第5章 最低な新入部員とKY女コーチ
「紘、選ばれし者・・・伝説の剣ギャラクシーソードをこの世で唯一使いこなす者よ・・・」
夏海・・・いや、プリンセスオーシャンサマーがそう言って玉座からゆっくりと立ち上がり、大層なドレスの裾を引きずりながら片膝を着いた紘の目の前まで歩み寄った。
紘はオーシャンサマーの放つあまりの神々しさに目が眩み、彼女から視線を外すよう自然とこうべを垂れていた。
「魔王軍の進攻がとうとうこの城の手前の村まで・・・このままではこの国・・・いえ、全人類が滅んでしまう」
「・・・覚悟はできております、オーシャンサマー様」
そう言って紘は立ち上がり、オーシャンサマーの手をギュッと握りしめた。
「紘・・・どうか無事で・・・」
紘はオーシャンサマーの視線を背中に感じつつ、名残惜しむ間もなく玉座の間を後にした。
「開門!!」
門兵によって重々しい扉が開かれると、刺し溢れる朝日と共に緑豊かで壮大な景色が飛び込んできた。
「勇者紘よ・・・この旅はきっと長く辛いものになる、おそらく一人では3日と持つまい・・・そこでお前に二人の従者をつけよう・・・おい!!」
そう言って見送り役の大臣が2回ほど手を叩いた。
カツカツカツ・・・
大臣の合図と共に背後から足音が近づいてくる。
紘が振り向くと、見覚えのある坊主頭と甲冑に身を包んだ外人顔の少年二人がそこに立っていた。
「農民ソータに、狂戦士カイの二人だ」
「大臣様、従者など結構でございます、私一人で・・・」
大臣に二人を紹介された紘は、即座にその申し出を断った。
「何を言う!!一人では危険な旅なのだぞ!!」
「そうそう、稲葉君にはやっぱり俺がついてないとな!!」
「魔王軍か・・・へぇ、楽しみだな」
「・・・・・・」
「やはり一人で・・・」
「えーい、聞くのだ!!これはこの国の決定事項なのだ!!守れぬのなら魔王軍討伐などこの私が許さん!!」
「・・・・・・」
こうして勇者紘は、不本意ながらもお供二人を連れて魔王討伐の旅に出た。
「うおっ!!これがギャラクシーソードか!!」
「なっ!!やめろ!!この罰当たりめ!!」
道中いきなりソータが紘の背中に収められたギャラクシーソードに手を掛けた。
紘は急いで身を躱しソータから距離を取った。
「何だよケチンボ!!ちょっとぐらいいーじゃんか!!」
「愚か者め・・・これは使い手を選ぶ剣なんだ、選ばれし者以外が触れると・・・」
「触れると何だい?興味深いな」
「!!!!」
いつの間にかカイがギャラクシーソードを鞘から抜き取り、刃先をじっくり吟味している。
「・・・ナマクラだな・・・良いとこグラム20円てところか・・・」
「返せ!!!!勝手に査定すんな!!!!」
紘がカイからギャラクシーソードを奪い返して怒鳴った。
「まったく・・・」
「ハハ、ゴメンゴメン、でも稲葉君刃物なんて持ってたら危ないぜ」
「そうだね、物騒だよ、それに自分だって傷つく可能性もある」
「ならこれなしでどうやって戦えって言うんだよ」
「うーん、それもそうだなぁ・・・」
三人は道の真ん中に腰を下ろして話込んだ。
「僕が前に聞いた話だと魔王軍の連中は甘いものにめっぽう目がないって・・・」
「甘いものって言っても色々あるからなぁ・・・でもそれでどうするんだよ?」
「分かった!!・・・毒だ!!それに毒を盛って魔王軍に配給すれば・・・」
「え?・・・いやいや、ちょっと待ってくれよ・・・よくもそんな卑劣な考えが浮かぶね、稲葉君それ本気?」
「そうだぜ稲葉君・・・君もちょっとは勇者の自覚持ってくれよな、ギャラクシーソードが泣いてるぜ」
「・・・・・・」
「とにかく・・・魔王軍の連中は甘いものが大好物なんだ、それに付け加えて奴らの平均年齢がいくつか知ってるかい?」
「いや、分からねぇ・・・いくつ?」
「・・・・・・」
「40代半ば・・・さ」
「マジかよ!!一番生活習慣病リスクの高い層じゃねえか!!
・・・俺何となくカイの作戦が見えてきたかも・・・」
「・・・・・・」
「やるねソータ、そこまで分かってるならほぼ正解だよ」
「へへ・・・つまりこういう事だな?
今手前の村に駐屯している魔王軍に大量の甘いものを差し出す・・・
それに目がない奴らは俺達の真意にも気付かずただ欲望の限りに貪り尽くす・・・
それが罠だと気付いた時にはもう手遅れ、後は健康診断の結果をお楽しみって寸法、違うかい?」
「・・・・・・」
「うーん・・・まぁそれでいいや・・・
よし、話もまとまった事だし城に戻ってちょっと甘いものでも食べようか」
「おっ!!良いねえ、よし!!戻ろう!!稲葉君、さっさと帰るよ!!」
「・・・・・・」
「ところでソータ、さっきからあのナンタラカンタラって剣から何か音が聞こえないか?」
「あぁ、ギリアモスクラッシュね・・・そう言えば何か聞こえるなぁ・・・」
「・・・・・・」
「稲葉君、そのヴァリアンブレイドを僕に少し見せてくれないか?」
「いやいや、先に俺に見せてくれよそのビリゲストセイバーを」
「・・・・・・」
「・・・早く渡したまえ、そのブリニックチェンバーを」
「何言ってんだよグリニベルランチャーだろ?」
「違う!!バジリスクスレイヤーだ!!」
「ハハ、何だよそれ、ジリナグルランスだっての!!」
「もういいからそのジリジリジリジリ・・・・・・・」
『ジリジリジリジリジリジリジリジリ・・・』
・・・・・・!!!!
ガチャン・・・
紘は飛び上がるように起き上がって、枕元に置いてあった目覚ましをいつもより乱暴に止めた。
「ハァ・・・ハァ・・・何て夢だ・・・」
憂鬱だった。
変な夢のせいだけではない。
とにかく紘は昨日の晩から酷く憂鬱だったのだ。
母親の作った朝食を何となく食べ、登校時間まで上の空でテレビを見る。
ここまではいつもと変わらぬ朝だった。
ただ一つ昨日と変わった事と言えば・・・
「いーなーばーくーん!!学校行こうー!!」
・・・コイツ本当に来た
玄関前でニコニコ顔の颯太を見た瞬間、紘の表情が露骨に強張った。
「いやー、通り道なんだからもっと前からこうしておけばよかったな、うん、それにしても素晴らしい朝だ・・・」
小鳥がさえずる朝の登校時間。
颯太はようやく思い描いた中学校ライフを送れそうだと、無量の喜びに満ち溢れていた。
「・・・あのさ、小川君・・・」
「あ!!稲葉君、俺の事は颯太って呼んでくれよ、俺達もう友達だろ?」
「・・・じゃあ・・・颯太・・・」
「おおっ!!良いねー!!あの、俺もさ・・・
稲葉君の事紘って呼んで良いかな?」
「・・・まぁ・・・別に・・・大丈夫です・・・ハハ」
「ほんと?・・・じゃあ・・・紘」
「・・・・・・はい」
「くうーっ!!キタキター!!これだよ、これ!!」
「ハハハ・・・」
・・・何だコレ?
「ところで今何の話してたんだっけ?」
「あ、あぁそうだ・・・その、おが・・・いや颯太は本当にサッカー部に入るつもりなの?」
「あぁ、もちろんだよ!!アイツとの約束だからな!!」
「でも、大場さん・・・凄く怒ってたような気がするんだけどそれは大丈夫なの?」
「え?・・・そうなの?そう言えば帰り一言も喋ってなかったけど・・・え?・・・マジで?」
みるみる颯太の顔色が青ざめていく。
「ハァー・・・君本当に鈍いなぁ、帰りの電車なんて最悪の空気だったってのに・・・」
「・・・ハッ・・・ハハッ・・・ま、まぁ俺が何しようとアイツには関係無いし・・・関係・・・ホゲッ!!!!」
「ホゲッ?・・・何を言って・・・ウボッ!!!!」
心臓を抉られたようだった。
噂の夏海が二人の目の前に突然現れたのだ。
と言うより、友人達と登校中の夏海と偶然出くわしてしまったのだった。
「・・・・・・フン!!!!」
夏海は颯太の顔を見るなり不機嫌な態度を露にし、顔を背けて足早にその場を去ってしまった。
「うわぁ・・・ど、どーすんの?大場さん滅茶苦茶怒ってんじゃん・・・」
「・・・どどど・・・どど、ど・・・どーしよう」
颯太があわてふためいて紘にすがり付いた。
「え!?・・・うーん、やっぱりサッカーじゃなくて陸上やったら良いんじゃないの?多分・・・」
「それはダメ!!!!他で!!!!」
「・・・・・・」
「ほら早く、何か無いの?他に何か・・・ねぇってば」
・・・マジかコイツ
夏海は酷く怒っていた。
極力外側には出さないように努めていたが、怒りの元凶と出くわしてしまったのだから歯止めも何もなかった。
友人達の話も先程からろくに頭に入らない。
これまでの人生でこんなに酷い朝は無かった。
・・・何よ、アイツ・・・
また陸上やるキッカケになればって・・・
そう思って協力してやったってのに・・・
よりにもよって・・・
サッカーやりますとか・・・
あり得ない・・・
「でもさー、やっぱ夏海も何だかんだ小川君が気になってしょうがないんでしょ?」
「いやいや・・・ホント止めてよ、気持ち悪い・・・」
「だったら小川君の好きにさせてあげれば良いのに」
「!!・・・そ、それは・・・だって・・・その」
・・・
言われてみれば確かにそうだ・・・
アイツが何をしようとアタシには関係無い・・・
でも・・・
正直、走って欲しい・・・
アイツには陸上やってて欲しい・・・
理由はよく分からないけど・・・
・・・
あーもう!!・・・スッキリしないなぁ・・・
「おはよー!!みんな!!」
「おい・・・あれ・・・」
「?・・・うおっ!!マジかよ・・・」
気力に満ち溢れた挨拶と共に颯太が颯爽と教室に現れた。
傍らにはもう笑うしかないと開き直った紘が、身長差の大きい颯太とデコボコになりながら肩を組んでいた。
「おはよー、おはよー、おはよー!!」
颯太は取って付けたような笑顔で、自分の席に着くまで通り掛かる一人一人にきちんと挨拶をしていく。
昨日までとは180度違う。
颯太のあまりの変貌ぶりに、クラス全体がパニックになりかけた。
「お、おい稲葉・・・どうなってんだよあれ・・・昨日あの後何があったんだよ・・・」
「ハハ・・・昨日の事ね、あの後実は・・・かくかくしかじか・・・」
この異様な光景の真相を問いただそうと、紘の回りには男子生徒達の人だかりが出来ていた。
「・・・マジかよ・・・じゃあアイツサッカー部に入るのかよ」
「みたいだよ・・・あと・・・みんなが思ってる程そんなに狂暴な奴じゃないって事は付け加えてとくよ・・・
一応・・・」
「・・・おぉそうか、まぁ何をやるかはお前の自由だからな・・・ウチは大歓迎だよ、ヨロシクな」
昼休み、紘と共に職員室を訪れた颯太は、サッカー部顧問である小林久男に入部の意思を告げていた。
「でもお前、早川先生が焼きもち焼くぞ・・・ねえ?」
小林は向かいの席でお茶を啜っている陸上部顧問である早川に、イタズラっぽく伺いを立てた。
「何だよ小川、ずっと俺がアプローチしてたのに・・・先生悲しいなぁ」
早川は大袈裟な溜め息と共にそうぼやくと、目を擦りながら泣く振りをしてみせた。
今時の若い体育教師にしては珍しく、随分と古くさい時代錯誤なリアクションだった。
「ごめんなさい早川先生、俺にはどうしても倒したいヤツがいるんです!!」
「え?それってサッカーでって事だよね?・・・サッカーで個人を倒す?・・・ん?」
「そうッス、サッカーでそいつを倒します!!」
「・・・サッカーで倒す??んん??」
「・・・・・・」
「・・・あ、あぁ、そうか・・・とにかく、お前の足を何にも活かさないってのはホントもったいないからな、まぁサッカーなら活躍できるだろ、頑張れよ!!」
「ウッス!!!!」
「でもウチの奴等もガッカリするな・・・とくに大場なんて怒っちゃうんじゃないのか?・・・何つってな!!ワハハハハハ・・・」
早川の最後のセリフに颯太は引きつりながらも何とか笑顔を作ってみせた。
「おい稲葉!!今日はミーティングだからな、放課後3年4組に集まるようにみんなに言っといてくれ・・・紹介したい人もいるからな」
去り際小林が紘にそう声を掛けた。
~放課後~
「・・・結局動画の見すぎで一睡もできなかったわ、眠い・・・」
来客用の駐車場には赤いクーペの運転席で項垂れている百合がいた。
コンコン・・・
「!!」
窓ガラスをノックする音が聞こえ、百合がおもむろに顔を上げると、そこに立っていたのはサッカー部キャプテン大田原まことだった。
「大田原君じゃない!!一昨日は本当にありがとうね」
百合は素早くドアを開け、開口一番タイヤ交換のお礼を伝える。
「いやいや、僕の方こそ・・・ウチのコーチを引き受けて貰えるなんて・・・じゃ、教室まで案内しますよ」
「久々の校舎ね・・・」
「ハハ、そうですよね・・・」
廊下にいる多くの生徒が大田原の引き連れたスーツ姿の美女に目を奪われている。
そんな周囲に近寄りがたい雰囲気を放ちつつ、百合は掲示物がペタペタと貼られた長い通路を歩いていく。
あーもう、早くサッカーの話がしたい!!
逸る気持ちを押さえつつも、先を行く大田原を煽るように歩みが自然と早くなってしまう。
うぅ、我慢、我慢・・・
あ、ちょっと興奮してのぼせてきたかも・・・
・・・それにしてもここの生徒達
さっきから随分と人の顔をジロジロ見てくるわね・・・
え、何?人の事指差してる!!
まったく!!嫌な感じだわ・・・
「あ、この階段を上がりま・・・ゲッ!!」
「・・・?どうしたの?」
振り返って百合の顔を見た大田原が固まった。
「田代さん鼻血、鼻血出てます・・・凄い出てます」
「!!!!」
~3年4組 教室~
「アイツ1年の小川だろ?あのスゲェ足速い・・・」
「おぉ、そうそう、運動会の時無双してた奴だよ」
「小川君、ホントにウチに入るのかよ・・・」
「噂じゃ結構おっかないんだろ?俺・・・大丈夫かな?」
教壇の目の前の最前列の机には、行儀良く背筋をピンと伸ばして颯太が着席していた。
集合したサッカー部員達二十数名の熱い視線が、自ずとそのニューフェイスの坊主頭に注がれる。
顧問である小林の姿はまだ見えず、集まった部員達のお喋りには少しの秩序も無い。
途切れない騒音はまるで縁日の屋台のようで、そのやかましさと言ったら、隣の教室で行われている補習授業に支障が出る程だった。
「オイ・・・お前が小川か、昨日の夜斎藤から連絡があってな・・・」
背後からいきなり声を掛けてきた者がいる。
颯太が振り向くとそこ立っていたのは2年の姫野優、彼だった。
姫野は喜怒哀楽の読みづらい表情で颯太を一瞥すると、さも気だるそうにズボンのポケットからスマホを取り出してみせた。
「ウッス!!シマザキカイの連絡先ッスよね?」
颯太がスッと立ち上がり、軽く頭を下げてからそう言った。
「あぁ、そうだ・・・そいつの連絡先だ」
・・・コイツ、タッパは俺ぐらいか・・・
姫野は立ち上がった颯太が自分と同じ位の身長である事に少しだけ関心を示していた。
「アリガトウッス!!でも、もうそれ必要無いッス!!本人に会えたんで!!連絡先もその時に聞いたし!!すいませんッス!!」
「お、おい、余計な事言うなって言っただろ!?」
「あ・・・そうだった、ハハ、ゴメンゴメン・・・」
颯太の隣にすわっていた紘が、もう勘弁してくれといったように頭を抱えている。
「チッ・・・なら俺と斎藤のやり取りは全くの無駄だったて事だな・・・」
「・・・いやいや、そんな事・・・ハハ」
姫野の乱暴な舌打ちが聞こえ、颯太は思わず笑って誤魔化した。
「フン、まぁいい・・・ところでお前ホントにウチに入る気なのか?」
「モチロンッス!!シマザキカイと約束しましたからね!!グラウンドで戦おうって!!」
そう言って颯太は力強く握った拳を姫野に見せつけた。
「そりゃお前らが勝手に言い合ってりゃ良いが・・・お前サッカー経験あんのか?」
「小学校の休み時間とかにやってたやつは入ります?」
「そいつは入れなくて良い」
「なら無いッス!!ゼロッス!!完璧に!!」
「!!・・・そしたらお前、試合になんて出れねえんじゃねえのか?・・・足は速えのかもしんねえけどよ」
姫野が呆れた顔をして颯太に言い放った。
「そうだよ、それに・・・颯太は知らないかもしれないけど・・・ウチだって結構強いんだよ、いきなりレギュラーになんかなれる訳ないじゃん、少しは考えてくれよ!!」
紘は颯太のあまりの浅はかさに、最早耐え兼ねているような口振りだった。
「!!そうか・・・そもそも試合に出れなきゃアイツと戦えないじゃんか!!・・・練習だ!!練習!!紘、今から俺を鍛えてくれ!!早く!!!!」
「だから今日はミーティングだって!!!!それにそんなにすぐに上手くなんてなれないって!!!!」
考えなしで行き当たりばったりの颯太に、紘のイライラが限界まで達しようとしていた。
「ぐぬぬぬぬっ!!盲点だったぜ!!あーくそ!!早いとこシマザキカイを負かして陸上部に入ろうと思ってたのによ・・・」
「・・・え!?・・・何言ってんだよ颯太・・・」
颯太が何の気なしに言ったそのセリフに紘の表情が固まった。
その顔は目の前で大切な何かが壊れていくのを見てしまったあの時のような・・・何とも形容しがたいものだった。
「・・・・・・オイ、お前舐めてんな?」
姫野のその声は静かだったが、颯太に向けてハッキリとした怒りが込められている。
「・・・おい、何か雰囲気悪いぜ?」
「何したんだよ?アイツ・・・」
三人に漂うただならぬ空気を察知して、寄せた波が引くように周囲が少しずつ静まり返っていく。
「え?いやいや、ハハ・・・冗談ですよ冗談、つい・・・ハハ・・・冗だ」
バキッ・・・
「いってえ!!・・・・・・って紘!!!!」
右頬に強烈な一撃だった。
紘が大きく肩で呼吸をし、颯太をきつく睨み付けている。
「ふざけんじゃねえっ!!!!昨日から一体何なんだよお前!!やったこともないくせに・・・いきなり入って試合に出れるなんて思ってるし・・・あげくにゃ島崎に勝ったらサッカー辞めて陸上部に入りますだ?それなら最初っから陸上部に入れば良いじゃねえかよ!!!!」
紘は怒りのままに、右頬を押さえたまま呆然とする颯太を言葉でも激しく殴り付けた。
「・・・・・・あ、あの紘」
「うるさいっ!!!!触んな!!!!サッカー舐めんじゃねえ!!!!」
颯太が肩の辺りに触れようとすると、紘は再び怒鳴ってその手を乱暴に払いのけた。
「稲葉!!落ち着け、手は出すな・・・小川、稲葉の言う通りだ・・・最悪だよお前」
「!!・・・あ、いや、その・・・すみませんッス」
姫野が紘を諭しながら颯太に向かって吐き捨てた。
颯太はあたふたと謝罪したが、二人に耳を貸す様子は一切なかった。
「おい!!小川お前何やってんだよ!!!!」
「調子乗ってんじゃねえよ!!テメェ!!!!」
「!!!!」
どうして良いかわからない、言葉もなく立ち尽くす颯太に、血気盛んで屈強そうな上級生数名が詰め寄ろうとしたその時だった。
「何だか凄く盛り上がってるみたいね」
『!!!!』
前触れもなくいきなりドアが開くと、百合がそう皮肉りながら大田原と一緒に教室に入ってきた。
涼しげな百合とは対照的に、大田原は眉をひそめて怪訝そうな顔をしている。
「一部始終見させてもらったわ・・・
君、熱くなるのは構わないけれどプレーは冷静にね・・・
いかなる場合も手を出したら負けなのよ・・・
アナタは大丈夫?・・・」
教壇に立ち未だに憤ったままの紘を嗜めてから、右頬を擦っていた颯太を気遣った。
「あ、ハイ・・・大丈夫ッス、自分が悪・・・!?」
!!!?・・・
このキレイな女の人には一体何があったんだろう・・・
颯太は百合を一目見てそう思った。
颯太だけでなく、教室にいたサッカー部員全員が彼女に対してそう思った。
「!!!!・・・田代さん、鼻のやつ・・・」
「!!!!・・・ちょっと失礼」
百合は部員達に背を向けて、鼻に詰めていたティッシュを取った。
「プッ・・・・・・・」
あちこちから必死に笑いを堪えるように息が漏れている。
颯太に詰め寄ろうとしていた彼等も、思わずその場で肩を震わせた。
「・・・今日はもう帰ります・・・」
「いやいや、ちょっとちょっと・・・」
顔を真っ赤にして立ち去ろうとする百合を大田原が必死になって食い止める。
「うおおおっ!!!!かわいー!!!!」
「ねえ、お姉さん先生の姪っ子でしょー?コーチしてくれんの?ねえねえ・・・」
重苦しく張り詰めていた空気が一気に変わっていく。
良くも悪くも、颯太も紘もついつい笑っていた。
「じゃあ、今までお疲れ様・・・これからは受験に向けて頑張ってな・・・」
「ありがとうございます・・・」
小林がこれから去っていく3年生一人一人に花束を渡し、その手を固く強く握っていく。
「お前達にしてみたら・・・サッカーも下手くそだし、頼りない先輩だったろう、でも・・・3年間ホントに楽しかったよ、今日までありがとう・・・お世話になりました」
大田原が言い終えると、1,2年生達から一気に盛大な拍手が沸いた。
「じゃ、大田原・・・最後に次の部長兼キャプテンを発表・・・」
「おじ・・・いえ、小林先生、ちょっと待って下さい」
「え?何?どうした?」
止まない拍手が続く中、百合が小林を教室の隅の方に手招きした。
「部長は別に誰がやろうと構わないけれど・・・キャプテンは私が決めるわ」
「お前そんなのいきなり・・・もう決まってるんだよ、キャプテンは姫野だ!!変えられない!!」
百合は周囲に声が漏れないよう、皆に背を向けそっと耳打ちしたが、小林は断固としてそれを突っぱねた。
「やっぱりね・・・私が考えうる最悪の人選よ、叔父さんはちょっと引っ込んでて」
「な・・・姫野以外なんてみんなが納得しないぞ!!」
「大田原君、ちょっと・・・」
百合は額に手を当て深い溜め息をつくと、耳元で最小限に声を荒げる小林を遮るようにして今度は大田原を手招きした。
「・・・おい、どうなってんだよ?姫野って発表するだけだろ?」
「まさか・・・違うの?」
「いやいや、俺先生から姫野だって聞いてたし・・・」
「そりゃ無理だろ・・・姫野以外に出来ないって・・・」
部員達からも二人のやり取りに自ずと注目が集まっていく。
「・・・・・・」
そんな中、話題の中心である姫野は、まるで興味が無いかのように、窓から覗く外の景色をただぼんやりと眺めている。
早いとこ言ってくれよ・・・
俺以外にコイツらまとめらんねーだろ・・・
時間の無駄じゃねぇか・・・
姫野には確固たる自信があった。
自分以外に新体制となる次のチームを引っ張っていく人間はいないと。
実際これまでもチームを牽引してきたのは姫野であったし、敗れたとは言え何の実績もない静和中サッカー部が県大会準々決勝まで登り詰めたのは、攻守に渡って活躍した彼のお陰であると言っても過言ではなかった。
上州学園のセレクションに落ちた。
その劣等感に駆られた部員達が大半を占めるチーム内、練習時から犇めく独特な空気感は生半可なものではない。
そんなチームの上に立つ者、それは圧倒的な実力を有する者でなければならない。
彼等にとって共通の認識であった。
それはある意味、彼等にもう一度、自分よりも上の存在がいる、そう認めさせる事になる。
それが許されるのは、
姫野優
やはり彼しかいない、
全ての部員が口を揃えてそう言った。
そんな背景があるとはつゆ知らず、百合はあくまでもマイペースに自分の考えを推し進めていく。
「良い?大田原君、キャプテンは私の口から発表するわ」
「え?それは・・・まぁ、構わないですけど・・・でも、大丈夫なのかなぁ?」
「お、おい・・・勝手なマネ・・・」
「叔父さん・・・言った筈よ、私が引き受けた以上、このチームは私の好きなようにさせてもらうって」
「そりゃあ・・・まぁ・・・その・・・でも・・・」
「良し、決まりね!!!!」
百合はやや強引に話をまとめると、奥歯に物を詰まらせたままの小林と大田原に向けて悪戯な笑顔を見せた。
「・・・まとまったみたいだぜ・・・」
「どーなんだよ・・・一体・・・」
「姫野じゃなかったら・・・俺ら・・・」
「じゃあ次のキャプテンね、ゴールキーパーの勝田君、勝田港君にお願いするわ」
若干混乱気味の部員達が固唾を呑んで見守る中、百合が振り向き様にあっさり言った。
『!!!!』
百合があまりにもさらっと言ってのけた為、全員の反応がワンテンポ以上ずれてしまった。
「え!?俺!?姫野じゃないの!?何で俺が!?」
一番驚いていたのは指名された勝田港本人、彼だった。
そのあまりの衝撃に、両肘を乗せていた机をひっくり返してしまう程だった。
港はサッカー部一の巨漢だったが、稀にみる小心者でもあった。
余程ショックが大きかったのか、太い眉は見る見るうちに垂れ下がり、丸く大きい瞳にはキラリと光るものが滲み始めた。
「おいおい!!納得いかないぜ!?何で姫野じゃねーんだよ!!港がどうとかじゃねーけどよ!!」
「いきなりやって来て何言ってんだよ!!!!」
「ちょっとかわいーからって許さねーぞ!!」
当然の如く部員達が一斉に不満の声をあげた。
内情を知らない颯太は、訳もわからずぽかんとするばかりだった。
何で姫野先輩じゃないんだよ・・・
まずいって・・・
紘が着席したまま上級生の方を振り向くと、何名かが立ち上がり百合に向かって激しく罵声を浴びせている。
飛び交う怒号につられるように、机や椅子までもが軋みだす。
まさしく暴動寸前だった。
「だから言ったんだ!!姫野以外無理だって!!彼等だって普段はもう少し大人しいんだぞ!!」
「・・・みたいね、ちょっと想像以上だったわ」
小林が頭を抱えながら百合に言ったが、彼女はあっけらかんとそう答えた。
「こっちの事情も知らねーくせによ!!!!」
「でしゃばってんじゃねーよ!!!!」
「ひいいいいい・・・何で俺がキャプテンなんか・・・」
様々な感情が混ぜ合わさった教室の中で、混乱が頂点を極めようとしていたその時だった。
ドガンッ!!!!
鉄アレイでも落としたかのように、鈍くて重量感のある音だった。
不穏な音の発信元に皆の注目が集まった。
叩きつけた衝撃の余韻を残しつつ、姫野の拳が机に貼り付いたまま僅かに震えている。
「おい!!!!・・・黙れ!!・・・黙れ、お前ら・・・あのねーちゃんが決めた事だ、なら黙って従えよ・・・」
姫野が放った一言に、そこにいる全員の動きがぴたりと止まり、何事も無かったかのように黙って自分の席へと戻っていく。
百合も姫野の圧倒的な統率力を目の当たりして、あっと驚いたように目と口を丸くしている。
「・・・そ、そうよ、姫野君の言う通りよ・・・従ってもらうわ・・・それからねーちゃんって呼ぶの止めてね、これからは田代コーチでヨロシク・・・」
思わず百合の声が上ずったが、表面上は冷静を装い何とかその体裁を保っていた。
・・・流石ね、ホントに想像以上だわ・・・
あー、びっくりした・・・
軍隊じゃないんだから・・・
「・・・あの田代コーチ、ちょっと良いですか?」
「ええ、良いわよ、何?」
これまで傍観していた3年生の1人が質問した。
「田代コーチは一昨日の1試合見ただけですよね?それで港がキャプテンに相応しいとか分かるんですか?」
「アナタ達の試合の動画なら夕べ何度も見たわ、港君に関してはね・・・相応しいって言うか、う~ん・・・直感よ直感、港君なら何となく出来そうって思っただけ」
「・・・・・・え!?そんな理由で!?」
百合のその回答に一同が唖然とした。
これだけの混乱を招いておいて・・・
答えがそれか・・・
血の気が引いた小林は、ヨロヨロとしながら近くの壁にもたれ掛かった。
「え!?何!?直感って結構大丈夫なのよ!?気に入らないの!?」
「・・・あ、大丈夫です、ハイ、ハハ・・・」
「何よ!!絶対納得いってないじゃない!!!!」
百合は逆に問い詰めたが、質問した3年生も笑って流すしかなかった。
「・・・やっぱりアンタふざけてんのかよ・・・」
姫野が百合に言い放った。
周囲にいた部員達にも、姫野の感情が再び昂っていくのが伝わる。
そんな姫野に対し、百合は少しも悪びれず、それどころか柔らかく微笑みかけてすらいた。
姫野と百合、二人の間には凍てつくような緊張が走っていた。
元プロ選手かもしれねえが・・・
さっきから虚仮にされているとしか思えねえ・・・
「ふざけてないわ・・・さっきも言ったけれど港君に関しては私の直感、キャプテンが務まる務まらないは蓋を開けてみないと・・・納得できないって言うのも・・・まぁ、分かります・・・でもね、姫野君、アナタにキャプテンが相応しくないって事は自信を持って断言できるわ」
「!!!!・・・何だと!!!?」
咄嗟に姫野が立ち上がって百合を睨み付けた。
「お、おい姫野・・・ちょっと落ち着けよ・・・お前が暴れたら誰も止めらんねーぞ・・・」
「それにしてもあのねーちゃんさっきからホント空気読めねーな・・・一体どうしたいんだか」
今にも飛び掛かりそうな姫野を、周りの部員達が何とか押さえつけ椅子に座るよう促す。
「うぅ・・・百合・・・頼む、これ以上彼を刺激するのは止めてくれ・・・」
小林は壁に寄り添ったまま、最早虫の息だった。
「田代さん、ちょっと言い過ぎですって・・・空気読んで下さいよ!!そりゃ姫野だって怒りますよ!!」
「空気!?さっきからずっと読んでるわよ!!
失礼な!!そんなの女性に一番言っちゃいけないワードじゃない!!パワーワードよ!!」
たまらず詰め寄る大田原を逆に一蹴するよう言ってのけた。
何なんだ?この人・・・
さっきから何がしたいんだ?
紘には目の前の百合の人物像が全くもって掴めなかった。
ただ最近、それもごく最近、言ってしまえばつい昨日、
全く同じような気持ちに陥った感覚がある・・・
似てる・・・
隣の坊主とよく似てる・・・
そう思って隣にチラッと目をやると、颯太も何か言いたげに紘を見ていた。
目があった瞬間紘は思わず目を反らした。
颯太は紘のその反応には何も言わず、ただ寂しげに背中を丸めている。
紘は横目でチラッとそんな颯太を覗き見た。
あれほど大きな体が驚くほど小さくションボリ縮こまっていた。
うぅ・・・
気まずい・・・
早いとこ終わってくれ・・・
「もう、分かったわよ・・・姫野君、私が軽率だった、ごめんなさいね・・・謝るわ、これで良いのかしら?」
「ハハ、あの・・・もう良いです」
言葉だけをきちんと並べた形ばかりの謝罪に、大田原も呆れて降参するしかなかった。
「チッ・・・調子狂うんだよ」
姫野はそう言って百合から視線を外した。
マジで何なんだよ、この女・・・
頭おかしいんじゃねえのか?
「えーっと・・・ところでアナタ達・・・試合をする上でFWに必要なものは何か分かる?」
突然百合が全員に向けて発信した。
は?・・・・・・何を突然・・・
いきなり虚を突かれた彼等は、肩透かしを喰らったようになった。
「FWに必要なものよ、分からないの?」
「・・・あ、あの・・・スピードですか?」
もう一度百合が聞くと戸惑いながらも目の前の紘が答えた。
「そう、スピード・・・それと?」
「え?・・・それと?・・・じゃあテクニック・・・テクニックですか?」
「なるほど、スピード、テクニック、じゃあその次は?」
「え?・・・えっと・・・・・・」
「一番は決定力だろ!?」
矢継ぎ早に畳み掛ける質問の嵐に、息つく暇もない紘だったが、助け船を出すように後方の2年生が野暮ったく答える。
「まぁ、大体そんな所ね、じゃあMFに必要なものって何?」
「キープ力かなぁ・・・」
「視野じゃね?」
「パスセンスでしょ・・・やっぱり」
「戦術知識?」
「そりゃ全員必要だろ・・・」
次第に百合の問い掛けに殆どの部員達が考え始め、気付けば十人十色、様々な意見を述べるようになっていた。
「うん・・・良いわね、それじゃDFには何が必要?」
「寄せの速さ・・・っつーかやっぱりフィジカルかなぁ?」
「あー、それに尽きるかもね・・・」
「ずっと走りっぱなしだしスタミナも相当いるぜ」
「凄い・・・沢山挙げられるじゃない、まだまだありそうだけど取り敢えずもう良いわ・・・じゃあキャプテンは?キャプテンに必要なものって何?」
「・・・え?・・・キャプテンに?・・・」
それまでひっきりなしに動いていた彼等の口が、何故だか急に重たくなった。
「えーと、何だ?・・・何て言ったら良いか・・・」
「カリスマ・・・ちょっと違うか?頼りがい?・・・」
「テクニックとかは・・・そうか、別に無くても・・・」
「・・・う~ん・・・中々言葉には・・・」
「はい、充分よ・・・今ので分かった?・・・アナタ達がキャプテンに求めるもの・・・それは目に見えるものでもないし、言葉にするのも難しいものよ・・・それぞれのプレイヤーに求められる能力とは違って、はっきりコレだと言えるものではないの・・・そうでしょ?」
「・・・・・・」
一同が黙って百合の言葉に耳を傾ける。
「キャプテンっていうのはピッチで戦っている人間の精神的支柱になるだけじゃない、ベンチで応援する人間も含めチーム全員の魂を背負って戦うの・・・まだあるわ、去っていった選手達、3年生や卒業生、両親、指導者、サポートしてくれる人々の想いまで紡いでいかなければならない、それ程の重責を持って戦うのよ・・・」
「!!・・・やっぱり俺・・・そんなの・・・」
港がつい立ち上がって不安を口に出した。
「駄目よ、それは絶対許さない!!私が決めた事よ・・・やってもらう・・・勝ち上がるために!!」
「!!!!」
そう言うと百合はゆっくり港に近づいていった。
彼の目の前に立つと、今にも泣き出しそうな情けないその表情を見てクスリと笑った。
「・・・大丈夫よ、アナタはもう少し自分に自信を持ちなさい、あの点差でも最後までボールに喰らいついてみせたじゃない、それに・・・私には分かるの、上州学園との試合、最後まで勝利を信じて戦ったのは姫野君・・・そして勝田君、アナタ達二人だけよ!!」
『!!!!』
誰も百合に言い返せる者などいなかった。
試合時間の決められたサッカーでは、点差と残り時間が残酷な程心に重くのし掛かってくる。
安全圏を遥かに越えたスコアをつけられ、それでも最後まで絶望せず、勝利の為に走れる選手など本来いる筈がないのだ。
だが、あの日のあの試合、姫野は試合終了間際に上州学園から唯一の得点を奪ってみせた。
港からのロングフィードのゴールキックが起点となって。
最後まで全力で走り続けた姫野に、心を折られることなく上州学園の猛攻に果敢に挑み続けた港、まさに2人の執念が挙げた1点だった。
「たとえどれ程の点差があろうとも、最後まで勝利を信じて戦い続けるのはキャプテンとして持つべき最低限の資質
そして何より、最後にはそれが最強の武器となる
どんな強烈なシュートよりも恐ろしい武器にね・・・
勝田君、アナタには間違いなくそのキャプテンシーが備わっている・・・
私が保証します・・・心配いらないわ」
「・・・・・・俺に・・・最強の武器が・・・」
百合の言葉を受けた港の表情が、心なしか引き締まっていくように見えた。
大きな体にノミの心臓、小学生の時からずっと言われ続けてきた・・・
デカいからキーパー・・・
始まりはそんな理由からだった
でも、俺にはきっとキーパーが向いている・・・
だって俺にはみんなのようにフィールドに出て、誰かと争うなんて出来っこない・・・
だって俺は・・・
弱いから・・・・・・・
でも、この人は言ってくれた
こんな俺にも、武器があるって・・・
しかも・・・強烈なシュートよりも恐ろしい最強の武器があるって・・・
・・・
何か俺・・・
「あ、あの・・・コーチ・・・何か俺・・・」
「何かしら?」
「何か・・・凄い燃えてきた・・・」
「・・・そうこなくっちゃね!!」
百合は港のその様子に満足気な笑みを浮かべると、今度は姫野の席まで歩み寄っていった。
「何だよ・・・!?」
座ったままで姫野が目の前の百合を見上げる。
「コーチに取る態度じゃないわね・・・まぁ良いわ
・・・姫野君、アナタにキャプテンは相応しくないと言ったけれど少し言葉を選び間違えたわ・・・
アナタにはこれから100%以上の力を発揮してもらう必要がある・・・
でなければ上州学園に勝つなんて夢物語も良いところよ
・・・私の見立てでは本来のアナタのパフォーマンスはまだまだあんなものじゃない
周囲のフォローばかりで本当の実力を出しきれていない、今のアナタにキャプテンの重荷は背負えない!!」
『!!!!』
「お、おい・・・実力をって・・・マジかよ・・・」
「アイツ・・・もっとやれるって事か?」
「そういやカバーリングは殆んど姫野だし・・・」
「元々中盤じゃなかったとは聞いてたけど・・・」
チームメイト達の間に静かな動揺が広がっていく。
彼女の輝かしい経歴については、この場にいる颯太以外の人間全てが知っていた。
百合の人間性に関してはともかく、サッカーの技術、知識に置いて彼女がここにいる誰よりも優れている事に疑う余地などどこにもない。
そんな彼女が言ってみせたのだ。
姫野優
間違いなくチームのトッププレーヤーとして君臨していた彼のパフォーマンスには、まだ未知の領域があると。
「・・・・・・」
コイツ・・・
見抜いてたのか・・・
元プロの肩書きは伊達じゃねえって事か・・・
百合を見る姫野の目付きが明らかに変わっていた。
不思議な事に、それまであった彼女に対する怒りや不信感みたいなものがうっすらと和らいでいく。
百合の言葉をいくら掘り下げてみても、そこには少しの嘘もなく、代わりに人の心を焚き付ける何かがあったからだった。
「姫野君・・・
アナタはチームの中心にいるべきじゃない・・・
今の位置から一列上に上げる
これからはアナタのワントップで行く!!
次の試合からはたった1人で最前線に立ちなさい!!
そうなったらアナタは自分の事だけ、ゴールを奪う事だけを考えるの!!
仲間を気遣う必要なんてどこにもない!!
試合中は他の誰よりもエゴイストでいなさい!!
もし、文句を言う人間がいるのなら・・・
アナタのそのプレーで黙らせなさい!!!!
良いわね!!!!」
「!!!!・・・あぁ、分かった、それで良い・・・」
百合の力強くも説教じみたその文句に、周囲は思わず圧倒されたが、当の姫野は相変わらずの無表情でそう答えた。
それでも人知れず、姫野の胸には今までとは全く違う、新たな炎が火の粉を巻き散らし、激しくそして熱く燃え上がっていた。
気に入ったよ・・・
田代コーチ・・・
しばらく俺の夢に手を貸してもらうぜ・・・
「他の皆も良いわね!!静和サッカー部の新キャプテンは勝田君よ!!それと・・・今日はこの後個人面談をします、チームの再編成に関わる事よ、今までのポジションと変わる選手も何名かいるわ・・・楽しみにしといてね」
『!!!!』
・・・おい嘘だろ!?
まだ爆弾持ってんのかよ・・・
また来るであろう波乱の予感
一同がガックリと机の上に項垂れた
田代百合新コーチ主導の下、怒濤のミーティングはまだまだ終わらない・・・