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1.夕飯を作る




 夕飯は親子丼だ。

 

 出汁の沸いた鍋に鶏肉と玉ねぎを落とし、煮えるのを待ちながら卵を溶いていると、中3の妹――美典(みのり)が帰ってきた。


 一番に台所に入ってきて冷蔵庫を開けるとサラダチキンをかじる。

 その動き、スマート。


「手を洗いなさいって。」


「衣食住足りて礼節を知る、ってね。」


 背が高く肌は健康的に焼けて、スポーツマンシップに則った外見の妹は、案外に博識で、案の定な胃袋を持っている。


「手を洗うのは礼節っていわない。バイキンにバイバイするためだ。」


「なーにやつら今頃、胃酸の海でのたうち回っているさ。ハハッ。」


 インテリの悪役みたいな捨て台詞を吐くと洗面所へ逃げていった。


 はぐらかしやがってと思いながら、小さなテーブルにどんぶりを並べ、小脇に抱えた炊飯ジャーからホカホカご飯をよそっていると、中2の弟――真吉(まさよし)が帰って来る。

 

 一番に台所に入ってくると冷蔵庫を開けて牛乳パックを取り出し、粉プロテインとあわせて専用のシェイカーに入れて振りはじめた。


「手洗いうがい!」


 弟はおれを無視し、ふたを開けると体を反らして飲みだした。

 ゴクリゴクリと喉を鳴らしながら一息に飲み干すと、ぷはーと言いって口元を拭う。


 その動き、豪快。CMが決まるかもしれない。


「あぶなかった。腹が減って死ぬところだった。」


「風邪になったらどうするんだよ。」


「風邪にならなかったら死んでもいいのかよ。」


 背が高く肌は焼け、近づいたらちょっとあったかいくらい筋肉質な真吉だが、案外頭が回り、しかし案の定プロテイン信者だ。


「そんな簡単に餓死しねーよ。」


「兄貴にはわからねーよ。この筋肉の疼きはよぉ…!」


 苛立ちにすこしの悲しみを滲ませて言いながら、台所から逃げていった。


 ガタイがよくて外見が大人みたいでも精神的にはただの中2…と思いながら鍋を覗く。

 鶏肉も煮えたし玉ねぎも透けた。

 菜箸を伝わせて溶き卵を回し入れる。


 このタイミングで廊下に向かって叫んでおく。


「ご飯だよ!」


 あらかじめ切っておいた三つ葉を散らして、卵が煮え切る前に火を止める。

 お玉で掬ってご飯にかけていく。


 台所と連なっている居間に目をやって、集まり具合を確認した。


 いつもどおりの風景だ。


 美典は洗濯物をたたんでいて、真吉は組み立て式のちゃぶ台を3つ並べている。どちらも制服から部屋着に着替えていた。


 小5の弟たち――(ゆう)(しょう)が2階から駆け降りてきて、台所を通って居間に入って側転等々の無駄な動きを挿んでからテレビをつける。

 2人は一卵性双生児で見た目はだいたい同じ。どうして見分けられるのか自分でもわからない。


 小3の妹――六花(ろっか)がやって来ておれを見上げる。


「ごはん運んだらいい?」


 やかましい双子に反して、いい子だ。


「冷蔵庫に酢の物が入っているから出してくれる?」


 キュウリとワカメとタコのキンキンに冷えたやつ。


 双子が親子丼をテーマに即興で歌うのを聞きながら居間のちゃぶ台に配膳していく。


「ぼたん!」


 廊下に向かって叫ぶ。

 牡丹は小1の妹で、末っ子だ。


 いつも呼ぶ前から待っているのに、居ないのは珍しい。


「ぼたーん!」


 やって来ないし返事もない。


「寝てんじゃない?」


 真吉が軽く言う。


「いやベッドにはいなかったよ。」


 美典が言う。

 妹3人は同じ部屋だ。着替えに行ったときに見たのだろう。

 

 片や、いつも隙あらばふざける双子が黙ったまま、互いに目配せしている。


「おいなにやらかしだんだよ。」


「「なんもしてねーよ。」」


 シンクロ率が高まっている。

 焦っている証拠だ。


「……兄ちゃんあのね」


「「言うな!」」


 六花の小声を双子の異口同音が阻む。

 困ったまま喋れずにいるので肘を触ってこっちを向かせ、優しく訊いた。


「怒んないから言ってみ。」


 六花は双子を気にしていたが、すぐに罪悪感が勝って早口に話しはじめる。


「ぼたんが遊ぼうって言ってきたんだけど、六花お友達と約束しててメッセージを送らなくちゃいけなくって、結兄ちゃんと晶兄ちゃんにお願いしたんだけどゲームが途中だったからちょっと待ってって言われて、でもぼたんは待てないって言ったから、かくれんぼすることにしたの。ぼたんが鬼で。それで、仏間の押入れで、数を数えてる途中で、閉めたの。」


 ……どういうこと?


「あとは知らない。」


 話の途中から目の端で双子がそろっと立ち、部屋を出ていったからおれもそろっとついて行く。


 後ろから六花も美典も真吉も続いて、家族総出で仏間に行く。


 仏間は廊下を挿んだ隣だ。

 まず双子が入って、ほかの4人は板戸の陰から覗いた。


 押入れは閉じている。

 その上、普段なら玄関にあるはずの真吉の古い野球バットが溝に置かれて、ストッパーになっていた。


 なるほど鬼を閉じ込めたらしい。

 かくれんぼで考えたら戦略的だが、相手が幼い妹となると話が違う。

 ゾッとする。

 叱るべきだが今は後回しだ。

 とりいそぎは牡丹を出してやらないと。


 双子はすぐさまバットを取ると押入れを開いた。


 ――いない。




【次回予告】

 果たして末っ子は見つかるのか……。

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