1.悪役令嬢に生まれ変わっちゃった
5歳の誕生日、それは突然やってきた。
転んで頭を打った私の中に浮かんでは消える誰かの記憶。
今の私の住む国、世界とは違う場所の記憶。
日本という国で生まれ、育ち、大学卒業間近で死んでしまった女の人の記憶。
それが「前世」というものだと、私は理解した。
5歳までの記憶はそのままに、流れ込んでくる情報量の多さに、私は熱を出し三日間寝込んだ。
「お嬢様、おかげんはいかがですか」
この声は専属メイドのエマだ。
「お熱は下がっておりますが、起き上がって大丈夫ですか」
「・・・・・・起きる」
まだぼんやりとした頭で体を起こした私は、はっと我に返ってベッドからとびおりた。
「お嬢様!」
支えようとしてくれたエマの手をふりきって、姿鏡の前に走る。
「うそでしょ?」
鏡に映る少女の姿、ストロベリーブロンドと言われる赤みの強い金髪がつややかに長く伸び、整った顔立ちにくっきりとした眉。将来つりあがったきつい印象になる顔の象徴となるであろう、少し上がり気味な目。
「フィアナ・フィン・ローゼス公爵令嬢」
「お嬢様?」
鏡に映る自分の姿に呆然とする私をエマが怪訝そうに見る。
そんなことにかまってはいられない。
この名前、この姿。間違いない。
前世で何度もプレイした乙女ゲーム「恋する君は薔薇より美しい ~イケメン魔法学園で恋と魔法と冒険を~」略して「恋バラ」の破滅する悪役令嬢フィアナ・フィン・ローゼスに、私は生まれ変わってしまったのだった。
心配するエマにベッドに押し込まれた私はエマが部屋を出てひとりになると枕を抱えて叫んだ。
「うそだと言って―――!」
なんで?
なんでなんでなんで?
よりによって悪役令嬢なの?
なんでヒロインのマリーをいじめる役に私が生まれ変わらなければならないの?
恋バラは私がはじめてやった乙女ゲームでヒロイン、マリー・パルゼは私の推しだった。
他の乙女ゲームを知らないが、たぶん王道な乙女ゲームだったと思う。
中世か近代のヨーロッパ風の服装や風景に、魔法が使えるファンタジーの世界。
ヒロインである平民のマリーが、攻略対象たちがいる貴族の通う学園に転入してくるところから物語はじまる。
前世の私は中学のときいじめにあっていた。
人と接することが怖くなった私は暗い高校時代を過ごし、地元を離れた大学でなんとか少しづつ人付き合いができるようになった。
マリーはそんな私のあこがれだった。明るく元気でいじめに負けず、時にやさしく時に凛としていじめに立ち向かい、攻略対象たちから愛を得るのだ。
私は恋バラにハマりにハマり、マリーと攻略対象の様々な表情が見たくて、メイン攻略対象の5人はもちろん、それ以外の登場人物とのフラグも回収しまくった。
集めたマリーの写真、スチルと言うのだっけ?は100枚近く。
マリー推しの中でもかなり多い方ではないだろうか。
「でもマリー推しってあまり聞かなかったんだよね」
なぜかマリーの人気は低かった。
乙女ゲームだから攻略対象の人気が高いのはわかるのだけれど。
マリーのアンチを見るも、スチルやストーリーのネタバレも嫌でSNSでも情報を遮断するようになったから、実際のところはわからない。
「はあぁぁ......それにしてもどうしてフィオナなの」
何度目かのため息をついて、私は恋バナのストーリーを思い出す。
フィオナは第二王子の婚約者としてマリーの前に立ちはだかり、断罪される運命だ。
メイン攻略対象の誰を選んでも、フィオナはマリーへのいじめに加担し、破滅する。
「まあ、破滅といっても殺されたり、投獄されたりはしないんだけどね」
恋バラは全年齢ゲームだったためか、破滅度は低い。
プライドが高いフィオナにとっては屈辱的な終わりになるが、断罪後の運命は学園退学と公爵領の中でも小さな領地への謹慎という名の追放だけ。
「うん?追放?いいかも」
前世の記憶を思い出したこともあるが、人付き合いを積極的にやりたくない。
公爵令嬢って人付き合い多いだろうし、王族に嫁ぐなんて不自由なことこの上ない。
「マリーに幸せになってもらい、私は王都を遠く離れて領地にひきこもり、のんびり生きる」
うん。これはwinwinでは?
近くで推しの幸せも堪能できる特典付き。
「よし!シナリオの通り、破滅方向にがんばろう」
遠い領地でのひきこもりスローライフを目指し、私は悪役令嬢になる決心をした。
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