授業も出ちゃうのかな? でもなんかもう行けないよねだって、…ねぇ? 生霊ってバレちゃってるんでしょ? てか、みんなさっきよく気づかなかったね。ウケる。てかここで普通に話してる束本くんが一番ウケるんだけど。」
たはは、と笑うおれの隣で、束本くんは一切笑わない。
「じゃあ家は?」
そりゃ一時期はよく行ってたけど。
「家の、僕の部屋の、壁の前は? すごくよく想像できるでしょ?」
すごくよく想像できる。
束本くんの家の、束本くんの部屋の、白い壁。
おれのすべてを受け入れてくれた、あの壁。
「いや駄目だ。もう行かないって決めたんだ。」
もうやめたんだ。
青春の1ページを破り取り欲望の火にくべて、スルメを炙るなんて空しいことは。
「しょうがないさ。君の人生がかかってるんだ。」
「でも多分、…壁見たらおれ、…誤作動で猛っちゃうよ。」
「しょうがないさ。君が置いて行ったオカズを用意して待ってるよ。」
「束本くんったらッ……。」
おれはその気になりかけるが、ふと冷静になる。
「いや、……でも、抜いたら……もしかして2つの意味で“いく”とか……ないよね?」
束本くんも顔を曇らせる。
「こわ。」
一気に萎えた。
束本くんがまたぼーっとした顔ですこし黙ったあと、口を開く。
「君の話から推測すると、君が能動的に動けているのは、狐の嫁入りの日に出会った女子を探しているときだけなんじゃないだろうか?」
「…そうかもしれない。」
おれは思い出しながらゆっくり応える。
そして、脳の中で途切れていた電線がいきなりにつながった感があった。
「てか、いま急にその時のこと思い出したんだけど、」
おれは唾を呑む。
「……もしかしたら、あの子おれのこと好きかもしんない。」
「また?」
表情筋が貧弱な束本くんが珍しく露骨に、呆れ顔をする。
「何度も言ってるけど気をつけて、勘違いだから。」
委員長のことも新米女教師のことも束本くんのお姉さんのことも、あと何人かのことも、束本くんには随時報告している。
で、報告するたびツッコまれる。
自覚はしているんだ。
『○○ちゃん、おれのこと好きかも……』が、おれは多すぎた。
自分でもあり得ないなってわかってるけど、可能性はゼロじゃないってのも真実で、だから、ハーレムってのも、可能性はゼロじゃないわけだよね……。
「待ってちょっと聞いて。いつものやつとは違うんだよ。だって、あの子、おれのこと待ち伏せしてたんだ。そうでしょ?」
「違う。」
束本くんが珍しく思考の時間なしに即答する。ので、おれも即座に言う。
「違う。だってほら、最近おれ1番最初に下校してたじゃんダッシュで。チャイム鳴った瞬間走って帰るから、おれより先にバス停に居るのは変なんだよね。早退にしても下校時間のちょっと前って微妙じゃない? しかも狐の嫁入りだったでしょ? あのとき雨が降るのはわかってたわけで、つまり、…おれが、あのバス停で雨宿りする可能性は高かったよね? てことは、雨が作る密室のなかで高校生男女が2人きり、……。もうわかるでしょ?」
束本くんは「?」というような顔をした。
【次回予告】
引き続き、親友と会話する。




