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12.攻略対象の好感度を上げようとする

【前回までのあらすじ】

 妙な夢を見ても、ひとたび起きてしまえば、内容はすっかり忘れてしまうものだ。




 体がビクンと派手に跳ね、椅子がガタッと鳴って、おれは目覚めた。


 周りからクスクスと笑われる。


三善(みよし)くん!」


 鋭い声に顔をはねあげる。

 政治経済の先生だ。

 24歳独身グラマラスボディ、叱ってほしいランキング1位(2年男子対象/2の5タナカ調べ)の女教師だ……。


「ごめんなしゃぃ……」


 寝起きのせいで音声に乱れが生じてしまう。


 一瞬ここがどこだか、自分が何をしているのかわからなかったが、あたりを見てだんだんと理解していく。


 先生は振り返って、明朝体で埋め尽くされた電子黒板にアンダーラインを引いた。


『投卵……人民投票の一つで、解職請求(リコール)の際に行われるもの。すべての公務員に適用が可能。

 高財一兆(こうざいかずき)が国王であった独裁政権時、演説にて「愚民ども! 不幸か? 悔しいか? それなら卵のひとつも投げてみろ!」と言った直後に生卵まみれになり、のちに辞職へ至ったことに端を発する。

 現在、卵の投擲は違法行為である。』


 視線を下げると、机の上のタブレット端末に書き込めるタイプの教科書が表示されていて、高財一兆――創始者の小さな人物写真から立派な巻きひげが飛び出していた。おれの落書きだ。


 ……ここは学校だ。


 …教室だ。


 授業だ。


 2年12組の教室の、まんなかくらいの、おれの席だ!


 おれは居眠りをしていたんだ!

 

 ……夢だ。


 夢オチだ!


 いままでのことすべて悪い夢だったんだ!


「三善くん、大丈夫?」


 隣に座っている女子――このクラスの委員長から小声で訊かれる。

 萱沢華子(かんざわはなこ)ちゃん。優しくて気が小さい、ふんわりした眼鏡っ子だ。


「いやぁいまめっちゃ怖い夢見ててさー、まじ死んじゃってて、ひやー怖かったぁ。やばい心臓バクバクいってる。見て、服揺れてるやん。はは。いやまじ今日から本気で生きる。いまこの瞬間から本気出します。1分1秒無駄にしない有意義に、一生懸命悔いのないように生きる。…よ? …………ね、委員長。」


 出出(でだ)しは小声だったけど、悪夢から醒めた安心感のせいで声はだんだんクレッシェンドになって、でも委員長が焦りだしたからおれは話しながら徐々に冷静さを取り戻していき、声もデクレッシェンドなっていった。


 周囲から、くすくすと笑い声があがっている。


 でも委員長だけは笑わずに、困り顔でおれを怒る。


「んん……もうッ、三善くんッ!」


 おれは鈍感じゃないからわかるんだ。


 委員長はおれを好きなんだ。


 おれを好きだから、笑われてるおれを心配して、自分が笑われているかのように恥じらって、困ってくれてる。

 

 委員長はついついちょっかいをかけたくなるような、困り顔が可愛いらしい女子だけど、でもいまは彼女を安心させるためにニコと笑いかけておく。


 笑われるのなんて、どってことないぜ。


 ここは理系の特進クラスで、ヒエラルキーは容姿じゃなくて成績で決まる。

 そんでもっておれの成績はドベ。

 笑いの沸点が下がるからお笑い担当にとっては願ったり叶ったりだ。


 でも委員長は肩を竦ませたままで、おずおずと黒板のほうへ視線を向ける。


 おれも黒板を見ると、怒った先生と目が合った。


「廊下に立ってなさい!」


 クラス中の笑い声がやや大きくなる。


「先生そんな。授業受けたいです。ごめんなさい。」


 おれはあくまで真面目だった。

 ほかの男子と違って、おれは叱られたいわけじゃない。先生を傷つけたくはないんだ。


 先生の厳しい視線を、おれは潤ませた上目遣いで受け止めて、やがて先生が溜息をつく。


「ちゃんとするのよ。」


 渋々許してくれた。


 きっとおれの申し出なんて、すっぱり断ったほうがよかったに違いない。

 でも先生はまだまだ経験不足で、おれのあざとさに折れてしまう。

 先生は指導者ぶって強がってるけど、気を抜くとすぐチョロくなってしまうのはナメられる原因だから、はやく治さないといけないな。


 そんなだから5分後には、おれは寝てしまうんだ。


「三善くん!」


 は、と目を開く。


「寝てません。目を閉じていただけで。」


 すでにクラスは笑い声で満ちている。

 委員長は困っている。


 おれはそれ以上なにも言えずいたいけな子犬の目つきで先生をじっと見つめた。


 先生はもう怒っていなかった。

 諦めとか、心配とか、そういう顔をしていた。


 おれは普段は真面目に授業を受けているし、質問もたくさんする生徒だから、たぶん許してくれたんだと思う。

 おれは好かれているんだ。

 ……いや、きっと先生はおれを特別に好きなんだ。

 禁断だ!


「疲れてるの? 保健室でちょっと休んできたら?」


 誘っているんだろうけど、おれは真面目だから迷って「うーん」と唸る。


 先生は別の生徒のほうに視線を向けて言う。


束本(つかもと)くん、あとでノート見せてあげて。」


 束本くんは勉強熱心が過ぎてすでに高校3年間の予習を終え、受験勉強に勤しんでいるはずだからノートなんて取っているはずない。


 だからフォローしておく。


「委員長のがいいな、字がうまいからさ。」


 委員長の困り顔の要素が、羞恥心から照れに変わる。

 カワイイ。

 この調子でポイントを加算していけば来年のバレンタインデーイベントは発生すること間違いなしだ。


「ノートも先生よりわかりやすいし。」


 ついに噴飯する生徒が出てきて、おれはヘタをこいたことに気づいた。

 おれは頭の回転より舌の回転のほうが速い。

 いつも一言多いんだ。


 しかし後悔先に立たず。先生は真っ赤になって怒った。


「なら先生の授業なんて受けなくて結構です。保健室に行ってなさい!」


 やべぇ。


「すみませんでした。」


 もうどうしたってとりなせないだろうが、とりあえず謝っておく。

 で、しゅんとして教室を出た。




【次回予告】

 真面目ぶっているが、素直に保健室に行くような性格でもない。

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