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冒険者ギルド エトワイラ支部はアットホームな職場です!

 大男に胸ぐらを掴まれた黒髪の青年は、鬼のような形相の男から怒声を浴びせられていた。


「支部長代理っつったか、ああ!? てめえなんぞに口出しされる筋合いはねえってんだよ、このクソガキがぁ!!」


 明らかに体格差のある相手。

 けれども青年は、怒り猛る大男を前にして冷静に言葉を切り返す。


「こちらとしましても、冒険者さんとのトラブルはなるべく避けたいところなんですが──」


 青年は、ちらりと後方に視線を向ける。

 彼を心配そうに見つめ、小さく肩を震わせ、青ざめている麗しい女性。

 この大男がこれまで彼女に何をしたかを考えれば、彼がやるべき事は一つしかなかった。


「……うちの職員や、他の利用者さんの迷惑になる行動を控えて頂けないのであれば、こちらにも考えがあります」

「あぁん!? 俺様とやり合おうってのか!?」

「おや、理解が早くて助かりますね」


 胸ぐらを掴む、太く大きな筋肉質の右腕。

 次の瞬間、大男の腕にビリッとした痛みが走る。


「いでっ……!」


 突然の痛みに対し、思わず手を緩めてしまった大男。

 その隙に男の手から抜け出した青年の手の中には、小指程度のサイズの、黄色く尖った物体があった。

 青年は腕を押さえる大男を睨み付け、女性を庇うように背後に隠す。


「……一応、俺の爺さんにここを任されてるんでね。エトワイラ支部長の代理として──マナー違反の冒険者には、容赦無く処罰を下させてもらう!」





 事の発端は、数時間前に(さかのぼ)る。

 ラウザ王国の地方都市、エトワイラの街は晴天に恵まれていた。

 豊かな山の緑に囲まれたこの街の中心部には、長年続く冒険者ギルドの会館がある。

 冒険者達は、今日もそのギルドへと足を運ぶ。

 三階建ての大きな建築物は、エトワイラではここにしかない。

 大通りに面した大きな建物──その扉の前に、一人の青年が立っていた。


「地図の通りなら、このデカい建物がギルド会館……で良いんだよな?」


 黒髪の青年、ギルバートはこの街の出身ではない。

 幼少期にほんの数回しか会った事の無い祖父。

 冒険者学校を卒業して間も無いタイミングで、ギルバートは祖父からの頼みを聞いて、このエトワイラの街へやって来たのだ。

 念の為、もう一度地図を確認しようと、手元に視線を落としたその時──


「あの……もしかして、支部長さんのお孫さんの方ですか?」


 扉の奥から、焦げ茶色の髪の女性が顔を覗かせた。

 彼女の新緑のように美しい緑色の瞳が、朝日を受けてギルバートを見詰めている。


(この人、物凄い美人だ……って、今はそんな事を考えている場合じゃない!)


「どうも、初めまして。アルバート・ロイエの孫の、ギルバートと言います。その制服……ここのギルドの職員さんですよね?」

「はい。主に受付を担当しております、レイラと申します」


 レイラと名乗った若い女性は、二十代前半らしいハリのある白い肌をしていた。

 腰まで伸びた滑らかな髪と、物腰の柔らかさが、彼女から溢れる優しげな雰囲気を引き立てている。


「長旅でお疲れのところ、大変申し上げにくいのですが……」

「ああ、人手不足で手が回らないんですよね? 祖父からの手紙で、ある程度の事情は把握してます」


 ギルバートがそう返せば、レイラは苦笑しながら彼を招き入れる。


「はい、すみません……。早速ですが、お部屋に荷物を置いて頂いてから、建物のご案内とお仕事の説明をさせて頂きますね」





 冒険者ギルドでは、荷物の配達から魔物の討伐、護衛の依頼など、幅広い仕事内容が舞い込んで来る。

 職員はそれらの依頼の難易度を決めて振り分け、冒険者は経験に応じた階級を与えられ、それぞれの仕事をこなしていく。

 そういった業務は朝の鐘が鳴ってから、夕方を告げる鐘が鳴るまで続けられる。


 会館の正面玄関の右手には、依頼が張り出された掲示板と、カウンターが並んでいる。

 レイラはそれらをこなす冒険者への対応にあたる、受付嬢の一人だ。

 真新しい制服に身を包んだギルバートに、レイラが言う。


「たまになんですけど、業務に関係の無い話をしに来る、ちょっと迷惑な冒険者さんもいらっしゃるんです……」


 どうやらレイラは、しつこい男に付き纏われているらしい。


(そういう冒険者って、ブラックリストに入れられて出禁になる場合があるんだよな。見付けたら絶対に処罰しておかないと、レイラさん以外にも被害が出るかもしれない)


 そんな決意を密かに胸に刻み、レイラの案内と業務説明は続いていく。


 受付の向かい側には待ち合わせ用のスペースがあり、その奥の階段を登れば二階に上がれる。

 二階は冒険者向けの飲食スペースになっていて、朝から夜まで利用可能。

 料金は良心設定の低価格だそうなのだが、あまり繁盛していないのだとレイラは語った。


「ルチアさんという方が、厨房とウェイトレスを兼ねて勤務されているのですが……。その、色々と問題を抱えておりまして……」


 今の時刻は、少し遅めの朝食となる時間帯。

 あまり利用者が居ないのも仕方が無いとは思うものの、驚いた事にランチもディナーもテーブルはガラガラ。

 レイラの知る限り、この食堂が満席になった事は一度も無いという。


(一人だけで回してるなら、サービスの質も下がるもんなぁ……)


「ギルバートさんがお仕事に慣れてきてからで良いので、そのうち食堂に関する改善会議を開いて頂けると助かります。本部の方からも、食堂の改善要求が何度も来ているものでして……!」

「わ、分かりました。なるべく早く対応出来るように頑張ります!」


 ざっと会館を見て回ったところで、いよいよギルバートの初仕事が始まった。





「ええと……畑を荒らす魔物の討伐? これは下級。次は隣町までの商人の護衛? これは中級依頼だな」


 ギルバートは一人、受付のカウンターの奥にある部屋で、依頼の振り分け作業を行っていた。

 基本的には下級・中級・上級の三段階に分類され、彼が振り分けた内容が掲示板に張り出される事になる。

 依頼の受注は受付嬢のレイラが担当し、ギルバートは手が空いたらそれらのサポートに回れば良いらしい。

 今日もエトワイラ支部には多くの冒険者が訪れており、それを一人で捌いていくレイラは、この仕事を始めてからもう三年になるという。


「王都よりはまだ楽な方だ、なんてレイラさんは言ってたけど……。今までこの人数でどうやって運営してたんだよ、アル爺さん……」


 冒険者学校でも、『ギルド職員も冒険者と同じく、体力勝負の職場である』という話は耳にしていた。

 しかし、冒険者志望だったギルバートが身をもって体験する事になるとは、全く予想もしていなかった。


「爺さんが地方へ異動になるから、代わりの支部長の赴任が決まるまで、俺が代理を務めてくれだなんて……。俺が学校を首席で卒業して、そのうえ校長に気に入られてたから出来た特例なんだって事、ちゃんと理解してくれてるんだろうなぁ……?」


 なかなか減らない紙の束を前に、ギルバートは独り言と共に大きな溜め息をつく。


(そういえば、食堂の改善も頼まれてたなぁ……。今日の昼は、試しに食堂で済ませてみようかな)


 こんな状態で孫に仕事を押し付けた祖父に若干の苛立ちを覚えながら、一枚、また一枚と依頼を振り分けていく。


 そんな作業を繰り返していた最中、異変は突然やって来た。

 カウンターの方から聴こえてきた拒絶の声に、ギルバートは目を通していた書類から、ハッと顔を上げる。


「あの、そういうのはお断りしていますので……」

「良いだろ、一緒にメシ付き合ってもらうくらい。なぁ?」

「こ、困ります……!」


 レイラが誰かに絡まれているらしい。


(まさか、例の迷惑冒険者か……!?)


 ギルバートは急いで彼女の元へ駆け付ける。


「申し訳ありませんが、彼女が困っているのでそこまでにして頂けませんか?」

「ギルバートさんっ……」


 不安げにギルバートを見上げるレイラ。

 思っていた通り、彼女は柄の悪い冒険者にしつこく誘われていたようだった。


「あ? 何だてめえ」

「俺は今日からこのギルドの支部長代理を務めさせて頂いております、ギルバート・ロイエです。他の冒険者の皆様のご迷惑になりますので、依頼の受注や質問が無いようでしたら、どうかお引き取り願います」


 男は不愉快そうに顔を歪めると、いきなりギルバートの胸ぐらを掴んでこう言った。


「支部長代理さんよぉ、俺様が誰か分かっててそんな生意気な口きいてんのか? ああ!?」


 突然暴力的になった男を前に、レイラは小さく悲鳴を上げ、両手で口元を押さえた。

 男の怒声に、周囲の冒険者達も何事かと、こちらに目を向けている。


(これだから脳筋は苦手なんだよなぁ……。こういう相手は、話し合いじゃ納得してくれない奴が多くて困る)


 胸の内でボヤきながら、ギルバートは腰に装着していた小型のポーチに手を伸ばす。

 これは学生時代から愛用していたもので、拡張魔法によって多くのアイテムが収納出来る優れ物である。

 その中から、ギルバートはとある魔物から採れる素材を、そっと手の中に忍ばせた。



 ──彼が手にした『コカトリスのくちばし』が男の腕に刺さるまで、そう時間は掛からないだろう。

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