護刀
第五回書き出す祭り。
その総合一位は、第3会場25番目の作品、『しろくま便り―雪の白さ―』であった。
しろくまという単語からなかなか繋がらないC60形式蒸気機関車の話題を投げつける技巧。そしてそもそもマイナー形式である蒸気機関車をあえてピックアップするそのセンス。幹線向けの大旅客機関車を由来とする、熱気を纏った巨体をあたかも目の当たりにしたかのような大なる衝撃力。油に煤を溶かしたような独特の生きた蒸気機関車の臭いや、弁などから僅かに漏る蒸気や滴る水滴すら感じさせるほどの精緻な情景描写。機関士と機関助士の人情、さらに東海道山陽という国家の根幹であった大幹線の花形、という栄光から追い落とされたC59のなれのはてが絡んだ、時代の移ろいの無常さ。惜しむらくは、あれは確かにこの祭りでは強かったが、『なりしが』全体では弱いだろうということだ。彼のほかにだれが『なりしが』で蒸気機関車の話を求めるだろうか。いないとは言わないが、きっと多くはないだろう。
惜しむらくはだれが書いたか名乗り出なかったことだ。これほどの素晴らしい作品が書ける人なのであるから、きっとほかの作品も素晴らしいものであろうに。それを読みたいと思う者はきっといるだろう。何しろここに一人は確実にいるのだから。
そんな彼の作品を特定できたのは、ほんとうに偶然であった。ぼんやりとしながら古本屋の片隅で、新たな出会いを求めて手に取った本が彼の著作であったのだ。
その本はタイタニックの発電機を扱う機関士の話であった。その仕事をその状態で継続すれば、逃げることもできずに死ぬことを知りながら最後まで発電機を回し続ける彼らの、ある種十九世紀的な倫理観に基づいた立ち居ふるまいのなんと息づいたことか。これで確信に至った。間違いなく彼であろう。
作家読み、というものはこういったところから始まるもので、調べてみればSFやらも書いているようだ。スチームパンクの。この人は蒸気で動きさえすればなんでも好きなのだろう、そうとさえ思えてきた。
しかし、気になる情報が出ていた。そうだ。彼はすでに死んでいたのだ。だから名乗り出られなかった?それもあるだろう。しかし、それは10割の事実ではない。『そもそも2年も前に訃報が出ている』のが問題なのだ。別人か?あるいはファンによるも模造か?否だ。あれは、まったく何か資料に基づいたものだけでない、一種の創造性を持っている。
それは多方向よりなって一個体となしているのであって、安易に真似るのは不可能と言ってよい。全く不可思議な話である。研究の末に真似ているのであろうか。もしそうだとすればなんのためなのか、私にはわからない。自分とて三流未満の文章書きであるが、そこまでやるくらいならばもっと楽な書き方があるはずなのだ。自分には理解しがたい。何かを誇示するようなそのやり口に違和感を覚えた。まるで復活―あるいは受肉―を誇示するような空恐ろしさを感じた。
第六回書き出す祭りに備えてカフェイン飲料をおともにしつつ、ツイットルを眺める。次は読み専であるからして、気楽なものでしかない。作品を期日までに提出する人たちの右往左往を眺めるのは、乙なものだ。主催者の行う幾度の警告もむなしく、提出しない、或いはできないものがいるのもまた醍醐味のひとつだ。しかもそれが自分には全く関わらない安全な範囲であるならばなおさらだ。
ただ、気がかりなのは、主催のレトヴィザン文乃女史の身近にいた書籍化作家が行方不明になっていることだった。彼そのものは参加者でないが、あまりにも文乃女史に近かった。何しろ前回の書き出す祭りでは運営補助員をしていたくらいなのだから。彼の行方不明が原因で開催中止、あるいは延期になってしまわないかが心配だ。残念ながら、その可能性が十二分にある。個人がその意思、厳然たる意志をもって行う個人の範疇での企画であるからしてこればっかりは読めないのだ。
さて、ここで主催のレトヴィザン文乃女史を紹介しておこう。彼女は、幼少期にロシアにいたという帰国子女で実際美少女。汗と泥を感じるような青銅系歴史物を得意としているが、栗の花香るような官能小説もこなして見せるパーフェクト美少女作家なのである。ついでに言うとツイットルでの語尾が『~だよねぇ』な傾向にあることは特筆に値するだろう。普段の言動は計り知れないところにある。本人曰く、『普段怒らないから起こった時すごく怖いって言われる』そうなので、このような人物であるから精神の安定が欠かれればどのようにふるまうか全く想像もつかないわけである。最悪の場合、発狂したりはしないかと不安である。
★☆☆★
第六回書き出す祭りは無事開催され、大好評を博した。読むだけの立場といえども、非常に楽しいものであった。元来こういったところから始まる交流は一種切磋琢磨の促進を促す鍼灸のようなものであり、別名として付けるなら「書き出し技術の収穫祭」といってもいいだろうし、「盗れ取れ祭り」といってもいいだろう。書き出す祭り主催の女史もさぞお喜びの事であろう。実際他人事ながら私ですらうれしく思うのだ。心に澱のように沈み込んだこの違和感を除いては。
それは一種食欲的といってもいいだろう。しかし何を食べても全く満たされない。これを求めていないという不可解な飢餓感。何かに感染したようだ。何が原因で、何を求めているのか?ちょっと、冷静になってみよう。何時からだ。アレを読んでからだ。『Jubel Quadrille』という名前の作品だ。書き出す祭りで、そんな大した人気は出ていなかったあれだ。どうしてだ。危険かもしれないが、見返してみるほかになかろう。
内容は、大きな違和感を生ずるものではない。全体的に完成度の良いものだ。惜しみない称賛を向けたっていい。だが、おかしい。何か話中の出来事とも違うまがまがしさがある。怨霊にでも書かせたか、というぐらいまがまがしい。理由がわからず、呆とみる。呆と。そうして、気が付いた。段落ごとの頭にある文字をつないだ時の異常さに。『おマ枝らモ身知連レ』。しょっとした。文章のまがまがしさと、この悪霊の書いたような隠された文言。なんだ。いったいこれを書いたものは何者なのだ。そこで、前回の『しろくま便り』で感じた、漠然とした恐怖感が明確な意思をもってやってきているように感じて、怖気が体を支配した。このままではこの不気味な何かに喰われるものがものが出る、と。
足音が、した。
一人暮らしの家で、鍵も閉塞したはずの我が家の中からだった。思わず机の近くに置いた護刀に手をかけた。これはわけあって今ここにある先祖伝来の刀であり、外装は明治のころの陸軍士官向け両手握りのものである。駐爪を解いて即座に抜刀、その気配のあるあたりを突いた。
何もいないのに枕に槍を突いたような鈍い手ごたえとともに、でろりと血が流れ出て床に滴った。それも一瞬のことで、すぅと刺した『何か』が消えていった。しかし床の血痕は消えない。それは拭くにもまがまがしい。何かで祓わねば掃除もままならない。喫緊の課題である。
固く握りしめたままの刀を見る。
先祖が日露戦争で歩兵第六聯隊の将校として出征したときに携えていた刀で、今の今まで我が家に伝わる大事な逸品である。この刀の経歴をさかのぼれば、戊辰戦争もこの刀身は経験しているはずである。古刀、それも太刀拵えのものを藩の拵えにしたもの、が戊辰戦争の時のこの刀の姿であったというし、それを軍制式のサーベル外装に収めたのが今の姿だ。
刃をよく見ても刃こぼれ一つなく、『何か』を突いたといえども曇り一つない刃に頼もしさを感じる。こうなったら手入れをしてやろうとも意気込むものだ。
納刀しながら、ふと思った。もしかしたら、これに喰われてしまった者がいるかもしれない。あれは悪意そのものだ。悪意というものを煮詰めたらあのような姿をとるだろう。それはいったい何者だ。本当にあの蒸気好きの彼なのか、あるいは、彼を殺した『何か』なのか。そこに考えが至った時、あの不可思議な飢餓感が失せているのに気が付いた。
床のお祓いとあの魔物を何とかするために、自分は幼馴染に電話をすることにした。あまり頼りたくはないのだが、これは自分だけでは手に負えないと確信する。だが、あいつなら―




