創造主様は裏ボスになりたい
夜明けとともに目を覚まし、服を着替えて早速朝の日課を行う。
まずはパソコンを起動して地上の勢力グラフや分布図のチェック。昨日は大規模な戦闘が人間と魔物の間に起きていたが、グラフを見る限り人間が勝利を収めたようだ。
だが、魔物と戦った国が疲弊しているのをいいことに、別の国がその隙を突いて攻め入ろうとしている気配もある。これは〝創造主〟様に相談案件だな……。
他にも人間社会の経済状況を確認したり、各地の魔王から上がってくる日報に目を通す。先ほどの案件以外は気になる所はない。
そんなことをしていると朝食の支度をしなければいけない時間となる。台所に向かい、冷蔵庫を開く。すると、いつも扉側の上段に常備しているはずの卵がなかった。
ミネに買いに行かせたいところだが、今日も寝坊のようだ。仕方なく俺はミネの部屋に向かう。
部屋の扉を形式的にノックし、すぐに開く。俺はつかつかと歩いてベッドの上のふくらみを暴くと、大きめのワイシャツを一枚着ただけの小柄な少女が丸まるように眠っていた。白い髪の上にある耳が垂れており、白い尻尾が剥ぎ取った布団を探すようにうにょうにょと動いている。
「ミネ、起きろ。朝だぞ。お使いに行ってきてくれ」
声を掛けたが「うみゅ……」と返事なのかよくわからない言葉が返ってきた。俺はため息をひとつ吐いてから、白い尻尾を握る。すると、ミネがビクッと身体を震わせた。そのまま尻尾をにぎにぎとしていると、段々とミネの息遣いが荒くなってくる。顔を仄かに紅潮させてワイシャツに汗が滲む。そして、
「うにゃー!」
咆哮とともに猫パンチが飛んできたので、俺はそれをひらりとかわした。そのせいで、ミネは床に豪快な音を鳴らしながら倒れてしまう。
「あいつが起きるかもだろ。静かにしろ」
ワイシャツがはだけて縞々パンツを見せているミネを見下ろしながら俺は言った。
「寝入っている乙女を襲っておいて第一声がそれかにゃ! タケシは性犯罪者筆頭司令官にゃ!」
「そんな奴らの司令官なんてしたくないわ。お前も使用人なんだからちゃんと働け」
勢いよく立ち上がって引っ掻こうと向かってくるミネの頭を押さえる。必死にぶんぶんと腕を回しているが、それが俺に届くことはない。
「そんなことしてないで早く着替えろ。卵を買ってきてくれ」
俺の言葉を聞いて、そのぐるぐるパンチは止まった。そして、ミネは口に手を当てて不敵な笑みを浮かべる。
「おやおや、もう朝食の時間なのに卵がないのかにゃ? 玉子焼きがないとモンド様が怒るにゃ。罰としてタケシはこの前みたいに豚に変えられたらいい――、にゃ!」
馬鹿なことを言うミネの頭にチョップを食らわす。大げさに痛がるミネを尻目に俺は部屋の扉に手をかける。
「今度は連帯責任ということで、お前もネズミにでも変えられるかもだな。それでも良いなら買いに行かなくていいぞ」
見る見るうちにミネの顔が青ざめるのがわかる。部屋を出て扉を閉めると、ドッタンバッタンと部屋中を駆け回って身支度する音が響いた。
台所で米を研いでいると、メイド服を纏ったミネがやって来る。
「買うのは卵だけでいいのかにゃ?」
「そうだな……。ロイニー村に行くならついでに納豆を買ってきてくれ」
それを聞いたミネは露骨に嫌そうな顔をする。
「納豆は嫌いにゃ……」
「納豆は体に良いんだ。臭いが少ないやつを買っていいから行ってこい」
「まったく……、タケシが地上の人間にいらない食文化を教えるから納豆だなんて臭い食べ物ができたのにゃ……」
「まあ、転生前の俺の世界でも好き嫌いは分かれる食べ物だったけど……、まあいいや。早く行ってこい」
「はいはい……」
買い物かごを手にしたミネは玄関の扉の前に立ち、
「『ロイニー村』」
行き先を告げてから取っ手をひねった。扉が開くと、世界を照らし始めた太陽の日差しを受けた草が青々としており、小さな子供達の笑い声が響いた。ミネは外行き用の自分を作ると、姿勢よく出て行く。
扉が閉められいつもの静けさに戻ると、洗濯機の完了アラームが鳴った。俺は炊飯器に米をセットし、洗面所に向かう。三人分の洗われた衣服を籠に入れ、玄関の扉の前に立つ。何も口にせずに扉を開くと、空を流れる綿雲が視界に入った。その雲は家の下に入ってしまい、すぐに見えなくなる。
この浮遊島の利点としては雨が降らないということだ。俺は慣れた手つきで物干し竿に洗濯物を引っ掛けていき、頭の上ぐらいの高さまであるひっかけ棒に物干し竿を乗せる。
慣れたと言ってもなかなかの重労働だ。俺は額の汗を拭ってから家に戻った。
朝食の準備を進めていると玄関の扉が開かれてミネが帰ってきた。「あたしが可愛いからオマケしてくれたにゃ!」と胸を張って威張っている。買い物かごを覗くと、確かに納豆パックが多めに入っていた。このオマケ分はミネに追加してやるとしよう。
「ミネ、そろそろモンドを起こしてきてくれ」
「わかったにゃー」
ご機嫌のままミネは二階へと上がっていく。その間に俺は急いで玉子焼きを作る。甘めに味付けした液卵を、フライパンの上で少量ずつ垂らし何層にも重ねて完成だ。
そこへ階段の軋む音が鳴る。
「おはよう、タケシ。もう朝ご飯はできているのかい?」
まだ眠そうにしながらモンドが言った。相変わらず寝癖なのかクセ毛なのかわからない赤髪が頭の上で暴れている。
「できてるよ。服ぐらい着替えてこい」
「何を言っているんだい。ちゃんと着替えてるじゃないか」
俺が中学の頃のクソダサ緑ジャージを着たモンドはそんなことを言った。いくら顔が良いからって、その姿を信仰心がある人間達が見たら卒倒してしまうに違いない。
「わかったわかった。ほら、座れ」
米をよそった茶碗をモンドの前に置いて、朝食の準備は整った。バタバタと音を立てながらミネも階段を下りてくる。
「ミネ、お前も早く席に着け。食べるぞ」
「はーい」
俺も席に着き、三人とも手を合わせてから食事を始めた。
「モンド。ビーエン王国が攻められて滅びそうになっているけど、どうする?」
俺は朝の日課で見つけた案件を伝えると、モンドは納豆をぐるぐるかき混ぜながら答える。
「あそこは果物が美味しかったねえ。亡くなると困るなあ」
「じゃあ?」
「うん、天使を千体ぐらい派遣しておいて」
「了解」
こんな具合に、この世界はこいつの気分次第で繁栄したり衰退したりを繰り返していた。自分で造ったものをどうしようと自分の自由だ、というのがモンドの主張だ。つくづく転生先が地上でなかったことをありがたく思う。
元の世界で交通事故により死んだ際に、意識の狭間でモンドに訊ねられた。
『キミは、家事は得意かい?』
一人暮らしに慣れ始めた頃だった俺は肯定した。すると、この世界に転生させられ、創造主であるモンドの世話をするハメになったのだ。あと、何故か家事の他にも地上の監視も言い任せられた。他にもモンドに、世界にあると便利な物は何かと訊ねられたので、色々と要望を出した。その結果、元の世界までとはいかないが、それなりにギャップがなく生活ができている。
そんなことを思い返していると、すべて食べ終えたモンドが箸を置いて言う。
「今日、夢を見たんだ」
「どんな?」
「魔物がいなくなった世界で、人間達が幸せそうにしていた。そこに魔王を裏で操っていたボスが登場するんだよ」
「…………」
「すると人間達は恐怖のどん底まで真っ逆さまさ。魔王を倒した勇者がそのボスに挑むんだけど、とても適わない。その時の絶望の淵に立たされた勇者の顔が忘れられなくてね」
こいつ、昨日遅くまで何かしているのは知っていたが、ロールプレイングゲームをしていたな。
「だから僕はその裏ボスになろうと思うんだ」
「は?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。こいつの思いつきはいつも突然過ぎる。
「それでさ、タケシに設定を考えて欲しいんだ。裏ボスらしい設定をさ。どういう風に僕の存在を人間達に知らしめたら楽しくなるのか考えてよ」
「そんなこと言われてもなあ」
今でさえモンドは裏ボスといえば裏ボスだ。現段階で人間達を苦しめている魔王を裏で操っているのがこいつなのだから。ただ、今までは魔王が滅びたらまた新たな魔王を造るだけで、モンド自身が人目に触れるような行動はしなかったらしい。
「そうだなあ、世界を救った人間の一人が実は裏ボスで人間を滅ぼそうとする。こんなのはどうだ?」
そんな設定のゲームをやった覚えがあるが、プレイしている俺も衝撃的だったのでよく覚えている。
「本当にそれは裏ボスらしい?」
「ああ。それにただ世界を救うだけじゃないんだ。それまでたくさんの善行を積んでいた奴がやるからインパクトがある。信じていたのに! ってやつだ」
「ふむ……。善行とは具体的に何をするんだい?」
「うーん、そう言われるとなあ……」
そこへ、なんとか納豆を食べ切ったミネが口を挟む。
「あたし知ってるにゃ! この前、町でゴミを拾ったら褒められたにゃ。知らないおばさんがいい子だね、って頭を撫でてくれたにゃ!」
「いや、まあそれも善行だけど――」
「よし、それで行こう」
モンドが手をポンッと叩いてそう言った。
「えっ、どれ……?」
「ミネの話を聞いてなかったのかい? 善行とはゴミ拾いだ。ゴミを拾い切った暁には僕が魔王を操る裏ボスと公言する。それで人間達は恐怖に怯えるさ」
大丈夫かこの創造主……。いや、こういう奴だってことは前々から知っているけど……。