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私は家業を継ぎたいの!

作者: もあい


 王立魔導学園。グラム王国が誇る名門学園であり、そこに集った貴族の子息たちが将来の地盤を固めるための社交の場でもある。


 そして今日は卒業式。きらびやかな衣装をまとった彼ら、彼女らは、婚約者や意中の相手と最後の夜を盛大に楽しむのだ。


 だが、華やかなはずの卒業パーティーは、突然の異常事態に静まり返っていた。


 パーティーの会場、大広間の中心で、私――ソーディア・バルムンクは皆の好奇と嘲笑の視線を一身に浴びていた。なぜか、なんて問いは出ない。私がこの事態の当事者であり、これから断罪されるからだ。


 私の目の前、大広間の階段の上には端正な顔立ちに輝く黄金の髪を持つ青年と、そのそばに寄り添う銀髪の美しい少女が、静かに私を見下ろしている。


 彼らが私の断罪執行人。私の婚約者である第一王子、ヴィルヘルム・フォン・コールブランドと伯爵令嬢ソフィー・フランベルジュだ。二人の姿は、雄々しい太陽の神と麗しい月の女神が並び立っているようで、立場を忘れてつい見惚れてしまいそうになる。


 加えて、騎士団長やら大臣やら宰相やらの息子たちが、まるで私から彼ら――正確には『彼女(ソフィー)』だろうが――を護るように並び立っている。その眼は、すぐにでも私を殺してやろうと、憎しみで爛々と輝いている。……まあ、彼らはただのおまけなのだけれども。


 異常事態――なんてことはない。この卒業パーティーという場において、王子ヴィルヘルムは、私との婚約を破棄しようというのだ。理由は、次期王妃として相応しくない言動や振る舞いをしたから、そしてソフィーをいじめ殺そうとしたから、というものである。


 だが私は、何のことかわからないという風に、小首をかしげてウィルに問う。


「ウィル? これはいったいどういうことかしら? どうして、あなたの隣にその女狐がいらっしゃるの?」


「……それはそなたが一番分かっているだろう、ソーディア(ティア)。ソフィーにした仕打ち、忘れたとは言わせないぞ」


 その問いに、ウィルは苦々しく答える。まるで言葉を発すること自体が苦しいとでもいう風に。そんなウィルを労わるように、ソフィーはスッとウィルに寄り添った。


 ウィルの言葉を皮切りに、おまけたちが口々に罵りの言葉を吐き始める。


「貴様がソフィーをどれだけ泣かせたと思っているのだ!!」


「女狐とは……ドブ猫の言うセリフではないですね。ああ、家柄を利用するような下種だからこそ、そのような言葉が出るのでしょうね」


「言葉に気をつけろよ……! 次にソフィーを侮辱したら、その汚らしい黒髪をひっつかんで、地面に叩きつけてやる……!!」


 彼らにとっては憎い敵なのだろうが、しかしこの罵倒の数々は紳士が淑女にかけるにしては乱暴この上ない。彼らのモラルが心配だ。それに、確かに私の黒髪はソフィーの月光のような銀髪には劣るが、それにしたって汚らしいというのは無いだろう。手入れだって毎夜きちんとしているのに。


 おまけたちの罵倒に少しイラッとはしながらも無言で受け流していると、ふと壇上のウィルとソフィーと目が合った。心情を表すかのように揺れる彼らの瞳を見た私は、少しだけ微笑んでスッと手を上げる。


 その動きにおまけたちは反応し、一瞬だけ罵倒に隙間ができる。その隙を見逃さず、私はすかさず口を開く。


「では……私はどうなるのかしら?」


 それを聞いたおまけどもが、再び私を罵ろうとするが、「待て」というウィルの言葉に口を閉じる。


「どうなるのか、と聞いたな。ならば答えてやろう」


 静まりかえる会場の中、ウィルの言葉だけが凛と響く。


「私はそなたを――」


 そして私はウィルの言葉を待った。婚約破棄をする、という彼の言葉を。


 それは、私が今まで待ち望んでいた言葉だったから。



 ・ ・ ・



 バルムンク家。


 グラム王国が建国された当初から、公爵家として国を支える家系であり、国きっての武闘派である。この家の当主は代々、王国軍を率いる将軍を勤めてきた。


 だが、支えるのは何も表の面だけではない。


 王族と、極少数の人間しか知らないバルムンク家のもう一つの顔。それは国家のために邪魔者を消す、影としての顔である。


 千年に近い歴史を持つグラム王国であるが、その当初からバルムンク家は表には出せないような汚れ仕事を請け負ってきた。諜報活動はもちろんとして、求められればどこぞの国の王だって暗殺してきた。


 王国を含む周辺国家の大事件の裏には常にバルムンク家の影があり、それらの事態は常に王国にとって有利に動く。今の王国の繁栄は、バルムンク家なくしては実現できないだろう。


 そんな影の当主に就くのは、決まってその代で最も腕の立つものである。男だろうが女だろうが関係ない。殺しを含む各戦闘能力、知謀、判断力、統率能力など。心技体のすべてを兼ね備えた人物こそが、当主の座へと就くのだ。


 そして今代。


 5人いる兄妹の中で最も優秀な能力を発揮し、次期党首に選ばれたのがこの私、ソーディア・バルムンクという訳なのだ。


 影のトップになる、それは本当に嬉しいことだ。いくつか仕事をこなして感じたが、私はこの家業が大好きなのだ。だから絶対に当主の座に就きたいのだ。だが、一つ問題がある。貴族の令嬢がどうやって行方をくらませるか、ということだ。


 男であればいくらでも言い訳が効く。小競り合いに行って命を落としただとか、狩りの途中に事故に合っただとか、どうとでもいえる。だがそういった荒事を貴族令嬢が消えるに際して、言い訳にはできない。だからこそ、婚約破棄である。


 王子に振られた性格の悪い令嬢は、誰からも相手にされず絶望し、失踪した。この度の婚約破棄騒動は、そう結論付けるための茶番劇なのだ。

 ウィルは当然として、ソフィーも仕掛け人である。そもそも彼女は私の親友だ。そして本来のウィルの婚約者でもある。


 なお、なぜこんなめんどくさいことをしているかというと、なんでも初代女性当主の逸話に倣ったらしい。




 ・ ・ ・



 そんなわけで茶番もクライマックス。


 あとはウィルが婚約を破棄すると宣言して、私は涙を見せながらこの場を走り去る。あとは私の両親が、それとなく私が失踪したと噂を流して、それで終わり。私は晴れて家業を継げるという訳だ。


 だが。


「そなたと――」


 なんだかウィルの様子がおかしい。あと一言言えば済むはずなのに、一体どうしたというのか。そのままウィルは、黙り込み、スッと目を閉じる。


 ソフィーやおまけどももそれに気がついたのか、怪訝な顔をしている。


 数秒、沈黙が流れる。

 焦れた私が催促をしようと口を開きかけた瞬間、ウィルはパッと目を開く。その眼は座っており、頬は少しばかり紅潮していた。どこかで見たことがある表情……そう、ウィルは昔から、そんな癖があった。何か覚悟を決めた時は……。


 ふと、嫌な予感がした。そして、大抵こういう時の予感というのは当たるのだ。


「――そなたと婚約破棄を……しないっ!!!!」


「ハァ?!」


 思わず間抜けな声が出てしまった。だがそれは私だけではない。ソフィーもおまけも、会場にいる全員がそんな声を上げている。


 そんなことはお構いなしに、ウィルはしゃべり続ける。


「ティア……その夜空のような黒髪も、黒い真珠のような瞳も、透き通った肌も薔薇のごとき唇も……そなたのなにもかにもが、私を引き付けてやまないのだ。そなたとの婚約を破棄するなど、やはり私には考えられない。いや、これでは順序が違うな。私が婚約を破棄するのではない、ティア! どうか私と添い遂げてはくれまいか、そなたがそばにいれば私はいつまででも頑張れる。そなたのその凛とした性格も――」


 突如始まった王子の公開告白に、誰も彼もが呆気に取られている。修羅場に慣れた私ですら、あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。ウィル、いつもの冷静沈着で聡明なあなたはどこへ行ってしまったのか、誰か教えてください。


 だがこのまま放置するわけにはいかない。このままでは、下手をすればバルムンク家の秘密が暴露されてしまう。そして私が家業を継げなくなってしまう。


 私は素早く、ソフィーにアイコンタクトを送る。私の意図を理解したのか、ソフィーも小さく頷いた。


 ――ほら来た!


「だいたい、このような個人を貶める場を作り出すことこそがおかしいだろう。バ――」


 それ以上は言わせない。


 バルムンク家の話が出ようとしたその瞬間、私は素早く人さし指に風の魔力を集中し、即座に撃ち放つ。極小無音の風の弾丸は、寸分違わずウィルの眉間にヒットする。


 話すことに集中し無防備だったウィルは、その一撃をまともに食らい意識を飛ばす。そして彼が倒れる瞬間に、ソフィーがその体を支え、愁いを帯びた表情を作る。そして皆に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「大丈夫ですかウィル様。熱病があるなら無理をせずに休みましょう。さぁ、奥へ下がりましょう」


 慈愛の女神が如く、ソフィーはウィルを支えいたわりの言葉をかける。きっと素晴らしく画になっていることだろう。だからこそ、私への注意が消える。


 全員の視線がソフィーへと注がれるのを気配で確認し、私は誰にも気がつかれないままこの場から走り去る。この程度、訓練を積んだ私ならわけもない。ソフィーのサポートがあるからなおさらだ。


 無人の廊下を走り去り、会場から飛び出る。


 宝石箱のような夜空に輝く満月が見えた時、私は――影としてはあるまじきことではあるが――思わず言葉が漏れ出てしまった。


「いったいどうしてこうなったの……!」

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