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おかずの交換

 それでも近くで私たちの様子を見ている子もいて、お弁当箱を取り出してハッとしてしまう。おかずが同じだと、一緒に住んでいる事まで勘ぐられてしまうのではないかと、今更ながらに気付いてしまった。


「あの、ここで食べるの?」

「二人だけになれる場所も無いしね。それより、おかずの交換とかしてみる? それはやっぱり恥ずかしい?」

「え?」

「いや、女の子のおかずって、ちょっと気になるじゃん」

「あの、でも……」

「僕は肉中心のお弁当にしてもらっているけど、女の子って野菜多めらしいよね。ちゃんと食べないと元気でないよ」

 そう言われて同じじゃないのかもと思えて、思い切って蓋を開いた。


 刀弥君のお弁当は、ぎっしり詰まった白米に生姜焼きと千切りキャベツが主で、プチトマトと卵焼きは私のとかぶっていた。私のは、俵型の小さなおにぎりとミニハンバーグに温野菜が少し多めなものの、彼の半分くらいの量だった。

 お弁当を作るのだって大変なのに、おかずを別のもので用意するなんて、気を使わせて手間をかけさせてしまったことを申し訳なく思ってしまう。


「それ、姉貴のと一緒」

 小声でそう呟いた刀弥君は、気にしないで食べろとでもいう様に食べ始める。

 分けられる物がハンバーグしかないので口を付ける前に半分に割って、彼のご飯の上に乗せてあげるとニコッと笑ってくれた。

 相変わらず味が判らないけれど、不思議と不味いとは感じない。まだ薬も飲んでいないのに、あの砂を食むような不快感はどこにもなかった。


 彼も私も帰宅部なので、放課後になると直ぐにノートを写す名目で図書室に移動した。まだ質問し足らなさそうな子もいたけれど、図書室で騒げば怒られるのが解っているのか、ついてくる子はいなかった。

 それでも廊下を歩いていれば、女子からの強い視線にさらされてしまったけど、それすらも彼の糧になるなら耐えられないものでは無い。


「お弁当、びっくりした」

 ノートを広げて小声でそう話し掛ければ、隣に座って愉快そうに答えてくれる。

「同じ中身だと思ったでしょ。姉貴は野菜中心が良いらしいんだけど、僕はそれじゃ足らないから別に作ってもらってるんだ。一緒が良ければ母さんに言ってね」

「気を使わせてしまったかなって思って。でも、真理奈さんと同じなのなら甘えてしまおうかな」

「うん、そうして。でも、そのうち奈緒さんが作ったお弁当も食べてみたいな」

「ごめんなさい。今は無理です」

 刀弥君の好みを知っているわけでも無いし、台所をお借りするのも気が引ける。なにより、味見ができないのだから作るなんてありえない。


「あのさ。味覚が狂っていたりしてない?」

「……うん。何を食べても味気なくて、みんな同じ味に感じるの」

「ずっと思っていたんだけど、先週までの弁当箱の中身って空だったんじゃ」

 あっさり当てられてしまって、黙って視線を外す。周りに心配されたくなくて空の弁当箱をもって来ていて、それがみんなに知られない様に教室以外で食べているのを装っていた。

 それにしても、なぜ味覚の事まで知っているのだろうか。そんな能力まで備わっているって、隠し事ができない系なのかもしれない。

「やっぱり。……母さんは知ってる?」

「話してはいないけど、薬を取りに行ってもらったから」

「説明は受けているだろうね。一応、自分からも伝えて」


 ノートを写し終わって二人そろって帰り着くと、美羽さんは台所から出てきて困った顔で薬を渡してくれた。寝られていない事や食欲の件は分ってしまっているのだろう。

「食が細いのは、ストレスのせい?」

「それもありますが、美味しいも不味いも感じ無くて……。でも今日のお弁当はなんだか温かくって、残さず食べる事ができました」

 病院で言われた様に、ストレスによって脳内伝達が上手くいかないから味が分らないのだろう。だから美羽さんに作ってもらったお弁当は、不快な味がしなかったと思っている。


「栄養バランスが崩れているのも原因のひとつかもしれないわね。少し牛肉や貝類を増やしましょうか。たしか、亜鉛不足は味覚障害になるって聞いた事があるもの」

「でも、……」

 私に合わせて作ってもらうのは悪い気がして、サプリでも飲んでみますと言いかけて遮られてしまった。

「いいのよ。うちの子達も牛肉は好きだし、主人は貝類が好きだから。そうそう、今度お寿司を食べに皆で行きましょう。笑えるわよ。主人は貝しか食べないんですもの」

「母さんはマグロしか食わないくせに。それより、牛肉なら焼肉屋に行きたいよ。久しく行ってないし」

「嫌よ。刀弥君は際限なく食べるんですもの。どうしてもって言うのなら、食べ放題にでも一人で行ってきなさい」


 みんなと食事を楽しめるようになるのだろうか。

 そんな時が来る前に食べられてしまう方が良いはずなのに、その時を想像してしまうのを止められなかった。


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