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ライトニング  作者: TAKEX
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第3章 上州学園へ行こう!!

「で、滅茶苦茶速かったんだよ、ホントか嘘か分からないけど日本一とか言ってたし・・・多分そいつ小川より速いんじゃないかな?」

週が明けた月曜日の朝だった。


始業前のざわついた教室では、静和中サッカー部1年生 稲葉紘(いなばこう)が、昨日行われた上州学園との一戦について、そのクリクリとした目を輝かせながら熱く語っていた。

熱弁する紘を取り囲むようにして、数人の男子生徒達がその話に耳を傾けている。


艶のあるおかっぱ頭にコンガリとした日焼けの跡、年齢の割に随分と体の小さな紘には、袖を通した夏服のブレザーがやや大きめのサイズのように見えた。


「小川より足の速い奴か・・・そんな奴がいるなんてちょっと信じられねーな、見てみたいかも」

「まぁタイム測ったわけじゃないし、見た感じだからね・・・でも絶対良い勝負すると思うよ」

「何にしろその話は小川の耳に入れない方が良いな、面倒くさくなりそうだし」

一同の意見が一致して席に戻ろうとバラけた時だった。


それまで紘の視界を遮っていた人の壁が無くなると、そこから海を割ったモーゼのように坊主頭の少年がゆっくりと姿を現した。


小川颯太だった。


颯太が鬼の形相で紘を睨み付けている。


「俺より・・・・・・俺より何だって!?」

「!!!!」


恐ろしく低い声だった。

紘は自分の危機管理能力の低さを嘆き、これ以上ない程までに身の危険を感じた。


颯太がゆっくりと紘に近づこうとしたその時、それまで紘の話を聞いていた男子達が一斉に飛び付いて颯太の体を押さえつけた。

「小川落ち着けって!!別に悪口言ってた訳じゃ・・・」


「ゴアアアアアッ!!!!」

得体の知れない咆哮と共に、颯太の体にまとわりついた同級生達がいとも簡単に引き剥がされていく。


「ヒイイイイイッ!!!!」

紘はあまりの恐ろしさに悲鳴を上げると、頭を抱えて机の上に突っ伏した。


もうダメだ・・・

こんな手負いの獣みたいな奴にやられたら・・・

きっと俺みたいなチビは骨も残らない・・・


徐々に迫ってくる颯太の足音が、処刑開始までのカウントダウンのように聞こえた。



「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・あれ?」



暫く経っても何も起きない。

紘が恐る恐る顔を上げると、颯太は何事も無かったかのように後ろの方にある自分の席に着席していた。

一同が拍子抜けだった。


「何だよ、一体俺を何だと思ってんだよ・・・」

颯太はブスッとしてポツリと言った。


「ハハハ・・・」

颯太に飛び掛かった生徒達は、ひきつった笑顔のまま逃げるようにその場を離れた。


入学以来颯太は悩んでいた。

同級生達から頭一つ飛び出た身長に加え、陸上で鍛え上げられた強靭な肉体、煙たがられるほどの勝ち気な性格が災いし、周囲の人間からは取扱注意、危険人物等のレッテルを貼られ、勝手に恐れられていた。


彼等の造り上げた颯太の人物像は、あながち間違いではない部分があるものの、当の本人からしてみれば見当違いも良いところ、えらくはた迷惑な話で、悩みの種の一つである事には違いなかった。


今日もたまたま遅刻寸前だったため、全力疾走で家から教室まで走ってきた。

鬼のような形相は、ただ息が切れて苦しかっただけの事だった。

そこに偶然自分の話題が出ていた。


自分の話してたらそりゃ気になるだろ・・・

しまいにゃいきなり飛び掛かられるし・・・


それならそうと説明すれば良いのだが、颯太も颯太で人一倍頑固で意地っ張りな性格が邪魔して、どうしても自分からはそういった誤解を解くことが出来ないでいた。


同じ小学校だった生徒や陸上クラブの仲間達はほとんどが別の中学校に行ってしまったため、本来の彼自身を知るものはいない。

颯太の中学校生活は完全アウェー状態でのスタートだった。


唯一の救いは、異性ながら親友とも呼べる大場夏海も静和中学に入学したことだったが、二人はまんまと別のクラスになってしまった。

しかも静和中学の1年生はクラス別で校舎が2つに分けられており、普段の学校生活で二人が顔を合わす事はまず無かった。


夏海のように陸上部にでも入部していれば状況はまったく違っていたかも知れない。

しかし、颯太はある理由から頑なに陸上部には入らなかった。

その理由というのも、颯太の決して曲げられない性格故の事なのだが・・・


そんな調子で颯太は入学以来まともな人間関係を築けないでいた。




「あの、小川君・・・ゴメンね、さっきは本当に悪口言ってたわけじゃ・・・」


「!!!!」

ブスッとしたままの颯太に紘が話しかけてきた。


「・・・いーよ、別に・・・」

颯太は突っぱねるようにそう言って、紘を遠ざけようとした。


あぁ、俺の馬鹿・・・

せっかく仲良くなるチャンスなのに・・・

ゴメンよ稲葉君、俺って奴は・・・


入学以来、話しかけられた事など殆んど無かった。

内心無理矢理にでも紘を抱き締めたくなるほど嬉しかったのだが、やはり、彼の絵に描いたような強情な性格が邪魔してどうしても素直に心を開けなかった。


「あの、俺昨日サッカー部の試合があったんだけどさ・・・」



稲葉君・・・

君って奴は・・・


「・・・・・・で、何?」

「え!?いや・・・ハハ・・・」

紘はめげずに再び話しかけたが、颯太のツンデレを極めた見事なまでの塩対応に、思わず怯んでしまった。


そんな二人をよそに、クラスメイト達の間にはかつてない緊張が走っていた。



あのちっちゃな男は何故自らを危険に晒すのだ・・・



クラスの全員がそう思った。

紘自身は単純に誤解を解きたかっただけなのだが、颯太のそのリアクションがあまりにも素っ気なかったため、つい反射的に話を広げようとしてしまったのだ。


「・・・で、何?サッカーの試合があって何なの?」

颯太がイライラしたような口振りで、紘をろくに見もせず言った。



稲葉君、頑張って!!


どうかこんな酷い俺に負けないで!!



心の叫びだった。



「あ・・・あぁ、えっと・・・そこに凄い足の速い奴がいてさ・・・とにかく滅茶苦茶速くて、先輩が言うには日本一足の速い小学生だったらしいけど・・・ほら、小川君確か陸上やってたろ?だからもしかしたらそいつの事知ってるかなぁ?と思ってさ・・・」



「・・・シマザキカイ」

颯太がボソッと呟いた。


「そうそう、そんな感じの名前だったな・・・ゲッ!!ホントに知ってた!!」


「そいつはホントにシマザキカイなのか!!!?」


颯太は突然立ち上がると紘に詰め寄って言った。

紘がその狭い額に颯太の荒い鼻息を感じる程の距離だった。



やっぱりコイツは話しかけちゃダメな奴だった・・・



紘はその時、血走った眼球を剥き出しにして凄む颯太を見上げながら、自分の取った行動はあまりにも浅はかで愚かだったと酷く後悔した。


颯太の尋常ではない様子にクラス中が騒然となった。

女生徒はその恐ろしい姿に震え、数名の男子生徒は覚悟を決めたように立ち上がり、いざとなれば玉砕覚悟で颯太を制止しようと身構えた。


「他に特徴は!?そいつチャラくて外人みたいな顔してなかったか!?イケメンだろ!?前髪斜めで・・・身長は俺ぐらいだろ!?」

「う、うん・・・大体・・・そんな感じ」

紘は矢継ぎ早にまくし立てる颯太の勢いに押され、ジリジリと後ずさりした。

まるで暴れ馬に追い詰められたチワワのようだった。



間違いない・・・

シマザキカイだ!!


忘れもしない、一年前

アイツは俺に勝ったままホントに陸上を辞めちまった・・・


夏海から聞いて日本一になったのは知ってたけど・・・



「どこ!?どこ中なの!?そいつ!!」

「ひいいいいっ!!」

疑念が確信に変わると颯太の圧力が更に増した。

気付けば紘の胸ぐらを掴み、その小さな体を激しく揺さぶっていた。



いっそ殺せ・・・



薄れ行く意識の中で、紘はそっと人生の儚さを嘆いた。


「みんな!!稲葉を小川から引き離せ!!」

紘を救いだそうと男子生徒達が団結し、次から次へとワラワラ颯太の体に群がるが、その圧倒的なパワーの前には為す術もなく無惨に弾き返されるだけだった。



「じょ・・・上州学園だよ!!」


颯太に揺さぶられながら、涙目の紘が叫ぶように言った。


「ジョーシュー学園!!!!」


「グヘッ!!」

颯太が復唱すると、胸元を締め上げていた手の力が急に抜け、紘は床に尻餅を着いた。


見れば颯太が小声で何かブツブツ言いながらフリーズしている。

周りの生徒達は、急に動かなくなった颯太に理解が追い付かず、ただただ不気味なその様子に困惑し、教室には一時妙な静けさが漂った。


一方紘はチャンスと見るや直ぐ様その場を離れた。


逃げられた!!


紘がそう思ったのも一瞬だった。

次の瞬間にはシャツの襟が後ろにグイっと引っ張られ、両足がその場でバタバタ空回りしている。


「何!?何!?ホント何!?」

紘の顔は恐怖で引きつり、流れる涙は滝のようだった。

パニック状態のままゆっくり振り向くと、仁王立ちの颯太が紘の襟を固く掴んでいる。


「うわあああああっ!!また小川が動いた!!」

「嫌あああああっ!!!!」


男子女子、別け隔てなく悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図の中、始業前の教室に颯太の大声が響き渡った。




「稲葉君!!!!今日帰りちょっと付き合って!!!!」





~放課後~





「なぁ、大場頼むよ・・・小川に陸上部入るように声掛けてくれよ・・・先輩から言われててさ・・・」

「無理だよ、無理、私から言ったって絶対無理だから、無理なもんは無理、むーーーーーり」

夏海が教科書を鞄に入れながら、懇願する男子生徒に向かってハッキリNOと答えた。


彼女がどんなに乱暴な言い方をしても、それが少しも下品に感じられないのは、うっかり触れられないような繊細さと、どこまでも澄みきった透明感を併せ持つその容姿のせいだろう。


「そんな・・・」

「てか自分で言えば良いじゃん、人に頼るなって事よ、じゃあまた明日ね、バイバーイ」

夏海は手早く帰り支度を終えると、泣きっ面の生徒に笑顔でそう言い放って喧騒の残る教室を出て行った。



校門で待ってるって言ってたな・・・



下駄箱まで続く廊下は帰宅する生徒達で大いに賑わっている。

夏海は人混みの間を縫うように、肩まである髪を上下に揺らしながら軽く走った。




「・・・本当に行くの?マジで?」

「何言ってんだよ稲葉君、当たり前だろ!!」

「まぁ・・・月曜は運動部休みだから・・・良いけど」

語気の荒い颯太に紘がガックリと肩を落とした。


「オーイ、お待たせー」

校舎の方から、紺色のチェックスカートを靡かせて夏海が走って来た。


紘は夏海の姿が見えると、少しばかり表情が緩んだ。



大場さん・・・かわいい・・・



「・・・お前ホントに付いてくるの?」

「なんで?部活も休みだし別に良いじゃん。それに今日は元々一緒に帰る約束してたでしょ」

夏海が少し怒ったように言った。


「えっ!?二人ってやっぱりそうなの!?そういう関係なの!?」

紘がそのやり取りに思わず口を挟んだ。


「いや、まぁ、実はその・・・昔から」

「違うから!!!!やめてよこんなイガグリ!!!!」

「イガっ!!!!」

颯太が赤くなってモジモジしながら答えようすると、夏海は颯太の顔面を手で押さえ付けて絶叫した。


「ハハハ・・・そうなんだ・・・・」

紘のそれは明らかに苦笑いだった。



大場さん結構キツいな・・・



「稲葉君だっけ?あたし達ホントに何でもないからね、ただの腐れ縁よ、腐れ縁、よし!!じゃあ上州学園に行こう!!」

「イガ・・・・・・」

ショボくれたままの颯太を無視して、気を取り直したように夏海が言った。



上州学園に行くには距離的に電車に乗る必要があった。

ローカル鉄道のゆったりとした対面型の座席に颯太と紘が横並びで腰掛け、二人の向かいでは夏海が慌ただしくスマホに指を走らせている。



「ええっ!?それって床屋の間違いなの!?」

「中学になったら伸ばすって決めてたのに・・・おじさんがいつものクセでさ・・・五厘だよ、住職か!!ってね・・・写真も見せたんだぜ、ハハ・・・笑ってくれよ」

「そんな、笑うだなんて、そうなんだ・・・そんな過去が・・・辛かったね」

心地好く流れる電車に揺られながら、二人は朝の出来事がまるで嘘のようにすっかり打ち解けていた。



「ふーん、やっぱりアイツ本当に日本一だったんだね・・・でも小川君てどうして陸上部に入らないの?あんなに足速いのに・・・もったいないじゃん」

「それはさ・・・」

「馬鹿よ、馬鹿、ただ意地張ってるだけよ」

夏海がスマホを覗いたまま話に割り込む。


「へんっ!!お前に俺の気持ちなんか分かってたまるか!!全国3位だもんな!!大したもんだよ、立派立派!!あー立派・・・・・・ハァ・・・ほんと・・・いや・・・マジで・・・凄いよ・・・うん・・・」

「えっ!!そうなの!?・・・大場さん凄い!!!!」

颯太が何の恥ずかしげもなく僻み根性丸出しで誉めると、紘は目を丸くして驚いていた。


「いやいや・・・凄くないよ、ほんと・・・中学入ったら速い子なんてもっといっぱいいたし、そんな事分かってたんだけどね・・・うん」

そう言って夏海はどこか寂しげに笑った。



あれ・・・?


俺何か変な事言っちゃったかな?




「と・・・とにかく、俺はシマザキカイに勝つまでは陸上部には入らない事にしたんだよ!!」

「ふーん、そうか・・・・・・えっ!?何で!?全然意味が分からないんだけど、何でそんな考えになるの?」

「・・・まぁ、それが正常よね」


「じゃあ稲葉君、聞くけどさ・・・自分より速い奴がいるって知ってるのに、そいつがいない大会で優勝して・・・もし君なら本当に嬉しいか?」


「!!!!」


「それは本当の優勝なのか!!!?その時君は心から笑えるのか!!!?」


紘は颯太の言葉に震えが来た。

心を掴まれるとはまさにこの事だと思った。



何だコイツ・・・!?


コイツ・・・


すげぇカッコいい!!!!



「分かる!!分かるよ、小川君!!その気持ち!!」

「おおっ!!稲葉君、そうか、やっぱ分かってくれるよね!!」

「・・・・・・」

一気に盛り上がる二人に、夏海が冷めた眼差しを浴びせている。


電車は町の中央を切り裂くようにして外れの山の方へと向かい、刻々と三人を目的地に運んでいた。




上州学園外部 中等部専用 サッカーグラウンド




深い山々に囲まれた、上州学園が誇る緑鮮やかな人工芝グラウンド。

学校から少しばかり距離を置いた山の一部を切り開いて作られていたため、グラウンドの回りには樹海のようにビッシリと背の高い木々が覆い繁っている。

100名を優に越える部員達が、この最新の設備の整った最高の環境の中、所狭しと様々なメニューをこなし汗を流していた。


「オイ、1年、海の奴はどこで何してんだよ!?もう、前半のメニュー終わっちまったじゃねえか!!今日は総監督が来るんだぞ!!」

コートの一角では、斎藤春樹が1年生を呼びつけ怒鳴っていた。


「この時間にいないって事は・・・もう帰っちゃったんじゃないッスかね」

「えっ!?・・・帰っちゃったってオマエ・・・そうなの!?マジで!?」

斎藤は信じられないといった表情で聞き返した。


「居残りさせられてるとかないの?宿題忘れたとかで・・・まぁ・・・アイツに限って」

「無いッス!!斎藤先輩と違ってアイツ超真面目なんでそれは無いッス!!」

「!!!!」

切れ味の鋭い台詞に斎藤は白目をむいた。


「コホン・・・お前ハッキリ言うね・・・・・・100%か?」

「俺、同じクラスだし、100%無いッス」

「同じクラス・・・・・・そう、分かったよ」

斎藤は口ではそう言ったが、どこか納得がいかなかった。



いくら総監督(親父さん)が嫌だからってサボるような奴じゃねーはずなんだけどな・・・



「あ、そう言えば・・・」

「そう言えば、何?」

「昼休みに3年の権田先輩に呼ばれてたみたいだけど・・・それからちょっと元気がなかったような」

「ふーん、権田先輩にね・・・ありがとな、練習に戻っていーよ」

斎藤は1年生を解放すると、グラウンドの方に目をやった。

暫く全体をグルリと見回すと、やがて一人の部員に目が留まった。

その部員は斎藤程の上背はないものの、遠目でも分かる程骨太の筋肉質で、中でもその分厚い胸板が特に目を引いていた。

どちらかというと、サッカー選手よりもラグビー選手だと言った方がしっくりくるような体型だった。


いた、権田・・・



「おい、権田・・・春樹が」

「ん!?」

数人で輪になってボールを回していた内の一人が、近付いてくる斎藤に気付きそっと権田に耳打ちした。


「どうした?斎藤・・・恐い顔して」

権田は足下でボールを止めると、自分の方へ向かってくる斎藤に言った。


「・・・権田先輩、海が練習に来てないッス、サボるはずねーし・・・何か知らないスか?」

「・・・いや、知らねえ・・・」

「ふーん・・・すっとぼける気ですか!?」

「あ!?どういう意味だ?」

権田は斎藤を鋭く睨み付けたが、当の本人はまったく怯む素振りを見せなかった。

それどころかそこにいた上級生数人に対して全員を見下したような薄ら笑いさえ浮かべる始末だった。


「おい春樹!!さっきから先輩に取る態度じゃねーぞ!!」

他の3年生が斎藤に向かって声を荒げた。


「先輩・・・話聞いてるだけじゃないッスか、ね?すぐ済むんだからさ、ちょっと黙っててよ・・・」

「!!!!」

斎藤はその3年生の肩に強引に手を回すと、耳元でそう囁いて彼を黙らせた。


「いやね、1年の奴が言ってたんスよ、昼休みに海が先輩に呼び出されてたって、まさかとは思うけどね・・・何か言ったんスか?」

「!!・・・・・・斎藤、ここじゃちょっと・・・あっちに行かねーか?」

笑顔のまま突き刺すような視線を向けてくる斉藤に、権田は一瞬気まずそうな顔を見せると、グラウンドの隅の方を指差した。





「やっぱ何か言ったんだ・・・何言ったんスか?」

「・・・・・・」

誘導するように先を歩いていた権田は斎藤の問い掛けには一切答えず無言のままだった。

「無視ですか・・・まぁ、いーけど・・・」


「!?」

「・・・・・・どーしたんスか!?」

前を行く権田が急に足を止め、バックネットの向こう側をジッと見ている。


「オイ、斎藤・・・あれ他校の奴らじゃねーか?ほら、あそこあの木の陰の・・・」

権田が指差した方に目を向けると、バックネットを挟んでコートの外側を覆っている森の中には確かに木々の隙間でチラチラと動く人影があった。

「え?何?人?・・・あ、ほんとだ・・・」



デカい坊主に、チビに、女・・・



近付くにつれ、徐々にぼんやりと捉えていたシルエットの輪郭がハッキリとしてきた。

颯太に紘に夏海の三人だった。


夏海が上州学園に通う友人と事前に連絡を取り、学校から少し離れたこの場所まで図々しくも案内してもらっていたのだった。


上州学園の夏服は男女ともネイビーのポロシャツである。

外部とはいえあくまでも学校施設、白いシャツにブラウスを着た三人組は、勝手に侵入した余所者以外の何者でもなかった。



あの女子・・・胸の赤いリボンに紺のチェックスカート・・・

静和じゃねーか!!!!




「ゲ!!!!ばれた!!!!あのデカいパーマ頭・・・10番の人だ!!やっぱこんなの非常識だったんだよ!!!!早く逃げよう!!!!」

紘が近付いてくる権田と斎藤に気付くと、見苦しい程までに慌てふためいた。


「何言ってんだよ!!!!非常識だなんて最初から分かりきってるじゃん!!だって勝手に乗り込んでるんだぜ!!」

「嘘でしょ!?今さら!?」

颯太は声を荒げ、夏海が驚いたように紘を見ている。



うっ、正論・・・

まさか俺が非難されるなんて・・・



そうなのだ。

彼等の行いは誰の目から見ても非常識極まりなかった。


『グラウンドに行けばシマザキカイに会えるじゃん』

今思えば颯太の酷く雑な思い付きだった。


本来の紘ならば即座に否定し「練習が終わるまではどこか別の場所で待とう」とか、そういった常識的な提案が幾つか出来ていたはずだった。


ところが、ここへ来るまでのそこそこ長い道中、紘は颯太の熱にすっかり当てられ、その上、憧れである強豪校の練習風景をこの目で見られるとあれば、到底冷静でいられる筈もなかった。


「と・に・か・く!!!!近付いてきてるし早く逃げようよ!!!!」

紘はヒステリック気味にそう言うと、その辺の木にベッタリと張り付いて森の一部のようになっている二人の手を思いっきり自分の方へと引っ張った。


夏海はいとも簡単に引き寄せられたが、颯太の方はまったくと言っていい程ビクともしない。

それどころか何を思ったのか、それまで身を潜めていた森の中を抜け出し、彼らの元へ向かおうとしだしていた。


「おい・・・何しようとしてんだ・・・この・・・くそ馬鹿力め・・・言うこと聞けって・・・ぐぬぬぬぬぬ」

紘は何としてもあちらへは行かすまいと颯太の腰に手を回しもう一度颯太を森の奥へと引き込もうとする。

だがやはりその規格外のパワーの前にはまるで歯が立たず、ただズルズルと引きずられるだけだった。


「どどど、どーすんだよっ!!丸見えじゃんか!!」

遂に颯太は紘を引きずったまま、森の中から完全に抜け出してしまっていた。


「いや、だってせっかく向こうから来てくれてるのに・・・」

「このアホ!!!!指差すなって!!!!」

「あーもう・・・なら稲葉君は夏海の後ろに隠れてればいいじゃん、オーイ!!やっほー!!」

「ちょっと!!!!バリケード扱いする気!!!?」

そう言って颯太は向かってくる二人に大きく手を振りだした。

「・・・終わった、完全に・・・うぅ・・・何だって俺がこんな目に・・・・・・」

紘は泣きっ面になりながら殺気立って颯太を睨み付ける夏海の背後に隠れた。


「!?何だアイツ・・・舐めてやがんのか!?」

挑発するような態度の颯太を目にした権田は、何かのスイッチが入ったかのように突然猛ダッシュし始めた。


「春樹!!権田先輩どーしたの!?あれ誰!?」

「別に何でもないから!!練習続けてて!!」

異変に気付いて駆け寄ろうとする他の部員達にそう言うと斎藤は直ぐ様権田の後を追った。



今他校と問題起こすとマズいぜ先輩・・・



「オイ!!!!お前ら何してやがる!!とっとと失せろ!!」

権田が走ってきた勢いのままバックネットをくぐり抜けると、そのまま一直線に颯太に詰め寄りつばを巻き散らしながら激しく怒鳴った。


「まあまあ先輩、女子もいることだしここは穏便にね・・・君達一体何の用なの?誰か友達でもいるの?ここは一応ウチの施設だからね・・・勝手に入っちゃダメだよ!?」

後から来た斎藤がいきり立つ権田をなだめるように言った。

紘はすっかり怯えて、夏海の後ろでガタガタ震えながら縮こまっている。


「練習中迷惑掛けてごめんなさい!!俺は静和中1年小川颯太!!シマザキカイに会いに来ました!!」

颯太はまず割れんばかりの大声で謝罪すると、清々しい程までに堂々と自分の名前と用件を述べ、それから勢い良く二人に向かって深々と頭を下げた。



「・・・・・・」



唐突だった。

唐突すぎて、破裂寸前にまで膨れ上がっていた風船の空気が一気に抜けてしまう程だった。

颯太が二人に見せたお辞儀が、あまりにも美しく、まさにお手本のようだったからだ。



何故かこういうのはビビらないでできるのよね・・・

夏海がそっと思った。



「・・・えぇっと・・・あぁ海にね!?・・・あいにくだな、アイツなら今日は休みだよ」

「なっ!!!!」

斎藤が我に返って言うと、颯太はその言葉にショックを隠しきれず坊主頭を抱えた。


「ハハ・・・・・・わざわざ海に会いに来たのか、そりゃ残念だったな・・・・・・ん?」

そう言うと斎藤はしばし考え込んだ。



コイツ相当変な奴だな・・・にしても


この坊主・・・どこかで・・・


・・・うーん


・・・・・・どこだっけ?



「!?・・・・・・もしかして権田君!?」

「あん!?・・・・・・あ!!お前、紘か!?・・・何で!?」

紘が夏海の背後から顔だけ出して言った。

権田も紘に覚えがあったようで思わず目を丸くしていた。


「やっぱ権田君だ!!上州に入ってたんだね、すげえ!!」

「おぉ、ハハ・・・久しぶりだな・・・いや、別に俺は凄くなんて・・・」

「凄いよ!!上州でサッカーやってるなんて凄いじゃん!!」

「いや・・・だから、そんな事ねえって・・・それよりお前ら勝手に入り込んで・・・」

「あの上州だよ!?絶対凄いって!!自信持ってよ!!いやー・・・こんな所で会えるなんて思ってもなかったな」

「・・・・・・」

キラキラ目を輝かせている紘とは対象的に、一瞬は笑顔を見せたものの権田の表情は徐々に曇っていった。



「・・・知り合いなの!?」

「うん、小学校のサッカーチームのキャプテンだったんだ・・・俺が途中で転校しちゃったんだけどね・・・ほんとサッカー上手いんだよ」

夏海が驚いて聞くと紘が嬉しそうに答えた。


「・・・紘、お前静和なんだよな・・・まだサッカーやってんのか?」

「うん・・・昨日の試合、俺も会場にいたんだよ」

「そうか、じゃあ知ってるだろ?俺がベンチにも入れてなかったのを」

「え!?・・・・・・それは、その・・・」

権田のその問いに紘は言葉を詰まらせた。


「ベンチ入りもしてない俺が本当に凄いなんて思ってるのか!?あ!?」

「・・・いや、その・・・」

「人の面見てニヤニヤしやがって・・・ほんとはバカにしてんだろ?補欠にもなれないってよ」

「え!?馬鹿にするなんて・・・そんな事ないって!!」

「うるせえんだよ!!ドイツもコイツもふざけやがって!!全員ムカつくんだよ!!島崎に会いに来たのならアイツはいねえ、それ以外に用が無いならとっとと帰れ!!」

紘が何を言っても一切聞き入れない、今にも手が出そうな剣幕だった。


「う・・・あ、あの権田君・・・ゴメンなさい、俺・・・そんなつもりじゃ・・・」

権田のその尋常ではない様子に紘はただ謝るしかなかった。


「ちょっと!!!!先輩だからってそんなキツい言い方ないじゃないですか!!」

「ああ!?何だお前!?」

突然権田と紘の間に夏海が割って入って果敢に言った。


「大場さん、やめてよ・・・俺が悪いんだから・・・」

「違うでしょ!!」

「あ!?何が違うんだよ!?言ってみろ!!」

「じゃあ言わせてもらうけど・・・良いですか!?勝手に乗り込んだのはもちろんあたし達が悪いし、これが非常識な事だって分かってます、それで怒られるならあたしは何も言わない・・・でも!!ベンチがどうとか言う話はアナタが勝手に持ち出したんじゃない!!ただ稲葉君に当たり散らしてるだけよ!!それで稲葉君に酷い言い方するのは絶対違う!!」

「!!!!・・・それは・・・コイツが人の顔見てニヤニヤしてるから・・・」

夏海のいかにも筋が通ったような指摘に権田の歯切れが悪くなった。

夏海も自分達に非があるのは充分分かっていた。


普通ならこんな事言える立場じゃない・・・


が、とにかく紘を助けようと必死になった結果だった。


「ニヤニヤしてたからって馬鹿にしてるなんて思わないで下さい!!懐かしくてつい笑顔になっただけじゃない!!それなのに・・・」

「それは・・・そうかもしれねえけど」

「とにかく!!!!あたしは目の前で友達が酷い言われ方されたら絶対に黙ってない!!怒るならちゃんとした理由で怒って下さい!!!!」

「くっ・・・」

一歩も引かない夏海の態度に押され、権田は何もできずにジリジリと後ずさっていた。

夏海の機転で完全に立場が逆転していた。





『アッ!!!!』


『!!!!』



斎藤が突然大きな声で叫んで颯太の顔を指差した。

そのあまりのボリュームに、張り詰めたままだった夏海達も彼に注目せざるを得なかった。


「思い出した!!!!お前アレだろ!?去年のあの陸上大会にいた坊主だろ!?海と走った奴だろ!?」

「えっ!!!?俺の事知ってんスか!?」

「知ってるよー!!(大泣きして目立ってたし)お前スゲエ速かったもんな・・・いやー惜しかったよな、スタートさえ決まってれば海にも勝ってたんじゃねーのか?」

「ハイ!!!!そーなんスよ、俺スタート下手くそ過ぎて・・・」

「もしかしてさ、お前・・・海に会いにって・・・その・・・リベンジに来たとか?」

「そうッス!!!!リベンジッス、もう一度シマザキカイと走りたいッス!!!!」

「うおおおおおっ!!マジか!!良いっ!!お前滅茶苦茶良いじゃん!!最高だよ!!やっぱお前スゲエ面白いよ!!」

「ウッス!!アリガトウッス!!」

斎藤が嬉々として颯太の肩をバンバンと叩いた。

颯太の方も、斎藤のその対応はまんざらでもないようだった。


権田、夏海、紘の三人は、二人の唐突な意気投合にしばし唖然とするだけだった。


「・・・・・・えーっと、いや・・・まぁ何だ、その・・・久々なのにキツい言い方して悪かったな、確かににその彼女の言う通りだ・・・ちょっと俺も今色々あってな、お前につい当たっちまった・・・スマン」

妙な空気を仕切り直して権田が言った。

先程までとはうってかわって随分と気を使ったような話し方だった。


「あ、謝らないでよ、俺も久しぶりすぎて興奮しちゃって・・・」

「でも紘、何にしてもお前らがここに居ることは決して良い事じゃない・・・とにかく今は練習中だ、分かってくれるよな」

「うん、ごめん」

「それと・・・やっぱり俺は少しも凄くなんかねえ、昨日の試合だって最後の大会なのにベンチにも入ってねえ・・・ここには俺より凄い奴なんてゴロゴロいる・・・ここはそういう所だ」

「そんな事・・・」

紘はそれ以上何も言えなくなってうつ向いた。



そう言えば大場さんもそんな事言ってたな・・・


二人は俺なんかと違って間違いなく凄い人なのに・・・


そんな事言うなんて・・・


・・・きっと俺みたいな中途半端な奴には一生掛かっても分からない感覚なんだろうな・・・





「あー笑った、笑った・・・まぁそうだな、そんなに海に会いたいなら・・・お前らの2年の姫野って奴に海の連絡先教えとくよ・・・それで良いか?えーっと・・・小川だっけ?そしたら次は簡単に会えるんじゃないの?」

「はい!!小川颯太ッス!!2年のヒメノ君ッスね?アリガトウッス!!」

斎藤は目尻に溜まった涙を拭いながら颯太に言った。


「えっ!!!?姫野先輩に・・・!?」

姫野の名を聞いた瞬間、紘の背筋がピンと伸びた。


「よし!!ソータ、今日の所はこれでいいな?用事も済んだならもう俺らは練習に戻るから・・・お前らも気を付けて帰れよ・・・じゃあな!!」

「ウッス!!ありがとうございましたっ!!」

「うっ・・・姫野先輩に連絡が・・・ヤバい・・・」

「!?稲葉君、顔色が・・・大丈夫!?」

斎藤のその計らいに反応は三者三様だった。


笑顔で手を振って見送る斉藤と、その横でムスッとした表情で腕を組んだままの権田に一礼し、三人はようやく帰路についた。






「斎藤・・・島崎の事なんだが・・・」

「あ、忘れてた・・・ハハ・・・」

「多分お前の思ってる通りだよ・・・俺はアイツに嫉妬してたんだ・・・入部早々レギュラーなんて・・・きっと総監督の息子だからとか・・・最初はくだらない理由だったよ」

権田が遠ざかって行く三人の行方を見つめながら言った。


「でも・・・アイツの実力は本物だったでしょ!?」

「あぁ、間違いねえ・・・本物だ・・・去年お前を初めて見た時も思ったけどな」

「ハハ、そりゃどうも・・・で、その実力に嫉妬して海にネチネチ言っちゃったわけだ」

「まぁ・・・そうかも知れねえ・・・」

「で、何て言ったんスか?」

「・・・俺はな・・・俺は・・・・・・」

「・・・俺は?」

言葉に詰まっている権田を誘導するように斎藤が言った。



返事によっちゃあ・・・先輩・・・



斎藤は再び沸き上がった権田に対する沸々とした想いを何とか必死に押さえ付けていた。



「・・・・・・俺はアイツに


『本気で勝負出来ない奴がウチのユニフォームを着るな』


って言ったんだよ・・・」

「えっ!?どういう・・・」

斎藤は権田のその言葉に耳を疑った。



えっ!?


何だそれ!?


・・・・・・!?



「・・・大会前にやった紅白戦・・・あの時、アイツはあからさまに手を抜いてやがった・・・ここ最近の数試合を見て分かったよ・・・アイツはあの時・・・マッチアップした俺に花を持たせようとしてたんだってな」

「それは・・・・・・」

「ま、それでも俺は最後の大会メンバーには選ばれなかった・・・それは良い、俺は全力を出してその結果だったからな・・・けどアイツのやった事は許せねえ・・・真剣勝負で手を抜くなんて・・・入ったばかりの一年に情を掛けられるなんて・・・そんな屈辱あるか!?」

「・・・・・・」

権田に大した言葉も掛けられず、斎藤はただ呆然とするだけだった。




俺は・・・・・・




「入部する前、島崎監督に言われたよ・・・『三年間1度も公式戦に出れない可能性もある、覚悟は出来てるか?』って・・・それがこんなに辛いとは思わなかったけどな・・・それでも俺はここでサッカーがしたかった・・・俺だけじゃねえ、ここにいる奴らはみんなその覚悟があってここでサッカーする事を選んでる・・・でもアイツがした事は・・・俺が今までずっと耐えてきたことを台無しにしやがった・・・それが俺の誇りだったってのに・・・俺にはそれがどうしても許せなくて・・・」

斎藤は暫く権田の顔を見る事が出来なかった。

権田は肩を震わせて、込み上げてくる物を必死に堪えていた。

だがどうやらそれも限界だったようだ。




俺は馬鹿だ・・・



それも


救いようもないくらいの大馬鹿だ・・・



ウチに・・・

俺が考えてたようなつまらない奴がいるわけねぇ・・・



ずっと一緒にやってきたってのによ・・・



こんなにサッカーが好きな人なのに・・・



それなのに・・・







「・・・結局俺は監督の言った通りとうとう三年間1度も公式戦のピッチに立てなかった・・・泣くなら絶対試合でって決めてたんだけどな・・・クソ、それも出来なかったぜ」

「権田先輩・・・あの、すいませんでした!!!!俺・・・ほんと・・・」

「やめろ、やめろ!!お前に謝られるなんて気持ち悪い!!まったくよ、紘の奴といい・・・今日はほんとよく謝られる日だ・・・」

頭を下げる斉藤に、涙を拭いながら権田が言った。


「・・・・・・そうッスね、俺が謝ったら気持ち悪いッスね、ハハ・・・じゃ、今の無しで!!」

「ハッ、ホントお前は掴み所がねーな・・・人の弁当勝手に食うしよ・・・」

「ハハハ、流石に先輩の弁当は食べませんけどね・・・よし、じゃあお互いにスッキリした所で練習に戻りますか!!」

「あぁ、そうだな・・・・・・なぁ斎藤、一つ良いか?」

「?・・・何スか?」

憑き物が落ちたようなスッキリとした表情で権田が切り出した。


「・・・俺はここの高等部には行かねえ、他の高校に行く事にしたんだ・・・」

「!!!!・・・・・・そうなんスね」

「まだどこの高校かは決めてねぇがな、でもサッカーは絶対に辞めねぇ、そこで這い上がるつもりだ・・・

その時、そこの仲間達に自慢させてくれ!!



俺は・・・



全国制覇した連中と一緒にサッカーしてたんだって



最強サッカー上州学園の一員だったってな!!!!



二度は言わねぇぞ!!!!わかったか!!!?」



「!!!!」



斎藤の内側に押さえられない程の衝動が走った。




「・・・・・・上等だよ・・・先輩、自慢しすぎてその仲間に嫌われんじゃねーぞ!!!!」





その年の夏、上州学園中学サッカー部は創部以来初の全国制覇を成し遂げることになる。







「結局島崎君には会えずじまいだったね・・・でも連絡先は教えてもらえるんだし、まったくの無駄じゃなかったのかな・・・」

「うぅ・・・姫野先輩・・・恐ろしい・・・」

帰りの駅に向かう道中だった。

紘は姫野の名前を聞いてからずっとこの調子だった。

夏海が何度か気に掛けたが、「・・・大丈夫」の一点張りでそれ以上は何も語らなかった。


もう夜の7時に差し掛かろうかという時間だったが、七月の初旬である。

日は落ち掛かっていたものの、辺りはまだ大分明るいままだった。


「うぅ・・・かゆい、かゆいよおおおおおお」

「だから虫除けスプレーしろって言ったのに・・・ほんと馬鹿ね」

「かゆかゆかゆ・・・あああっ!!かゆーーーーい!!」

颯太はというと、斎藤達と別れてからずっと虫刺されに苦しんでいた。


「まったく!!さっきからろくに会話出来てないじゃない!!何なの二人とも!!あたしに退屈で死ねってこと!?」

「!!い、いやそういうわけじゃ・・・ないんだけど・・・ハァ・・・」

突然怒りだした夏海を紘がなだめた。

それでもすぐにまた紘は、深い溜め息と共に脱け殻のようになって憂鬱な表情を浮かべるのだった。


「もう・・・」

夏海は呆れ果てて、いっそ二人は放っておいて一人で早足で駅まで歩こうという結論に達した。


駅までの道のりには田畑が広がり、それに隣接する民家や住宅がたまにポツリとあるだけだった。

他にめぼしいものなど特に無く、のんびりとした景色がただただ続いていた。


駅までホント何も無い・・・

コンビニも・・・

不便極まりないって感じだわ・・・



「!?」


夏海がふと足を留めた。

行きにも見かけた、公園に差し掛かったところだった。

遊具と言えば砂場と滑り台くらいしかない、小さな公園だった。



「いてっ!!」

ろくに前も見ずに歩いていた颯太が、その場に留まっている夏海にぶつかった。



「おい、何してんだよ!?」

「ねぇ颯太、アレ・・・」

夏海が公園の中を指差した。



「・・・昨日のアイツだ、間違いない・・・スゲェ」

続けざまに紘がそう言って、一点を食い入るように見つめていた。



そのたいして広くもない公園には一人の少年がいた。


ネイビーのポロシャツにグレーのパンツ、上州学園の生徒だった。



少年はそれが心の底から楽しいのか、笑顔を絶やさぬまま全身を器用に使ってリフティングをしていた。


少年が戯れるボールは、まるで意思をもった生き物のように彼の体の上で何の制約も受けず自由に躍動している。


「うわ、凄ッ・・・・・・」

夏海の口から自然とこぼれた。


夕焼けのコントラストを背景に、彼が魅せるリフティングはどこか幻想的で、見るものの心を捉えて離さない不思議な魅力に溢れていた。


夏海は、これ程までに美しい情景を目の当たりにして、何の感動も覚えない人間などこの世に存在しないのではないかとすら思った。


ただ一人を除いては。




「シマザキカイ!!!!」





ボールの弾かれる音だけが耳を打つ、そんな静寂さを突然切り裂くような大声で颯太が叫んだ。


颯太の叫び声に驚き、少年が思わずその動きを止めた。


それまで自由に宙を跳ね回っていたボールは、糸が切れたように何の感情も無く地面へと落下すると、何度かバウンドして颯太の足下に転がって行った。



「・・・・・・君は」



少年はボールが転がり着いた先の颯太の顔を見て言った。



小川颯太、島崎海



およそ一年振りの再会だった。







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