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脱出至難の恋迷宮 バカップルは今すぐ別れたい!

 私とリートは「村一番のバカップル」なんて言われてるけど、ちっとも気にしてなんかいない。むしろ祝福の言葉なんじゃないかと思ってる。言い換えれば、私たちは村一番の仲良しってことだもんね。

 さっきもレストランの給仕さんが「うわ、あのバカップルが来た……」って言ってるのが聞こえたけど、そりゃ来るわよ予約してるんだから。

 なにしろ今日は初めての結婚記念日。

 とびきりおしゃれして、手を恋人繋ぎして寄り添って、ウッキウキで食事にやって来たってわけだ。窓際の特等席で見つめ合い指を絡ませ合い、あははうふふと笑い合う。私たちは、只今二人の世界を満喫中なのだ。


「リート君、お口にソースついてる。拭いてあげるね」

「ありがとうニアたん。じゃあお礼に食べさせてあげる、あーん」

「やだぁ、リート君ったらぁ」

「ニアたんホント可愛いなあ。今日は特別な日だし、ほら、あーん」

「リートくぅん♡」

「ニアたぁん♡」


 頭の中お花畑だね、なんてこともよく言われる。これも全然気にしてないけど。というか、いつも幸せで年中春みたいだなあって自分でも思う。

 給仕さん、淀んだ目をして「死ねやゴラァ」って呟いてるけど、私たちの幸せをおすそ分けをしてあげたら笑ってくれるかな。


「はい、ニアたん、あーん」

「あーん……はぁぁん♡美味しいぃ」


 頬を両手で包んでえへへと笑った。リートに食べさせてもらうと、料理が百倍美味しくなってうっとりしてしまう。彼はいつも優しいしイケメンだし働き者だし、あーんもしてくれる、この世で一番最高にエクセレントで超絶素敵な、愛しい私だけの旦那様なのだ。


 リートは一年前、隣村からやって来た青年だ。

 彼は王都で騎士になると決意して村を出たらしい。同じ日、私は買い物で隣村に向かっていた。村境の橋の上で二人が出会ったのは運命だった。

 颯爽と歩く彼を見た瞬間、目が眩んだ。発光体が現れたかと思った。彼はキラキラと光り輝きその背後には花吹雪が舞い、ファンファーレが鳴り響いた。

 私は一瞬で恋に落ちていた。

 後日、親友から「眼と耳と脳が同時に病んだようね」との言葉を賜った。祝辞だろうか。

 それはともかく、私が息を止めて立ちつくしていると、いきなりリートが走ってきてひざまずき声を裏返して叫んだ。「僕はあなたに会う為に生まれてきました!」と。

 これも「ゲロ甘愛のポエマーか!」と親友は宣った。やはり祝辞だ。

 それまでの私は高齢の祖母と二人暮らしだったので、女所帯は何かと不用心だから……家に来て、と勇気を振り絞ってお願いした。恋しいリートを王都へ行かせたくなかったのだ。あのまま別れてたら、私は多分死んでただろう。

 彼は満面の笑みで大きく何度も頷き、抱きしめてくれた。そしてその夜、速攻で身も心も結ばれ、私たちは夫婦になった。

 「バカップル爆誕!」も親友の弁。


 代わる代わる食べさせっこしていると、ふと視線を感じた。窓を見ると三、四歳くらいの女の子が張り付いている。全身がガラスに密着してるってことは、台にでも乗っているのだろう。ふっくらほっぺの可愛い女の子は、まん丸い目でこちらをじっと見ていた。


「リート君……この子知ってる?」

「いや全然」


 ポカンとしていると、私たちが気付いたことが嬉しいのか、幼女はニマっと笑い更にガラスに張り付いてきた。鼻がぺちゃっと潰れる程に。

 やだこの子可愛いなどと思っていると、ピシピシと妙な音が聞こえてきた。なんとガラスに引っ付いた彼女の手の平の辺りから、蜘蛛の巣みたいなヒビ割れが広がっていたのだ。

 ヤバいと思った次の瞬間、ガラスは木っ端微塵に割れ、つんのめった幼女が勢いよくテーブルにダイブしてきた。ガシャンと物凄い音が響く。


「うおぉ?!」

「ひゃぁ! だ、大丈夫?!」


 思わず叫ぶと、幼女はぴょこんと跳ね起き頭を下げる。


「ご、ごめんなしゃい! お料理……お料理がぁ!」


 無残に飛び散った料理の上で、ペコペコと頭を下げて謝る幼女は、全身スープでベトベトだ。


「料理なんてどうでもいいって! 怪我は?!」

「やだ、おでこ赤くなってる!」


 リートがガラスの破片を掃うと、私は急いで幼女をテーブルから下した。割れた窓から遠ざかり、怪我していないかチェックしながら、ナフキンで顔を拭いてやった。


「痛いところ無い? 大丈夫なの?」

「ああ、嬉しい優しい……。ありがとうでしゅ。大丈夫でしゅ、です」


 幼女はまん丸い目を潤ませ、恥ずかしいのか頬を赤らめていた。


「本当に?」

「あい。実はあたし天使なのでしゅ。だから血も出ないし痛くないのでしゅ、です」

「…………ん?」


 私とリートは思わず顔を見合わせてしまった。

 声を出さなくても通じ合える私たちは、この子何言ってんだろうねと目で語り合った。


「あんまり大丈夫じゃない、のかな……?」

「本当でしゅ! 大丈夫でしゅ! 天使は怪我しましぇん! せん!」

「……そ、そっか、うん、そうなんだね」


 小さな子の空想にツッコんでも仕方ない。怪我もなさそうなので、私は女の子の頭を撫でて微笑んだ。すると彼女は真っ赤になって、もじもじと俯いてしまった。舌足らずな所も、懸命に語尾を言い直すものとっても可愛いい。

 リートも目を細めて笑っている。可愛いね、いつか僕らにもこんな子が生まれるといいねと耳元で囁くものだから、私ももじもじしてしまう。


――それにしても、なんでガラス割れたの? 子どもが押したくらいで割れるかなあ?



 レストランを出た後、私たちは幼女を家に送り届けようとした。だが自称天使は、家は無いと言う。なぜなら今日天界からやって来たばかりだから、と。

 取りあえずそれはスルーして、親を探したのだが見つからなかった。幼女はほらねと笑う。そして汚れたワンピースを指でつまんで、私たちに家に連れてってと上目づかいでねだるのだ。

 私とリートはまた苦笑する。放ってはおけないので、とりあえず自宅に連れ帰ることした。保安官に迷子の届け出をするにしても、まずは着替えさせやった方がいいだろう。


「あたしピピと申しましゅ。神しゃまからお二人に祝福を授けるように言われて、やって来ました」


 風呂に入った後、私の子どもの頃の服に着替えた彼女が、真剣な顔でそんなことを言うものだから、クスリと笑いそうになる。天使ごっこはまだ続いているらしい。


「ありがとう。今日は結婚記念日だし、祝福してくれるなんて嬉しいわ。でも、どうして私たちなの?」


 尋ねるとピピは誇らしげに胸を張った。ぷにぷにのほっぺは桃色だ。


「あい。それはお二人が心から愛し合う仲良し夫婦だからでしゅ! す!」

「あん、そんなぁ」


 頭の中がお花畑と言われてる私でも、人から言われると照れしまう。誰が見ても私たちは仲良し夫婦なんだなと改めて思い、ついついニヤけてしまう。


「お二人ともしゃがんで、あたしに顔を近づけて下しゃい」


 素直に従い、何をするのかなとピピを覗き込むと、ほっぺにチュッとキスされた。柔らかで小さな唇の感触が心地いい。

 続いてリートにもキスが贈られた。


「ピピからの祝福でしゅ」


 自称天使はてへへと笑っていた。

 私もウフフと笑う。

 と、急に頭がクラクラし始めた。目の前の景色がぐるぐると回りだす。あれれと思っているうちに身体が傾ぎ、リートに向かって倒れてしまう。それに、彼もふらふらとしているようで。

 ゴッチーン!!

 思い切りリートと頭をぶつけてしまった。チカチカと星が舞ったと思う間も無く、目の前が真っ暗になった。



 …………。

 目が覚めた。

 夢から醒めて、気持ちも冷めた。

 なんてことだと頭が痛くなる。ぶつけた痛みとは全く別のものだ。私はとんでもないことを思い出してしまったのだ。何をか? 前世の記憶だ。今の私に生まれる前の、別の人生の記憶を思い出してしまったのだ。


――コイツは! この男は! 


 思い切りリートを睨んだ。

 前世での忌々しい因縁。私たちは敵対関係にある家の生まれだった。そう、生まれながらに敵同士だったのだ。憎悪で身体が震える。

 あの驚愕、屈辱、絶望。決して許せるものではない。リートは憎っくき仇だったのだ。彼のせいで私は命を落とすことになったのだから。

 生まれ変わったからといって、忘れていたからといって、どうしてよりによってコイツと結婚してしまったんだと、ギリギリと奥歯を噛みしめた。


――何がニアたんよ! キモッ! コイツ脳みそ腐ってるわ!


 リートくぅんなどと私も言ってたような気はするが、それはこの際棚の上だ。


――ああ神様! ニアたんは先程ご臨終しましたので、どうか全て無かったことにして下さい!


 リートも頭をさすり低い唸り声を出していた。なんてこった、と。ゆっくりと上げた顔には、明らかに動揺と憎悪が浮かんでいる。ということは、彼も前世を思い出したのだろう。しかも、悪びれもせずに睨んでくる。

 よくもそんな顔ができるもんだ私を殺したくせに、と唇を噛んだ。このクソ野郎と昨夜もあれやこれやしたかと思うと、全身に鳥肌が立つ。泣きそうだ。


――いやー! 今すぐバカップルの記憶を抹消してぇ!


「リートさん、折り入って話があります」

「奇遇だな、俺もだ。ニアさん」


 他人行儀に呼び合って睨み合う。視線で相手を貫く勢いだ。殺意さえ籠っている。


「今すぐ私の前から、いいえ、この世から消えて!」

「お前が消えろ! 消え失せろ!」

「出てって! 離婚よ!」

「おう、出てってやるさ! 離婚だ!」


「え? えぇぇぇぇ!? そんなぁ!!」


 ピピが悲鳴を上げていた。

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