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押すなボタン


 例えばコンビニに「パイン飴味のポテト・チップス」が売っていたとしよう。君はそれをレジに持っていくだろうか。

 俺はきっと迷う。酷く迷った上で、結局買ってしまうだろう。

 芸人気質と言うのだろうか。俺は熱烈なパイン飴ファンでもゲテモノ好きでもない。不味いのなんて分かりきっている。それでも買わなかったらきっと後悔する。

 ボケがあればツッコミを。

 「押すな押すな絶対押すなよ」と言われりゃ押す。

 イヤよイヤよも好きの内。……これはちと違うか。

 とにかく、ネタとしてそういうものがあれば買わなければならないという使命感があるのだ。


 俺は目の前の同級生に問いかける。


「ご理解頂けただろうか」

「いや全く分からないけど。何? それが高校生にもなって馬鹿げた物を買った言い訳かい?」


 休み時間の教室。俺は同級生の桐原 東吾と、机を挟んで談笑していた。そして俺の右手には、つい今朝に買った「パイン飴味のポテト・チップス」、略してパテチ(俺命名)が一枚。それを、ずいっと桐原の口元に差し出す。


「食え」

「……嫌だけど」

「騙されたと思って」

「いや本当に騙されてるから」


 ちくせう、頑なに食おうとしない。仕方なく俺の口にUターン。

 奏でられる風味と視覚と食感の不協和音。なんでパイン飴の香りがこんなに再現度高いんだ。

 ああ、袋の中にはまだ半分も残っている。これ全部俺が食べるの? いや買ったの俺なんだけどさ。

 と、袋の中に別の手がつっこまれた。


「ひとつもーらい!」

「あ」

「ひょいパクっと……うわまず」


 苦い顔で率直な感想を述べたのは、これまた同級生の神楽 知奈だ。やめてやれパテチさんが可哀想だろ。


「予想以上に不味い……でも、気持ちは分かるよ。買っちゃうよねぇこういうの」

「同士よ」


 固く握手をする俺と神楽。桐原はため息をついた。


「では我が同士よ。消費活動を手伝ってくれ」

「ムリ」

「解せぬ」


 仕方なく俺は、パテチを口に運ぶ作業に戻る。うん不味い。これの開発者気が狂ってるんじゃないかな。


「……ん?」


 ふと廊下を見ると、制服を着た銀髪の美少女が通りがかった。あんな生徒この高校に居ただろうか。銀髪の生徒なんて目立つはずなのに、見覚えがない。


「なあ、この学校、銀髪の女の子なんて居たっけ」

「銀髪?」

「染めてるのかな? 僕は知らないや」


 二人は揃って首を振る。俺の見間違いだろうか。

 確かに見たと思うんだけどな。



 夜。

 部活が終わり、俺は自宅に帰りついた。体に疲労感を覚えながら、自室のドアを開ける。重いリュックを下ろしたところで、ふと変なものが目についた。


「……何だこれ?」


 机の上に、ボタンがおいてあった。真っ赤な丸いボタンだ。

「Don't push!

 押すな!」

 と黒の太文字で書かれている。台座は鈍色の直方体。正にボタンと言った感じの見た目だ。こんな奇怪な物、俺の部屋にはない。


「母さんか?」


 母は変な物を集めるのが趣味の変人だ。こういう意味不明な小物を買ってきてもおかしくない。だが、なぜ俺の机に置かれてるのだろう。コレクション部屋に飾りそうなものだ。


 まぁ、それはそれとして……


「押してみたい……」


 あぁ押してみたい。

 こんな怪しいもの押すなんて正気の沙汰じゃないと思われるかも知れないが、そもそもボタンとは押すために存在している。押すなと言われて押さないなんて、失礼じゃないか? いや、何よりも俺の魂が押せと叫ぶ。ガイアが俺に押してしまえと囁いている。

 押すか。押そう。押さねばなるまい。


 腕を伸ばす。

 掌がボタンに重なる。

 一つ深呼吸。

 鼓動が高鳴る。

 そして──


 ピンポーン


「ひゃいっ!?」


 俺押してない。押してないよ?

 一瞬ボタンから音が鳴ったのかと思ったが、違う。家のインターホンだ。誰か来たらしい。俺はちょっとドキマギしたまま、来客を迎えに行く。

 玄関に居たのは桐原だった。


「やあ、ごめんね突然。ちょっと忘れ物しちゃって」


 前回ウチに遊びに来た時、何か忘れたらしい。確か俺の家に桐原を招いたのは先週だったかな。立ち話もなんだから、上がってもらって俺の部屋へと向かう。


「お前がそういうドジをするなんて、珍しいな」

「はは……」


 苦笑する桐原。

 忘れ物って何だろう。前は手ぶらだった気がするけど。少し不思議に思いながら、二人で俺の部屋に入った。


「で、何を忘れたんだ?」

「いや実は…………何このボタン」

「あ」


 桐原の視線は机の上の赤いボタンに注がれている。

 しまった隠すのを忘れていた。……いや別に隠さなくてもいいんだが。


「さあ? 俺にも心当たりがないんだ。まさかお前の忘れ物って、これの事か?」

「いや違う……ねぇ、これってどこかで拾ったのかい?」

「さっき見つけたところだ。いつの間にか机の上にあってさ。お前のでもないならやっぱり母さんかな……」


 俺はボタンを手にとって観察する。


 チャキ、と耳元で音がなった。

 側頭部に冷たい何かが当てられている、感触。


「まさか本当に、次の所有者が君になるとはね」


 いつもの桐原の声だ。

 横目で見ると、桐原が俺の頭に、拳銃を突きつけていた。


 は?


「え……は? 何だそれ。エアガンか? 何のドッキリだこれ」

「残酷だけど、連合の予測は常に正しい。ところで、まさか押してはいないよね? そのボタン。普通なら押さないけど、君の事だから心配でさ」

「まだ押してないけど……おい何の冗談だマジで。何言ってんだよ」

「悪いけど君に質問の権利はない。君はそのボタンを、そのまま僕に引き渡してくれれば、それで良い。結局君の身柄も拘束する事になるけどね。ただ少なくとも渡してくれれば、連合のエージェントたる僕が、引き金を引く必要は無くなるんだ」


 すまん。何言ってるか分からない。桐原。

 震える。

 訳分からなすぎて震える。


「さあ、早く渡してくれ」


 ガチャりと拳銃が音を鳴らす。桐原が撃鉄を下ろした。

 やめてくれよ。

 ホント何もわからないんだって。


 ああもう、渡せばいいんだろ?

 ドッキリか何か分からないが、とにかく今の状況を脱け出せればそれでいい。いつもの日常に戻れば尚良い。夢オチが理想。


「うん。素直で助かるよ」


 助かるよじゃねぇ。説明不足だ。此方は何にも助かってない。

 内心愚痴塗れになりながら、俺は桐原の左手にボタンを──


 爆発音。

 衝撃に吹き飛ばされる。

 窓ガラスの破片が煙に舞った。


 俺と桐原は地面に倒れ込む。爆発は窓の外からだった。慌てて顔を上げると、俺の部屋の壁が無くなっていた。外がまる見えだ。


「おっじゃましまーす」


 妙に元気のいい声で、無くなった壁から一人の女性が入ってきた。

 ……お願いだから、待ってくれって。


「ありゃ? まだ押してないの? 今の爆発で押してくれればよかったのに。さあ、ボタンを押してよ。そうすれば世界は救われる。人類は救われるんだ」

「──随分と手荒な真似をするじゃないか」


 返事をしたのは桐原だ。ガラス片で少し切った頬の血を拭い、女に銃口を向ける。


「クソエージェントも死んでなかったの? ざんねん」

「教会の人間はこれだから困る。社会の害悪だね」

「私ら教会に社会とか(笑) いつも思ってたけど、連合は頭固いよね。嫌われるよ?」

「邪魔者は排除していいと言われている。降伏しろとは言わない。ただ弾丸を撃ち込むだけだ」

「ならさっさと撃てば? 肉体再生してやるけど。こっちも敵は殺せって言われてるし。桐原くん。もう仲良しごっこも終わりだね」

「清々するよ。君のような狂信者に対し、もう仮面をつけなくていいんだから。神楽さん?」


 ああ。

 目の前で桐原に銃を突きつけられているのは、神楽 知奈だった。今日も学校で聞いた、明るい声だ。


「私は絶対にボタンを押させる」

「僕は絶対にボタンを押させない」


 笑えてくる。

 ボタンを押すだの押さないだの、何言ってんだこいつら。

 二人共グルなんだろ?

 なあ。誰か嘘だと言ってくれ。


──知らない声が聞こえた。


「失礼」


 突然、浮遊感が体を襲った。

 床がサイコロ状に崩れていく。

 俺の体は重力に引かれて落ちて行った。


「へ!?」

「何!?」


 桐原と神楽も同様だった。

 部屋が、家全体が、部材みたいに、バラバラになって崩れる。


 人影が横切る。

 背中と膝に手を回されて、俺の体は何者かに持っていかれた。

 気づけば360°夜空だ。夜の街を跳んでいた。


「今度は何だよ!?」

「喋らないで。舌を噛む」


 俺は銀髪の女に担がれていた。昼に学校で見た少女だ。

 彼女は住宅街の屋根を次々に飛び移り、恐ろしい速度で夜闇を駆ける。およそ人間業じゃない。


「おい、説明しろ!」

「喋らないでと言った。あの二人には何も聞かないのに、私には聞くの? 変な人間」


 うるせぇ。別にいいだろ。

 随分と俺の家から離れた所で、俺はビルの屋上に降ろされた。


「詳しい説明は後で。今は重要な事だけ」


 冷たい風が吹く。美しい銀髪が靡いた。赤い瞳が俺を見る。

 彼女は俺が持っている、銀の台座のある赤いボタンを指差した。


「貴方は多くの組織に狙われる事になる。ボタンの次の所有者に選ばれたから。10ヶ月後……2020年8月5日までに、選択しなければならない。そのボタンを、押すか押さないか」



 少なくとも分かっているのは、この時より俺の日常は書き換えられた、という事であった。

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