おそらのうえの…
おそらのうえの…
うららかな春の日差しが街の隅々までもポカポカ日和に変えようとがんばっているある日のこと…
猫のゴロニャンはお気に入りの屋根の上からすぐ下を通る道を眺めていました
眠気を誘うお日様に
下がるまぶたをぱちぱちと…
大きなあくびをあふあふと…
ゴロニャンが道の先にある曲がり角を見ていると帽子をかぶった女の子が歩いてきました…
草木の香りのそよかぜに
黄色い帽子をピョコピョコと…
ピカピカお靴をてくてくと…
女の子はふと、屋根のゴロニャンを見つめて立ち止まりました
「こんにちは」
突然の声にゴロニャンは驚いて女の子を見つめて首をかしげました
女の子はそんなゴロニャンにニッコリ笑顔をみせると歩いて行ってしまいます……
ゴロニャンは初めてのことに不思議な心のホンワカを感じて、とても幸せな気分になりました
次の日も…そのまた次の日も…
毎日同じ時間に女の子は挨拶をしてくれました
3回ほどお日様が顔を出したでしょうか…
ゴロニャンはいつものように女の子の「こんにちは」に首をかしげてから、後をついていくことにしました……
ピカピカお靴がてくてくと…
よっつのあんよがソロソロと…
女の子はゴロニャンに気がついて、歩きながらいつもの笑顔を見せました
それを見たゴロニャンは心をホンワカさせながら、女の子についていきます
この子のそばにいれば、ずっと心のホンワカが続くと思ったのです
黄色い帽子がピョコピョコと…
曲がったシッポもピョコピョコと…
どれほど歩いたでしょうか…
女の子は赤い屋根のお家につくと、振り向いてバイバイしてから玄関の扉の中へ入ってしまいました…
ゴロニャンは女の子のお家の前で首をかしげました
ついてきたのはいいけれど女の子の姿はもう見えません
まわりを見渡してみてもまったく知らない景色です
ゴロニャンは不安な気持ちでいっぱいになりました
知らないお家に知らない空き地…
知らない空に知らない香り…
ゴロニャンは近くにあった大きな岩に飛び乗るとまるくなって目を閉じました
あまりにも不安だったので女の子がお家から出てくるまでじっと待つことにしたのです
やがて夜が来てゴロニャンはいつの間にか眠ってしまいました
不安な気持ちの寒い夜…
暖かい夢と恋しいホンワカ…
まぶしい朝日に目を覚ましたゴロニャンは扉が開いたのに気がつきました
女の子が出てきたのです
「おはよう」
ゴロニャンに気がついた女の子は笑顔であいさつをしてどこかに歩いてゆきました…
ゴロニャンは心をホンワカさせながら着いていこうかと考えましたが、やっぱり待っていようと決めました
また迷子になるのが怖かったし、ここにいれば女の子が戻ってくると思ったのです
ひなたの岩にまんまると…
暖かシッポをユラユラと…
しばらくたつとゴロニャンの思ったとおりに女の子が帰ってきました
まるまったゴロニャンを見つけると、嬉しそうに笑顔を見せてくれました
「こんにちは」
ゴロニャンは暖かな気持ちに満たされながら、お家に入ってゆく女の子にシッポを振りました
そうして女の子を待っていると、また寒い夜がやってきたのです…
ゴロニャンはとても困りました
迷子になってからずっとご飯を食べていなかったので、とてもお腹がすいていたのです
しかし、ここから離れたら女の子に会えないし、また迷子になるかもしれません…
まっくら風がヒューヒューと…
すいたお腹がグーグーと…
ゴロニャンはお空の上の誰かさんにお願いしてみることにしました
猫達はたまに何もない空中の一点をみつめて、お空の上の誰かさんとお話をすることがあるのです
「おなかがへらなくて、寒くもなくて、ずっとここにいられるようにしてください…」
ゴロニャンは真っ暗なお空を見つめ続けました
いくら待っても返事はありません…
寒いお空にブルブルと…
冷たい耳がピリピリと…
いつの間にかゴロニャンは深い眠りに落ちました…
次の朝…ゴロニャンが目を覚ますと景色がぼやけて見えました
どうやら空から水が落ちてきているようです…
そうです…雨が降ってきたのです…
雨は毛が濡れるし、とても冷たいので猫は雨が大嫌いなのです
ゴロニャンはあわてて女の子の家の軒下に隠れようとしました
すると…どうしたことでしょう
少しも体が動きません
シッポも、脚も、ヒゲさえも、まったく動かせないのです…
ゴロニャンはどうしたらいいのかわからずに、泣き出しそうになりました…
うごかぬ耳にジトジトと…
うごかぬあしにピシャピシャと…
しばらくたつとゴロニャンはおかしなことに気がつきました
これほど濡れているというのに少しも寒くないのです
それに、あれほどお腹が減っていたのに今はなんともないではありませんか
ゴロニャンは不思議でなりませんでした…
するとそのとき、扉が開いて赤い傘をさした女の子が出てきました
女の子は岩の上で動けないでいるゴロニャンをじっとみて首をかしげます
「おはよう…」
おかしな顔であいさつをすると女の子はいつもの道を歩いて行ってしまいました…
ゴロニャンは少しさみしい気持ちになりました
女の子の笑顔を見ることができなかったからです
まっかな傘がユラユラと…
心のおくがモヤモヤと…
しばらくしてからゴロニャンはふと、足元の水たまりに気がつきました
水たまりには岩の上にちょこんとまねき猫が乗っている姿がうつっています
それを見ているうちにゴロニャンは気がつきました
そうです、ゴロニャンは陶器でできたまねき猫になってしまったのです
ゴロニャンはお空の上の誰かさんが願いを叶えてくれたのだと思いました
これならお腹も減らないし、寒くてふるえることもありません
動けないけれど毎日女の子に会えるし、迷子にだってなりません
ゴロニャンはとても嬉しくなりました
キラキラの雨がぽとぽとと…
どれだけ待ってもワクワクと…
やがて女の子が帰ってきました…
しかし女の子はゴロニャンがまねき猫になってしまった事を知らないのです
女の子は岩の前で立ち止まり、首をかしげました
猫さんどこかにテクテクと…
かわりに猫さんコロコロと…
女の子は大きくうなずいて、いつもの笑顔をまねき猫にみせました
「こんにちは」
女の子は元気にあいさつをしてお家に入っていきました
ゴロニャンは心をホンワカでいっぱいにして喜びました
まねき猫にかわってしまったゴロニャンに女の子が笑顔であいさつをしてくれたからです
笑顔のあいさつドキドキと…
心の中がポカポカと…
それから毎日、女の子はゴロニャンに笑顔をみせてくれました
ゴロニャンは雨の日も風の強い日も、毎日心をホンワカさせて暮らしました
どんな日だってニコニコと…
毎日心をポカポカと…
どれほどの月日が流れたでしょうか
いつものようにゴロニャンが女の子の帰りを待っていると、遠くのほうから泣き声が聞こえてきました
なんだろうかとゴロニャンが道の先をみていると、女の子が泣きながら走ってくるではないですか
よくみてみると女の子の後ろを大きな犬が追いかけてきます
ゴロニャンはあわてて女の子を助けようとしますが、動くことができません
どんなに力を込めてみても、まねき猫のゴロニャンは少しも動けないのです
女の子は泣きながらお家にたどり着きましたが、手がふるえてうまく扉を開くことができません
犬はゴロニャンのすぐ目の前にやってきて女の子に向かって吠えました
それを聞いた女の子はついに座りこんで大声で泣き出してしまいました
うごかぬからだにイライラと…
吠えるわんこにプンプンと…
ゴロニャンはいそいでお空の上の誰かさんにお願いしました…
自分はどうなってもかまいませんから女の子を助けてください…
その時です…
突然、ゴロニャンのまねき猫になった体がグラッとかたむきました
ゴロニャンは精一杯の力を込めて、吠えるわんこの頭に向かって落ちてゆきました…
大きな岩からグラグラと…
わんこに向かってグングンと…
ガッシャ~ン!
突然ゴロニャンの硬い体を頭にぶつけられたわんこは逃げていきました…
女の子は大きな音に驚いて顔をあげました…
岩から落ちたあと…
ゴロニャンは動くことができずにぼやけた空を見ていました…
わんこがどこかにキャンキャンと…
晴れたお空がのびのびと…
すると頬を涙でぬらした女の子がやってきてゴロニャンを抱きしめました…
ゴロニャンは今までにないくらい心がホンワカでいっぱいになりました…
女の子が無事だったことがなによりも嬉しかったのです…
元気な姿にホンワカと…
おてての温もりホンワカと…
そして女の子はぽろぽろ涙を流し、何かを拾いはじめました…
ゴロニャンは知っていました…
ゴロニャンの体は岩から落ちたときに粉々に割れてしまったのです…
女の子はゴロニャンのかけらをひとつひとつ、涙をこぼしながら集めてくれているのです…
大きな涙がぽろぽろと…
小さなかけらがカシャカシャと…
ゴロニャンは少しずつ自分がお空に浮かんでいくのに気がつきました…
ふと下をみると、女の子がいつまでも涙をこぼしながらかけらを集めています…
ゴロニャンは心のホンワカを知りました…
ゴロニャンは本当の幸せをみつけたのです…
春の日差しのほんわかを…
みんなの心にほんわかを…
もしあなたが路地裏や公園で、何もない空中をじっと見つめる猫をみかけたら…
そっとしておいてあげてください…
きっとその猫は…
お空の上の誰かさんと…
心の中でお話をしているはずですから…
おしまい