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枯れたバラ

作者: 血塗五六


昔あるところにバラを愛する物書きがいた。物書きはまだ若かったが国中の誰もが彼の書く物語を愛し、彼を褒め称えた。当時物書きという職の地位は決してよくはなかったが彼は十二分以上の暮らしを送っていた。それも自分の好きな物を書くという行為によって。

物書きは原稿を書く机の隅にバラを置き、時にまるで人に接するかのように話しかけた。「今日はいい天気だね」だとか「こんな日は原稿がはかどりそうだ」とかそれこそ他愛もない言葉を投げかけたし「今日はいつになく綺麗だ」「君はどんな宝石よりも美しい」などと最愛の人を口説くように語りかけることもあった。

新しく書き上げた物語がちょうど町のどこそこで話題に上がり始めた頃、いつものように物書きはバラに語りかけた。


「僕の人生はまるで君の花弁の様に鮮やかだ」


その言葉にうなずくように窓から吹き込む風にバラは揺れた。物書きの言うとおりバラの赤は物書きの成功を表すかのように鮮烈で、情熱的で、力が溢れていた。その日物書きは一日中バラを見つめていた。


だがバラとて生き物だ。生き物には寿命がある。それも人よりずっと短い。いくら物書きがバラを愛し大切に育てたとて時の流れに逆らうようなことはあるはずもなかった。バラは薄汚れた紙のようにすっかり干からびてしまった。それとほぼ時を同じくして物書きも話を書けなくなってしまった。まるでバラの花弁のように、彼の中にあった物書きの才能もふっと枯れてしまったのだ。話の書けない物書きは徐々に誰からも相手にされなくなり、金も尽き、身の回りの品を売って暮らす生活を送ることになった。そうして終いにはその身と枯れたバラを残すのみとなった。

物書きは独り言のようにバラに語りかける。


「ああ、あれからひどく時間がたってしまったような気がするよ。あれからというのは君がまだ色鮮やかに咲き誇っていた時の話だ。あのときの僕も確かに色づいていた。それが今じゃ君と同じ、皺が増えて髪の色も抜け落ちた。年のせいかな、それとも気苦労のせいかな」


バラはかさりとも動かない。そんなバラを物書きはじっと見つめた。しばらくそうしていたかと思うとそっと両手を花弁に添えた。そして次にはくしゃりとバラを握りつぶした。


「なにが君と同じなものか。君は枯れてなお美しい。妬ましいほどに美しい。なぜ君は美しくあれる。そこに命はないだろうに、命の美しさはないだろうに」


そのままバラを粉々に引き裂いた。


「なぜ君は散ってなお美しい。そこに君の形はないだろうに。もはや君とは言えないだろうに。なぜそんなにも儚げで、僕の胸を締め付けるのか」


バラだったそれはたくさんの破片になって地面に散らばり物書きを見つめた。


「僕は、何物にもなれなくなった。人はもとより君さえも、僕にはついぞ話しかけてはくれなかった。やめてくれ。こんな僕を見ないでおくれ」


物書きは地面に散らばる破片を集め、まとめて口に押し込んだ。


「これで見られず済むかと思えばなぜ君はこんなにも甘いんだ」


物書きは涙を流して租借した。


それから物書きはたくさんのバラを育てた。その美しさに国中の人は感嘆した。だが物書きにはそんなことはどうでもよかった。


時が流れてバラはすべて枯れ果てた。物書きは一日一本、バラを食べた。

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