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ライトニング  作者: TAKEX
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第6章 試練の紅白戦 前編

「おいおい!!どうしたよ!?全然ダメじゃねーか」

ゴール前でうつ伏せに倒れこんでいる颯太の背中に向かって、野沢勇人が後ろ指を差すように笑っている。


颯太の顔には大量に汗が滴り、それが接着剤のようになって地面の砂を丁寧にベッタリと拾い上げていた。


「くそっ!!」

悔しそうに叫んで、颯太が直ぐに立ち上がった。

着ていたオレンジ色のビブスは色の判別も出来ない程すっかり砂まみれで、全身からは汚れていない箇所を探し出す方が難しかった。


「ここで奪ったらチャンスだぜ?」

勇人は颯太の目の前で、煽るようにボールを足裏でチョロチョロとこねくり回す。


「ほらほら、取ってみろって!!」

「ぬりゃッ!!!!」

我慢できずに颯太がつい足を出すが、ボールは颯太の足をするりと躱して、再び勇人の足元でネズミのようにすばしっこく転がり出す。


躱された颯太はバランスを崩し、そこに勇人からの激しいプレッシャーが掛けられ、またもグラウンドに這いつくばる格好になった。


「やっぱだめだったな!!残念!!」

「うぅ・・・くそ!!」

無様に倒れた颯太を勇人がもう一度嘲笑った。


鋼の筋肉。


身長158cm、2年生にしては小柄な勇人だったが、身に纏ったその肉の鎧が生み出すパワープレイ、それこそが彼にとっての最大の武器だった。


手足は当然の如く丸太のように太く、首から肩に係る僧帽筋はこんもりとした円みを帯び、最早中学生のそれと呼べるようなものではなかった。


幼さを残した愛くるしいベビーフェイスとは正反対に、格闘家さながらに鍛え上げられたその肉体は、この年齢にしてすでに完成しているのではないかと思える程だった。



フィジカルコンタクトなら俺は誰にも敗けない・・・


足元だって・・・


俺が姫野に劣ってるとは少しも思わねえ・・・


俺の居場所はここじゃねえ・・・



勇人はボールをキープしたまま、ハーフライン付近にいる姫野を見つめて下唇をぎゅっと噛んだ。



俺の居場所は・・・



・・・あそこだ!!!!




「勇人!!そこで持ってないで早く誰かに出せって!!」

「はいはい・・・うるせーなキャプテンは」

颯太相手にゴール前で余裕を見せつける勇人に、新キャプテン港から激しい檄が飛ぶ。


「こんな素人に取られねえっつーのによ!!」

勇人はふて腐れながら前線に大きくボールを蹴り上げると立ち上がった颯太に向けて言い放った。


「・・・俺にも勝てねえ奴が島崎なんか倒せるかよ」


「!!・・・・・・くそっ!!」

勇人相手にまったく手も足も出ない颯太は、捨て台詞を残して走り去っていく彼の背中を目で追いながら直ぐ様自陣まで戻っていった。




「何よアイツ、全然駄目じゃん・・・」

生ぬるい風に優しく流れる髪を押さえながら、陸上部の練習着姿の夏海がポツリと呟いた。


憂うようなその眼差しがどこか寂しげで、何故だか取り残されてしまったような孤独感があった。


彼女の目には、ボールを追いかけて遠ざかっていく颯太の背中が、いつもより少しだけ小さく見えていた。



「オーイ!!タイム測るよー!!」

遠くから夏海を呼ぶ仲間達の声が聞こえてきた。


「今行くー!!!!」

大きく手を振ってそう返すと、夏海は後ろ髪を引かれるような想いでその場を離れていった。



ダメな時の顔になってたな・・・



アイツがあの顔の時は何をやってもダメなんだから・・・



何があったかは知らないけれど・・・



早く切り替えなさいよ、カッコ悪い・・・





「小川君!!教えたでしょ!!アナタはもっと良い場所でボールを受けなさい!!周りをよく見て!!」

「ハァ・・・ハァ・・・ウッス」

息を切らして目の前を走っていく颯太に、百合が厳しい表情で声を掛ける。



全然ダメね

相当速いって聞いてたけど・・・


サッカーに活かせるような類いの速さじゃない


やっぱり陸上の方が向いてるんじゃないかしら?



「姫野、ナイス!!やっぱお前FWで正解だよ・・・もう何点取ったか分かんねえぜ」

「あのコーチの言った通りじゃねえか、癪だけど・・・」

「相手が相手だからな・・・1年相手じゃ参考にもなんねえよ」

たった今ゴールを決めた姫野に仲間達が駆け寄ってきて次々と声を掛ける。

姫野の反応に仲間達は彼が謙遜しているようにも思えたが、実際のところまったくの本心からであり、彼の言葉には何の裏も無かった。



「・・・オイ、お前そんなもんか?

もう少しくらいは出来ると思ってたが・・・」

「ハァ・・・ハァ・・・」

「オイ・・・・・・シカトかよ・・・フン、まぁ良い」

すれ違いざま姫野が颯太に声を掛けるが、心ここにあらず、まるで上の空だった。




「稲葉・・・悪いけど小川君全然駄目だよ・・・これじゃあゲームになんないよ」

「そうだよ、まだ小川君を無視してやった方が良いんじゃないのか?こぼれ球だけ狙ってもらうとか・・・」

ビブス組の1年生達がチームの中枢を担う紘に次々と不満を漏らし始めた。


「田代コーチが颯太を使えって言うんだから仕方ないじゃん」

「でもさっきから野沢先輩にやられっぱなしで・・・小川君も大分へばってるよ」

紘自身そうは言ってはみたものの、仲間達の言う事ももっともだとも思っていた。



ゲームにならない。



颯太まで面白い位にパスは通るが、その後がまるで駄目だった。


素人の颯太にボールを回す事で、それまで順調に組み上げてきた全ての歯車が狂ってしまう。



攻撃には必ず颯太を絡めろ



百合のその指示がなければ紘も颯太はいないものとしてプレーしていただろう。

これまでの内容から、まだその方がゲームになる事は誰の目にも明らかだった。


「早く始めなさい!!休んでる暇なんて無いわよ!!アナタ達負けてるのよ!!」

ピッチの上でプレーもせずいつまでも話し込んでいる1年生達に、業を煮やした百合がヒステリック気味に言った。


「うおっ!!おっかねえ・・・しゃあない、やるか」


チーム内での意見もまとまらないまま試合が再開すると、トップの位置にいた颯太がまずは駆け上がった。


そのスピードには目を見張るものなど何処にもなく、サッカーの動きを知らない素人がただゴール目掛けて走っているだけだった。


とりあえず一旦ボールを後ろに下げると、颯太の居場所目掛けて後方から一年生達が縦方向にテンポ良くパスを繋いでいく。

敵陣地中盤でフリーになった紘にボールが渡った瞬間、ダイレクトで颯太へのスルーパスが繰り出された。


が、肝心の受け手の颯太にはスルーパスに反応する技術が伴っていなかった。


颯太の目の前を転々と転がっていくボールに仲間達からも思わず溜め息が漏れる。


颯太はパスコースを予測出来ず、試合開始から何本も決定機を逃していたのだった。


「オイオイ・・・裏取れって言われてただろ?俺を躱して前に出ようとしてみろよ、お前にピッタリくっついてても何の練習にもなんねーぞ」

「ハァ・・・ハァ・・・ハイ、すみませんッス」

「やっぱ足が速いだけの素人に出来るわけねーんだよ、まだキーパーやってた方が良いんじゃねぇのか?」

マークに付いていた勇人が呆れたように颯太に言った。


容赦無い夏の午後の暑さの中、無意味な運動量だけが刻々と増えていく。


颯太はチームの為に何かを為すでも無く、ただ疲労だけを蓄積し、最早考える事すらままならない脱け殻のようになっていた。


自分のせいだ・・・誰にも何の実りも無い、重なる失敗にそう思い始めた颯太にとって、この時間は地獄のような時間だった。




~約30分前~




静和中サッカー部の部室はグラウンドの隅も隅。

行き場もなく追いやられたような場所だった。

場所もさることながら見た目も随分と古臭い。


一見すると用具置き場とも区別の付かない粗末な作りの建物で、部員達が望む最低限の快適さすらそこには欠片も無いようだった。


「俺の昔履いてたヤツなら履けるだろ・・・ほらよ」

「あ、すみませんッス・・・」

姫野がそう言って部室の奥に眠っていたスパイクを颯太に向かって放り投げた。

咄嗟に受け取ったそれは随分と埃まみれだったが、それでも何故だか美しく輝いて見えた。


「小川、履きながら聞け・・・」

「!?」

姫野が颯太に向けて静かに言った。


「昨日の話だが・・・お前が言ってたあの話はキレイさっぱり忘れてやる・・・」

「!!・・・・・・」

姫野のセリフに、颯太の靴紐を結ぶその手がピタリと止まった。

颯太はあの時の自分の愚かさを思い出し、やりきれない気持ちを押し殺すように奥歯をグッと噛み締めた。


「結局の所、お前が何を思ってウチに入ろうが俺には一切関係無い・・・別に入部自体は自由だしな」


「・・・ハイ」


「ただし・・・入った以上半端は許さねえ、もしお前が使えない奴だと分かったその時は直ぐに辞めてもらう・・・そうしたらもう二度とサッカー部には来なくて良い・・・島崎との話も諦めろ・・・分かったか!?」


「・・・・・・ウッス」


颯太には姫野から突き付けられたその条件を受け入れる以外に道は無かった。


実は今日、ここに来る事さえ戸惑っていた。


友人だけでなく、部員全員を侮辱するような発言をしてしまった。

いったいどの面を下げていれば良いのか分かる筈もない。


そのまま逃げる事は出来る。

だが、それは彼の性格が許さなかった。


何よりも重要なのは償う事。

それもせず、全てをうやむやにする事など颯太にはあり得ない選択肢だった。


償うとは言っても謝罪以外に具体的な方法があるわけではない。


謝罪なら、ミーティング後に部員達がウンザリするほど謝った。

それでも颯太に許されたという実感は無かった。


ならば、彼らの自分に対する態度や要求、それらを全て受け入れるしかない、その上で許される事が一番大切だ、

颯太はそう考えたのだった。


姫野に対する返事は、颯太なりの覚悟を持ってのものだった。



「それで良い・・・くれぐれも俺の邪魔はするなよ」

そんな颯太の胸中など知る筈もない、あっさりそう言い残して姫野が部室から出ようと扉を開いたその時だった。


「!!!!・・・チワッス!!」


「!!・・・チッ、おせーぞ・・・早く支度しろ」

「ハイ!!スイマセン!!」

扉の向こうには1年の中野大成(なかのたいせい)が一瞬驚いた顔を見せた後、何とも言えない気まずそうな顔をしてそこに立っていた。


「どけ」

動けないまま道を塞ぐようにしていた彼を手で押し退け、姫野は何の後腐れもなくグラウンドに出ていった。


「小川君・・・ゴメン、俺聞いちゃったんだけど・・・」

心配そうな表情で大成が颯太に近づいて言った。


スパイクの紐も結べないまま項垂れる颯太からは、明らかにどんよりとした負のオーラが出ていた。



『凄く良い奴』



誰もが大成の事を決まってそう言う。


168cmのやや細身、軽めの天然パーマが中性的な彼のその容姿にはよく似合っていた。


誠実な人柄もそうだが、時折見せる笑顔が柔らかで、優しく包み込むような母性を感じさせる少年だった。


輪をかけたようなお人好しでもある大成に、自分の目の前で重苦しい空気を放つ颯太を放っておける筈がなかった。


「ハハハ・・・中野君だったよね?まぁ自業自得だし仕方ないよ、よし!!今日も思いっきり頑張ろうぜ!!」

「え!?ほんとに大丈夫なの!?」

「え!?何が!?」

「いや・・・メンタルとか・・・」

「メンタル?俺なら全然平気だよ!!何も問題ない!!

全然大丈夫さ!!」

颯太は空元気丸出しで何とか笑顔を見せた。



うっ、目が死んでる・・・



明らかに不自然なその笑顔に、大成は自分の想像を遥かに超えた深い闇を感じたのだった。


「!?・・・そ、そう!?なら良いんだけど・・・ハハ」

「じゃ、俺先に行ってるね・・・ハァー・・・・・・」

「・・・・・・」

誰に向けるでもなく、最後に思いっきり深い溜め息を落として颯太は部室を後にした。

大成もそんな颯太を言葉もなく送り出すしかなかった。




「ハイ、みんなこんにちは!!!!」

海外の某有名サッカーチームのユニフォームを着た百合が、歌のお姉さんのように作り込まれた笑顔で部員達に挨拶をする。



『・・・・・・』



「あら、何かしら?みんなしてその変な顔は・・・今日から新体制で始まるっていうのに」

一同は特に挨拶を返す訳でもなく、神妙な面持ちで百合を迎え入れた。


ニコニコ顔の百合とは天と地程の温度差だった。


「・・・わかったって、聞くよ・・・あの、田代コーチ」

勇人に肘でつつかれ港が百合に声を掛けた。


「どうぞ新キャプテン、なぁに?」

「ホントに昨日決めたフォーメーションでこれからやっていくんですか?」

「えぇ、そうよ、どうして?」

港の質問に百合がまったくもって不思議そうに首を傾げる。


「いや・・・だって勇人がDFに転向だなんて・・・今までずっとFWだったのに・・・」

「でも野沢君には納得してもらえたんだけど・・・」

そう言って困り顔の百合が、同意を求めるかのように勇人に顔を向けた。


「イヤイヤ!!俺は納得なんかしてねぇって!!!!アンタが聞く耳持たないから仕方なくだ!!じゃなきゃ帰らせてくれなかったじゃねえか!!」

「え!?ヤダ!!そうなの!?ホントに・・・!?」

大きく手を振ってそれは違うと否定する勇人に百合はギョッと驚いてみせたが、それ以上に驚いていたのは勇人の方だった。



マジかよこの人・・・



俺は絶対納得しねえって・・・


昨日あれほど言ったのに・・・




「うーん・・・でもはっきり言って野沢君はDFが一番向いてるわよ!!うん、昨日も言ったけれど」

「!!!!」


みもふたもない・・・


百合のセリフに落胆する勇人の肩を港が優しくポンポンと叩いた。



「3年生がいなくなって・・・1年生が8人、2年生は10人か・・・よし、今日は1年生対2年生で紅白戦するわよ!!

8人制ならできるもんね、1年生の実力も見てみたいし」

整列した部員達を見回して百合が言った。


百合の言葉に部員達がザワツキ始める。

部員達の注目の的は颯太だった。



小川颯太をどうするのか?



1年生対2年生、8人制での紅白戦というのであれば当然颯太も頭数に含まれる。


未経験者の彼を百合はどう扱うのか、自ずと皆の視線がどんより顔の颯太に集まっていく。


そんな中、またしても港が誰ともなく肘でつつかれ、質問するよう促された。


「あの・・・小川はどうするんですか?あいつ未経験者ですけど」

「あぁ、坊主の彼ね・・・小川君には1年生チームのトップをやってもらうわ」

「小川がトップに入るんですか?サッカーしたことないんですよ?取り敢えずキーパーやらせとけば良いんじゃないですか?」

「アナタね・・・自分だってキーパーでしょ?取り敢えずキーパーって考え方はやめなさい、一番サッカーの知識が必要なポジションなのよ、それにちょっと見てみたいのよ・・・小川君、アナタ相当足が速いんでしょ?」

「・・・ウッス・・・・・・多分」

百合は港にやれやれといった表情を見せると、気を取り直すようにして颯太に問い掛けた。

一方の颯太は虚ろな目で、見るからに覇気もなく、弱々しくそう呟くだけだった。


「多分って・・・何か元気無いみたいだけど、お昼はちゃんと食べたのかしら?」

「・・・ウッス・・・ハァ・・・」

「・・・美味しかった?」

「・・・ウッス・・・ハァ・・・」

「・・・これってちゃんと会話できてるのかしら?」

「・・・ウッス・・・ハァ・・・」

「そう・・・分かったわ・・・ちょっとボールを持ってこっちに来なさい」

「ウッス・・・ハァ・・・」

百合は怪訝な顔で手応えの無い会話を終わらせると、今度は颯太をグラウンドの隅の方に連れていった。



「オイ稲葉、小川君と仲直りしたのかよ?」

明らかに様子のおかしい颯太を見て、1年生達が紘を取り囲んで問いただす。


「・・・・・・・あれから一言も喋ってない」

「ゲッ!!マジで!?・・・ゲームどころじゃないんじゃないの?お前トップ下入るんだろ?」

「うん・・・何かタイミング逃しちゃって・・・ハハ」

「だからずっとあんな感じなのかな・・・」


「・・・・・・あ、あのさぁ稲葉、さっき部室で・・・」

思い詰めたようなトーンで大成が紘に声を掛けた。


「ん?さっき何?・・・」

「あ・・・いや、何でもない、悪い」

「・・・?」

声を掛けてはみたものの、大成には紘に何をどう言えば良いのか分からなかった。

不思議な大成の行動に紘は首を傾げるだけたった。




「ボールを芯で捉えるのよ!!!!わからないの!?」

「ウッス!!だりゃ!!」

「どこ蹴ってるのよ!!ボールをよく見なさいよ!!」

「・・・ウッス!!」

「だから!!!!芯だって!!!!さっきからどこ蹴ってるの!!真ん中よ、真ん中、真ん中蹴りなさい!!!!」

「ハ、ハイ・・・ウッス!!」

百合は颯太にリフティングをやらせてみたが、それはとてもリフティングなどと呼べるような代物ではなかった。


颯太の蹴ったボールは、蹴った本人にさえ予想の付かない方向へと飛んでいく。


まったくもってリフティングの出来ない颯太に、百合の声が段々と大きく乱暴になっていく。



「全然出来てねーな、ま、そりゃそうか・・・」

「それにしても田代コーチって結構短気だよな・・・だってまだ1分もやってないぜ!?」

部員達はすっかりギャラリーと化し、百合と颯太のやり取りを少し離れた場所から眺めていた。


「あーもう、ちょっと貸してみなさい!!よく見てなさいよ!!」

早くも我慢の限界に達したのか、百合が颯太から強引にボールを取り上げた。



まったくもう・・・


無理しなきゃ大丈夫よね?


多分・・・



百合は足元のボールを右足で掬い上げるとまず腿で5,6回、それからインステップでもやはり5,6回、最後にボールを真上に高く蹴り上げると、落ちてくる瞬間に合わせて部員達の側に置いてあるボール入れ目掛け、ダイレクトでボレーシュートをしてみせた。


ドライブ回転の掛かったボールは浅めの弧を描いてそのままスッポリボール入れへと収まった。


「うおっ!!やっぱりスゲーんだなあの人・・・この距離だぜ?」

「姫野できる?」

「カゴに当てる位ならな・・・多分」


20m位の距離はあっただろうか。

流石の姫野も、たった今目の前で見せつけられた百合のテクニックには圧倒されたようだった。


「どう!?ちゃんと見てた!?・・・今のをやれとは言わないけれど、リフティングはサッカーの基本だから・・・これからは毎日キチンと練習すること、良いわね!?」

「・・・ウッス」



フフ、膝がジンジンするわ(涙)・・・



成功して良かったけど



いきなり無理するもんじゃないわね・・・



やっぱりまだ大人しくしとこう・・・






「良い?小川君、さっき教えた通りとにかくDFの裏を取ってみなさい、2年生は1年生を0点に押さえるように!!じゃあ始めましょう!!」






紅白戦が始まってかれこれ20分以上は経過していただろうか、試合は2年生チームのワンサイドゲーム、1年生チームを0点に押さえたまま、圧倒的な得点力を見せつける展開となっていた。





パスコースは悪くないけど裏が取れなきゃ・・・




そもそも稲葉と小川君の息が合ってない、絶望的に・・・




大成がボランチの位置から全く噛み合わない二人を眺めていると、ふと練習前の姫野の言葉が脳裏を過った。



このままじゃ小川君・・・




「姫野君、あなたは今から3タッチ以内ね、ゲームにならないから」

「・・・了解」


「・・・それから!!!!


1年生はもっとしっかりしなさい!!



これじゃ話にならない!!!!



小川君が潰されるのはもう分かってるでしょ!?

その後がお粗末すぎるのよ!!!!

小学生じゃないの!!みんなもっと頭を使いなさい!!」

とうとう百合が不甲斐ない1年生チームに声を荒げて感情を爆発させた。


その怒鳴り声に奮起するどころか、1年生チームの雰囲気は益々悪くなっていく。


颯太を除いたあちこちでは責任の擦り合いが始まり、2年生達がその様子に苦笑する程だった。


「だとよ、ハッキリ言うね、お前どーすんの?コーチからちっとも期待されてないみたいだぜ?言う程スピードだってないみてえだし」

「・・・ハァ・・・ハァ・・・ウッス」

「ハッ・・・ダメだな、こりゃ」

勇人の嫌味も颯太にはまったく響かない。

颯太の頭の中はすでに負の感情で一杯になっており、彼の嫌味が入り込む余地などどこにも無かった。




全然パスが飛んでくる場所が分からねえ・・・



腕も足も変だ・・・

まるで俺の体じゃないみたいに・・・



くそ・・・



俺何やってんだろ・・・






「小川君!!!!」

「!!!!」


一人で悶々としていると気付かぬ内にまたスルーパスが出ていた。

仲間の声に颯太は慌てて反応するが、勇人に行く手をガッチリと阻まれ、ボールは空しくタッチラインを割り、颯太は三度(みたび)地べたに這いつくばる格好となった。


「いってえ・・・」

勇人に倒された瞬間、固くてカラカラに乾いた地面が颯太の前面に余す事なく激しく叩きつけられた。


全身に受けた衝撃やらそこら中にできた擦り傷やらが酷く痛み、呼吸をすれば鼻や口にも砂が入ってくる。

まさに泣きっ面に蜂だった。


「ほらほら!!小川君、いつまでも寝そべってないの!!そんなに地面が好きなの!?ゴールは目の前じゃない!!まだ一回もボールに触れてないんだからもっと頑張りなさい!!」

痛みにもがいて中々立ち上がれない颯太に向かって百合が叫んだ。



野沢君相手じゃやっぱり何もさせて貰えないわね・・・


当然と言えば当然だけど・・・


体格からしてもう少し出来そうに思えたんだけどな・・・


ま、未経験者だしこんなもんか




「オイ、いつまでも寝てねーで早く立てよ」

勇人が颯太の手を取り、無理矢理その体を引っ張り起こす。


「小川・・・これじゃあとても練習にならねえ・・・言ったよな?俺の邪魔はするなって・・・このままじゃあの約束を守ってもらわねーとな」

うめきながらヨロヨロと勇人の手を頼って立ち上がる颯太に、姫野が近づいて無表情のままそう告げた。



「・・・ウッス・・・・・・」

颯太は苦痛に顔を歪めて、何とか姫野にそう答えた。



「約束?何だよ姫野、コイツと何約束したんだよ?」

「お前には関係無い・・・しっかりディフェンスしてろ、コイツにはもっと厳しく当たって良いからよ・・・」

割り込むような勇人の質問をあっさり躱して、姫野は前線へと走り去っていった。


「何だよアイツ、偉そうにしやがって・・・オイ小川、今の聞いたか?・・・まだまだ甘いんだってよ、俺もお前にはイラついてたからな・・・覚悟しろよ」

「・・・ウッス」

颯太は体中の砂を払おうともせずに、ただ弱々しく頷くだけだった。




「・・・!?」



・・・約束?


一体何の事だ?



姫野の言葉が紘にも聞こえていた。



そう言えば姫野先輩・・・


ずっと颯太につっかかってるような・・・





姫野のシュートが外れ、ゴールキックを直ぐ様大成が受ける。

一旦右サイドにボールを預けると、マークを振り切った紘がボールを要求した。


そして再び紘から颯太に無言のパスが繰り出される。


何度目のやり取りだろうか、颯太は勇人の圧倒的なパワーを前に、裏を取るどころかただ前に進む事すらままならなかった。


またも空しくラインの向こうへ逃げていくボールを、颯太はただ目で追うしかなかった。



ドンッ



「良い加減にしろよ!!!!お前さ、一体何しにウチに入ったんだよ!!昨日あれだけの事言っといてよ!!」

「・・・・・・」


立ち尽くす颯太の肩を突き飛ばして勇人が言った。

颯太は一瞬グラリとヨロめいたが、勇人に対して何かを言うでもなく、ただうつ向いて肩の辺りをプルプルと震わせている。


「ホントにやる気あんのかよ?そんなでけえ体しててよ、情けねえ・・・こっちも暇じゃねーんだ!!上目指してんだからよ!!」

耳元でどれだけ吠えても颯太は何の反応も見せない。

拉致が開かない状況にますます勇人のイライラが増していく。


「そこ!!必要の無い事は喋らない!!時間の無駄!!」

「チッ!!コイツに付き合うのが時間の無駄だっつーの」

百合の制止にようやく勇人の矛が納められた。


「うぅ・・・うっ・・・」

「!!ってオイオイ、嘘だろ・・・泣こうとなんてするなよな・・・誰もお前に同情なんてしやしないぜ、ほら、さっさと走れよ!!」

切れ切れの声と共に、颯太の目からは突然大量の涙が溢れだした。


勇人は少し慌ててそれでも颯太にボールを追うよう促すが、歯止めの効かなくなった颯太はその場から一歩も動けず、止めどない涙を拭うのに精一杯だった。


またもあっさりゴールを決めた姫野が悠々自陣へと引き上げていくが、最早颯太に興味を示すことはなかった。


トボトボと嗚咽しながら引き上げていく颯太に、仲間達も掛ける言葉が見つからなかった。




颯太・・・




そんな颯太に背を向け、紘は一人複雑な思いを抱え込んだまま、胸の辺りが消化不良のようにムカムカしていた。




「稲葉、あのさ・・・俺、練習前に聞いちゃったんだよ」

「え!?・・・聞いたって何を?」

大成が紘に駆け寄って言った。



「姫野先輩が部室で言ってたんだよ・・・もし小川君が使えない奴ならサッカー部辞めてもらうって、そしたら島崎との勝負もどうこうとか・・・」

「・・・そんな事・・・言われてたのか・・・」

「このままじゃ小川君クビになっちゃうぜ?・・・小川君、島崎と戦う為にサッカー部に入ったんだろ?

稲葉・・・君が何とかしてやれよ!!!!」

大成の嘘の無い真っ直ぐな言葉が、紘のグラグラと揺れ動く心の楔となった。




アイツは馬鹿だ・・・



付き合いはまだ全然浅いけど、痛い程知ってる・・・



昨日のあのセリフだってきっと本心だ・・・



アイツには隠し事なんて出来ないんだろーな・・・




馬鹿だから・・・




そして



島崎君とサッカーで戦いたいってのも・・・



間違いなく本心だ




ホント何でだろ?散々振り回されたってのに・・・




昨日はホントにムカついたのに・・・




よく分かんないな、マジで何でだろ?




俺は・・・お前の望みを叶えてやりたい!!!!




絶対に!!!!




「颯太!!!!」


「!!!?・・・うぅ・・・えふっ・・・うぅ・・・」


紘の呼ぶ声に反応して涙と鼻水でグシャグシャになった颯太が紘にトボトボと歩み寄ってくる。



うっ!!!!



近くで見ると・・・スゲエきたねえ・・・



・・・・・・




「・・・・・・俺を殴れ!!」

「・・・???」

「だから俺を殴れって!!」

「・・・うぅ・・・な・・・何でなぐっ・・・なぐんなきゃいけ・・・いけないんだよおおおお」

「いーから!!」

紘の突然のセリフに、カオス状態だった颯太が絶叫して言った。


紘は歯を食い縛って、早くやれと言わんばかりに颯太に向かって左頬を突き出す。


いくらなんでもいきなり殴れと言われて、ハイわかりました、と簡単に殴れる筈がない。


しかし、紘にも引き下がる様子はこれっぽちもなかった。


颯太と紘の押し問答が続く中、部員達も二人の只ならぬその状況に騒然とし始めた。


だが・・・ただ一人、この異様な空気に決して流されず、毅然とした態度を取り続ける者がいた。


「稲葉君!!!!

何してるの!!!!早く再開しなさい!!!!」


百合だった。


目の前で繰り広げられる茶番も全く意に介さず、両目を吊り上げ、腹の底から湧いてくる怒りを露にしていた。


「え!?これはその・・・昨日の・・・」


「昨日ですって!!!?昨日の何よ!!!?」


「いや、昨日殴っちゃった分を・・・」


紘は捨て身とも言える自分の覚悟に、容赦無く水を差す百合に心底げんなりした顔を見せて答えた。



えぇ・・・?



ここはホント空気読んでくれよ・・・




「だったら!!!!

小川君も子供みたいにピーピー泣いてないでさっさと殴って早く再開しなさい!!!!」



『!!!!』



止めねーのかよ!!!!



全員に衝撃を走らせるセリフだった。




ビターン!!!!



瞬間、百合の言葉に驚いた颯太が、反射的に紘の左頬目掛けて右の手の平を振り抜いた。



「いってえええええ!!!!!!!!」

紘は綿毛のようにフワリとふっ飛び、けたたましいまでの叫び声を上げた。


他の運動部の生徒達も、何事かと振り返る程のボリュームだった。



「ほら!!気は済んだでしょ!?さっさとやる!!!!」

もの凄い剣幕の百合が、大きく手をパンパン叩いて早く再開しろと急かしてくる。


『・・・・・・』


最早部員達には何の驚きもなかった。




「うぅ・・・痛い・・・マジで痛い・・・馬鹿力め」

「うぅ・・・ごめん紘、もっと加減すれば・・・」

涙目で頬を擦る紘に、颯太が心配そうに駆け寄った。


「くそっ!!メチャクチャ痛い、だけど・・・これでおあいこだからな!!俺とお前は!!もう変な感じはこれで終わり!!良い?」


「うぅ・・・ごめんよ紘・・・俺、俺・・・」


「もう良いって・・・今は試合に集中して!!次からはパスを受ける前にちゃんと俺を見て!!俺の目だよ!?そしたらコースが分かる!!どんなパスでも颯太の足なら絶対に届くよ!!だからもう泣かない!!!!」


「・・・うん、泣かない・・・泣くもんか・・・よし、見せてやる・・・俺の走りを、本当の走りを!!!!」


涙と鼻を拭うと、颯太の垂れ下がっていた眉が力強く尻上がりになっていく。

同時に全身に力が漲り、これまでの疲労が一気に吹き飛んでいくのが分かった。



颯太はポジションに着こうと走っていく紘の背中を見つめていた。


このピッチで一番小さな紘、しかし今の颯太には他の誰よりも大きな存在だった。


颯太は紘の頬を叩いた感触が残る右手を力強く握りしめた。




やってやる・・・




再開と同時に颯太がピッチを駆け上がっていく。

やはり動きは滅茶苦茶だったが、その走りには今までにない躍動感があった。


紘が中央でボールをキープしたまま一人二人と上級生達を躱すと一旦左サイドの仲間にボールを預ける。


「颯太!!距離見て!!」

紘はそう叫んで颯太が自分との距離感を失くさないように注意を促し、左サイドでまごつきだした仲間のフォローに入った。


颯太はこれまで以上に首を振って視野を確保することに務めた。



今まで紘の方は見づらくて見てなかったけど・・・


俺の後ろはこんな事になってたのか・・・


・・・何かここでパス貰えそうな気がするな



颯太がディフェンスの隙間にある僅かなパスコースに顔を出し始めた。


紅白戦開始以降受け身のプレーだった颯太の新しい動きに、勇人がほんの少しだけ警戒を強める。



!!・・・コイツ


少しは考えるようになったか・・・



勇人は何とか自分の前に出ようとする颯太を、自慢のそのパワーで完全に封じ込めていた。



・・・封じ込めていた筈だった。



「先輩どいて!!」

そう言って颯太が勇人よりも低い体制で彼の体に自分の右半身を押し付け、そこから一気に擦り上げる。

下から上に押し上げる力に対しては、どれだけ体重を掛けられるかがものを言う。


「この・・・てめぇ!!」

勇人の体が僅かに浮き上がると、抵抗を感じなくなった颯太が一瞬にしてボールホルダーの前に現れた。



「!!!!」


速い!!


百合が思わず颯太のスピードに目を見張った。



「こっち!!」

注意が前線に集まりノーマークになっていた大成が、後ろのスペースで一旦パスを受ける。


「チッ!!!!」

すかさず姫野がプレッシャーを掛けに詰め寄るが、直ぐ様ダイレクトで紘にパスを繋げる。


「前向かすな!!!!」

中央でもう一度ボールを持った紘に対して、人数を掛けて2年生がボールを奪いに来る。

激しいプレッシャーの中で紘はボールを奪われ、カバーに入った大成も簡単に躱わされていく。


あっという間にボールが姫野に渡ると3タッチの制約の中でその右足を振り抜いた。


ボールはゴールネットに突き刺さり一年生チームの間には「またか・・・」と言うムードが漂い始めた。


「小川君!!ナイスラン!!みんなも今までと動きが全然違うよ!!この調子で行こう!!まずは1点、1点取ろう」

大成のその明るい声が、下を向き掛けた一年生達の顔にブレーキを掛ける。



「へぇ・・・」

百合が感心したように目を丸くしてそう漏らした。



中野君か・・・


良いタイミングで声を掛けたわね


ようやく出来た良い流れを潰されたのに・・・


決して否定的な言葉を使わず、彼らが迷う事の無いように真っ直ぐその背中を押すような・・・




敵陣からの引き上げ際、姫野がすれ違いざまに大成を横目でチラリと見る。



やっぱり1年は中野だな・・・


アイツ中心で試合が動く


俺にずっとへばりついてるにも関わらず、仲間のフォローも怠らない



気に入らねえが・・・大した奴だ





「みんなちょっと良い?・・・」


『!?』


大成がポジションに付こうとバラけようとする仲間達を手招きして自陣の中央に集める。


大成を中心に1年生チーム8人の輪が出来上がった。

ここへきて、1年生がようやくチームとして初めてまとまった瞬間だった。


「俺にちょっと考えがあるんだ・・・」


「ゴニョゴニョ・・・」


「・・・・・・よし、やってみようか」



試合再開、まずは颯太がボールを紘に渡す、ここまではいつも通りだった。


それから颯太が一気にゴール付近まで駆け上がると、紘はクルリと逆方向、ゴールに背を向け、駆け上がってきた大成にボールを預ける。


大成はプレッシャーを掛けにきた2年生一人を大きく躱わすと、直ぐ様颯太目掛けて縦方向に大きく高いクロスを上げた。


「勇人防げ!!」

「おう!!」

港のコーチングに勇人が応える。

クロスはゴールに背を向けた颯太の頭上にピタリと合う軌道を描いている。


一瞬で落下点への激しいポジション取りが行われるが、この勝負を制したのは体の小さな勇人だった。

颯太は勇人の圧力に制され、最早決まり事のようにその動きを完全に封じ込められていた。



どうだ?小川!!

自分より小さい奴にパワー負けする気分はよ!!




くそ!!

まずい、まずい・・・

このままじゃボールに触れねえ・・・



どうする!?



勇人がヘディングでクリアしようと、ボールのタイミングに合わせてジャンプしようとしたその時だった。




!!!!


コイツ、飛ばねえのか!!!!




空中でのぶつかり合いを予測していた勇人は、背後で押さえ付けている颯太から受ける反発力も考慮して飛び上がった。


しかし本来背中に懸かる筈のプレッシャーが何も無い。

空中での支えに使おうと思っていた颯太からの押し返す力が一切無かったのだ。


颯太は勇人がボール目掛けて飛び上がる瞬間を狙い、体を捻ってその力を後ろへと受け流したのだ。


高さでの勝負を予測していた勇人の裏をかく、颯太の頭脳プレーだった。


予想外の颯太の動きに勇人は空中でバランスを失い、ボールに触れる事なく自らそのまま後ろへと倒れ込む形になった。


ボールは一瞬の内に勇人の前へと飛び出した颯太の左太腿に当たり、上手い具合に誰もいないスペースへと勢い良く転がっていった。



~~~



「考えって何?」

紘が皆を集めた大成本人に尋ねた。


「小川君にポストプレーをやってもらおうよ」

「ぽすとぷれえ?」

颯太は初めて聞いた言葉を復唱して首を傾げた。


「いきなりは無理だって!!それが何かも分かってないんだから」

紘が首と手をブルブルと横に振って、大成に訴え掛けるように言った。


「小川君には野沢先輩以外はマークが甘いし・・・それに、パスを足元に納めるよりはずっと簡単だよ」

「・・・そりゃまぁ」

大成の言葉を受け、紘は難しい顔をしながらも一定の理解は示してみせた。


「?それってどーしたら良いの?」

「俺が小川君に高めのボールを蹴るから、それを空いたスペースに落としてくれれば良いんだ、それだけだよ」

颯太が頭を掻きながら困り顔で大成に尋ねると、大成は軽く笑いながら颯太に優しく答えた。


「簡単に言うけどさ・・・颯太はずっと野沢先輩にやられちゃってるよ?」

それでも紘の不安は消えない。

それほど勇人のディフェンス力が高かったからだ。


「いくら野沢先輩でも小川君と高さで勝負したら絶対にミスが出るよ、一番良いのは小川君が競り勝ってくれる事だけど・・・とにかく今は野沢先輩のミスを引き出そうよ、活路はそこにあると思うんだ・・・蒼真(右サイド)春明(左サイド)はサイドの先輩達を引き付けて何とかスペースを作っておいてくれよ」


紘は一瞬考え込んだが、他に何か良い案が浮かぶ訳でもなかった。


確かに高さでの勝負なら颯太に分がある。


颯太を絡めての攻撃が絶対条件と言うのなら、それを利用しない手はない。



・・・・・・



・・・皆も同じみたいだな



迷いの消えた皆の表情を伺って紘が言った。




「打開するにはそれしかないかもな・・・よし、やってみようか」




~~~



結果、颯太は不格好ながらもポストプレーを成功させるという、大成の狙いを越えた働きをした。





今までお荷物だった颯太が、必死に作り出したチャンス。

そこに一番に走り込んで来たのは、クロスを上げた大成だった。




ナイス!!小川君!!




展開が読めている分、他の誰よりも早くボールの位置を予測できたのだ。


大成がそのままシュートのモーションに入ると、すかさずもう一枚の2年生DFがシュートをブロックしに滑り込む。


狙い済ましたように鮮やかなシュートフェイントでブロックを躱わすと、ゴール前の新たなスペースへと走り込んだ紘に鋭いパスが飛び出す。


これ以上ないタイミングでボールを受けた紘は、迷うこと無くその右足を振り抜き、ようやく2年生のゴールネットを揺らすことに成功した。


「良いじゃない!!今みたいなプレーよ!!そうやってもっと頭を使わなきゃ2年生から点なんて取れない!!

・・・よし、ここで前半終了、休憩にしましょう!!」

百合が1年生チームのプレイに手を叩いて誉めるのとほぼ同時、首から下げたストップウォッチのアラームが前半の終了を告げていた。



高さで勝負しなかったか・・・



野沢くんには却って小川君のアドバンテージが裏目に出たわね・・・



1年生は良い形で終われたじゃない・・・



でも、きっと二度目は無いわね・・・




「くそっ!!あの野郎・・・」

「勇人、小川をあまり舐めてかからない方が良い・・・」

「・・・何!?」

地面の砂を蹴り上げ怒りを露にしている勇人に対して、2年生チームのボランチを務めていた藤波(ふじなみ)(たかし)が言った。


「アイツ・・・ボールを扱う技術はまるで駄目だけど、はっきり言って体の使い方はズバ抜けてる・・・一瞬で勇人を躱して前に飛び出た・・・あのスピードは普通じゃない」

藤波は目隠しのように両目にかかった前髪を掻き上げながら、感情を乗せる事も無くただ淡々と颯太についての総評を述べた。


身長は港に次ぐチームで二番目に高い176cm。

揃った前髪の隙間からチラリと覗くどこか遠くを見据えたようなその目が、彼の物静かで思慮深い聡明さを物語っている。



静和中の本来のシステムはオーソドックスな3-4-3、藤波はセンターバックの中心を務めていた。

言わばディフェンスのスペシャリストであった。

彼の持つDFとしての技術、経験、意識は、その全てにおいて急遽DFにコンバートされた勇人とは比べ物にならないものがあった。



「!!・・・素人相手に結構な事言うじゃねえか、たまたま上手くいっただけだってのによ」

それでも勇人にはその忠告を素直に聞き入れる様子は無かった。


「かもね・・・でも、とにかく小川相手に真っ向勝負は駄目だ・・・アイツとはサッカーの技術で勝負しなきゃ、それと・・・次からは俺アンカーやるよ、攻撃は前の4人でヨロシク」

藤波は勇人に対して別段気にする素振りも見せず、前列の四人に涼しげな顔で語り掛けた。


「まぁ今ので1年の実力は大体分かってきた・・・お前ら(両サイド)との距離感も掴めてきたしな・・・

後半からは全力で行くぞ・・・

もう1点もやらねえ・・・あいつらが勘違いしないように徹底的に叩き潰してやる!!」

2年生チームのトップ下、松山久貴(まつやまひさき)が額の汗を拭いながら言った。


175cmの痩せ細った体、ハリネズミのように逆立つ髪の毛、吊り上がった細い目と薄く大きな口が特徴的だった。


底意地の悪そうな薄ら笑いを浮かべるその表情からは、彼の高慢で捻じ曲がった性格がありありと伝わってくる。



「聞いたかよ、今の・・・全力じゃねえって・・・」

「マジか・・・」

松山の言葉が、ようやく1点取って安堵の表情を見せていた1年生達の間に戦慄を走らせる。


「あたりめーだろ!!あんな簡単にポンポンパスが通るかよ」

「・・・パスが通りやすかったのは勇人のせいだけどね」

藤波(ナミ)、テメェ!!」

フフンと鼻で笑いながら勇人が1年生達に向かって吐き捨てると、藤波がその背中をグサリと刺すように言った。



「小川・・・少しは良い動きをするようになったが・・・でもまだだ、あんなもんじゃ俺は認めねぇ・・・もしお前がこのままなら例の約束は守ってもらうからな!!」


姫野が颯太に向けて言った。


鋭く突き刺すような視線が、颯太の全身から急激に体温を奪っていく。


その凄まじい威圧感に押し潰されそうになった瞬間、右手からビリビリとした熱を感じた。




・・・・・・助かったよ




右手の熱が循環する血液のように全身を素早く駆け巡り、奪われた体温を一気に取り戻していく。



「ウッス!!!!」



巨大な壁の如く目の前に立ちはだかる姫野に、颯太は負けじと力強く頷いてみせた。



「・・・フン」


姫野はそう吐き捨て、何のためらいもなく颯太に背を向けた。


まるで隙の無いその背中からは、言葉以上のプレッシャーがひしひしと伝わってくる。




そうだ・・・このままじゃ絶対に終われねえ



何とか活躍してみせねえと・・・



何とか姫野先輩に・・・


いや、


みんなに認めてもらわねえと!!!!








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