11.悪夢 ――哲学を乗せた電車が走る――
【前回までのあらすじ】
自分が生霊になった原因を探しはじめた主人公、最初に出会った女子高校生にカチコチに固められて、気を失った。
通学路にある跨線橋から、線路を見下ろしていた。
子供が6人、こちらに背を向けて、線路の上を歩いている。
おれの妹たち、弟たちだ。
「なにやってんだ危ないだろ!」
とっさに大声を出すが、彼らに聞こえた素振りはない。
「おい線路から離れろ!」
しかし彼らに声は届かない。
背後から、電車の警笛が聞こえた。
振り返って逆側の欄干へ走って、見下ろすと、まさに彼らの歩いているのと同じ線路の上を走って、電車が猛烈な速度で近づいてきている。
このままでは轢かれてしまう……!
走って戻ってきて、下の彼らに叫ぶ。
「早くそこから退け!!」
オイとかコラとか、喉から血が出るほど叫ぶが、声が届かない。
「聞こえないのかよ……!」
警笛が鳴る。
振り返ると、いつのまにか、逆側の欄干に、大男が立っている。
手すりに肘をつけて、迫りくる電車を覗き込むように見下げている。
ちょうど、線路の真上だ。
警笛が鳴っている。
この大男の体なら、電車を停められるかもしれない。
落ちて、電車にぶつかれば。
警笛が、鳴りつづけている。
妹も、弟も、気付かずに線路の上を歩きつづけている。
電車はもうすぐそこまで来ている。
すぐにでも動きださなければ、……みんな死んでしまう!
迷わなかった。
1人か、6人か。
いや、数の問題ではない。
危険に瀕しているのが家族なら、たとえ自己責任だと罵られても、おれが罪人になるのだとしても、――もし救えるなら比べるべくもない。
おれは走った。
男に体当たりして、落とした。
次の瞬間、おれの体はクルクルと回っていた。
あたかも水泳の飛び込みの選手の、優雅な演技のように。
落ちていた。
それからの視界はハイレゾリューションの鮮明さ。
意識の情報量に脳が処理落ちして、一瞬のはずの風景がラグい。
だから落下中、周りがよく見えた。
線路・電車の屋根のサビ・顔のない運転手さんのポカンとした表情だけ――。
灰色の空を背景に、橋を見上げた。
誰かがこちらを見下げている。
それは幼い少年で、――おれの顔をしていた。
橋の上のおれは笑っていた。
落としたのはおれで、落ちているのもおれだった。
地面が目前に迫って――
【次回予告】
ようやく明かされる主人公の名字。
【注釈】
『トロッコ問題』から着想を得ました。




