彼との同居 2
電車を使って二人で私の家に着くと、刀弥君は顔をしかめた。
あの日から掃除もしていないし、窓を開けた記憶も無い。洗濯はしていたけれど部屋干ししかしていなかったので、よどんだ空気に特有の匂いが混じっていたのだろう。
「寒いだろうけど、窓を開けるよ。マンションだからゴミ出しは大丈夫だよね」
「分別すれば」
その返答を聞くとすぐに、台所に入ってバタバタやり始めた。ゴミ出しをしてくれるようだった。
その間に私は、ありったけのバッグに荷造りを始める。
ダンボール箱など無いのでそうせざるを得ないのは、「食べちゃうのは、早くても半年先か一年先か」なんて言われたからで、必要な衣類の量も多くなってしまったからだし、学校にも行くのだから教材は全て持ち出さないといけない。
刀弥君のお父さんが車で迎えに来てくれると聞かされていたので、持ち易さなんかは考えなかった。
ゴミ出しを終えた刀弥君は、部屋の入口に立って遠慮がちに覗き込む。
「ベッドも机も家にあるのを使ってもらうにして、他に必要な物ってある? まぁ、ここも定期的に空気の入替えや掃除をしないと傷むから、一緒に出来るだけ来るつもりでいるし、今すぐでなくても良いけど」
「可笑しな事を言うね。私は刀弥君に食べられてしまうんだから、最低限でいいでしょ。他は便利屋さんでも呼んで、なにもかも処分してしまうから」
「いやダメだよ。ちゃんとここに来て、両親との思い出に浸るんだ。それで涙が出ない様になったら、その時にどうするか考えよう」
「そうすれば、早く食べてくれる? 早く苦しみから解放される?」
彼の父、耕介さんとは玄関先で簡単に挨拶を済ませた。
なんと事務用品会社の四代目社長さんだと聞かされ、それが父の勤め先だったことに驚かされた。さすがに一社員に過ぎない父の事まで知っているわけではないだろうけど、なんとも不思議な縁を感じてしまった。
名前までは覚えていなかったけれど、たしか弔電を頂いた覚えがあった。
「葬儀の際は弔電を頂き、ありがとうございました。しばらくお世話になります」
「いえ、改めましてお悔やみ申し上げます。困ったことがあれば遠慮なく言ってください。愚息を叩きだす事はあっても、貴女の居場所は保証しますので」
一緒になって荷物を車に運んでいると、耕介さんがリビングで立ち止まっていた。
そこには本当に小さなお仏壇があって祖父母のお位牌が収めてあったのだが、それに気付いた耕介さんが持って行くことを提案してくれた。
「これくらい小さなものならば、奈緒ちゃんの部屋においても邪魔にならないだろう。ご両親のお位牌も収めてあげたいだろうし、どうだろうか。それもまた、親孝行になるのだから」
そう言って頂けたので、お言葉に甘えることにする。
三人そろって手を合わせ、お位牌と仏様を取り出して風呂敷に包むと、仏壇は刀弥君が車まで丁寧に運んでくれた。
帰り着くと既に夕飯が用意されていて、先に食べることになった。
和食中心のおかずで量も減らしてもらってはいたけれど、それでも食べきれる量ではなかったので別のお皿に取り分けてもらった。
何か言われるかとも思ったけれど、特に言われる事も注目される事も無く、元からいる様な気分にさせられて、なんだかほっとしてしまった。
食事が済むと刀弥君に手伝ってもらって部屋に荷物を運び入れ、独りでクローゼットに衣類を仕舞っていく。一区切りついた所で刀弥君に声を掛けると、ご仏壇を運び入れてくれて、お位牌を納めて手を合わせる。
いつまで手を合わせられるか分らないけど、その時が来たら叔母の所に届けてもらうようにお願いしよう。
刀弥君と入れ替わるように階段を上がってくる足音がして、開きっぱなしの扉をノックして美羽さんが入ってきた。その手には小さなお盆があって、仏様用の供物が乗せてある。
「お嬢さんをお預かりします。出来る限りのことはさせて頂きますので、どうぞ天国から見守ってあげてください」
手を合わせて声に出して語りかけた言葉は、私に聞かせたかった言葉だったと思う。それでも私は、親不孝者と言われても刀弥君に食べられて消えてしまいたかったので、素直に聞き入れることは出来なかった。
彼も彼の家族もとても優しくて、その優しさがとても残酷に感じる。
せっかくの覚悟を、いとも簡単に揺るがしてくれるのだから。
この揺らぎは刀弥君にとってのご馳走なのだろうか……。