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囚われる1

 目を覚ますと見知らぬ木製の天井が見える。

 視線を彷徨わせればここは旅館の部屋のようで、ハンガーに制服が掛かっているのが見える。掛け布団をめくってみれば浴衣を着せられていて、誰かに着替えさせられたようだ。


(私は何故こんな所に……)


 上半身を起こしてしばらく呆けていると、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえて、開いたふすまから服部君の姿をした妖怪が現れる。

「目が覚めたみたいだね。気分が悪いとかは無い?」

「あなたは何? なんで服部君の姿をしているの?」

「可笑しな事を言うね、朝倉さんは。いや、先に服を着替えてくれないか」

 ずっと視線を彷徨わせていた彼は、そう言ってそのまま廊下に出て行ってしまった。胸は見えていないと思うけれど、浴衣は少し着崩れていたので目のやり場に困ったのかもしれない。

 制服に皺が寄らない様にしてくれたのかもしれないけど、あの妖怪に着替えさせられたんじゃないのかな? それなら全て見たんだから、今更な感じがする。


「服、着替えました」

 廊下にそう声を掛ければ、彼は部屋にもどって来て布団の脇に胡坐をかく。

「さてと。なにか誤解がある様だけど、僕は朝倉さんの知っている服部刀弥だよ。クラスメイトだし、今は席も隣りだよね。でもそう、僕の中にもう一人の僕が居る。人の負の感情を食らう妖怪としての僕だ」

「本物、なの? 妖怪でも、あるの?」

「そうだよ。負の感情が好物で、君と居れば美味いものが食えていた。なのに死んでしまったら、折角のご馳走が台無しじゃないか。だからあの場に現れて止めに入った」

 とんでもない事を言いだしたけれど、妖怪ならいきなり現れた事にも説明がつくし、相手がなんであれ好きだった人の役に立って死ねるのなら、そう悪くはないだろう。


「私はどうすれば役に立てるの? どうしたら、食べてもらえるの?」

「そうだなぁ。ひとつ目は、僕と一緒に暮らす。ふたつ目は、名前で呼び合って親交を深める。みっつ目は、喜怒哀楽をちゃんと吐き出すこと。かな?」

 一緒に住むのは、いつでも食べられるようにするためだろう。名前で呼び合うのは、人気者である服部君を慕う子からの嫉妬を受けるためかな?

 でも、周りの人に迷惑をかけるのは本意じゃないから、一思いに食べられてしまいたい。早く消えてなくなりたい。


「私は不幸をもたらすから。だから家にいてはだめ? それで食べごろになったら一思いに……」

「ダメ。周りに不幸が降りかかる前に、僕が全ての不幸を食べつくしてあげる。だから、学校にも今まで通り通うんだよ」

 少なからずためらいは有ったけれど、不敵に笑う服部君をなんだか信用していいような気持ちになってしまって、全ての条件を飲んでしまうことにした。


 布団を畳んで荷物をもって部屋を出て、一階に下りるとやはりここは旅館だった。

「連れの体調も大丈夫そうなので、チェックアウトします。彼女の着替えとか、ありがとうございました」

「えっと、ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、元気になってよかったわね。それではお気をつけて」

 服部君は挨拶だけすると、お金も払わずに私の手を引いて建物から出てしまう。

「ね、服部君」

「刀弥でしょ?」

「刀弥、君。あの、お金を払わないで良かったの?」

「ご厚意で泊まらせてもらったんだけど、ちゃんとお金は前払いしてあるよ。だから奈緒は気にしないで大丈夫」

「奈、奈緒!?」

 両親からしか言われた事のない呼び捨てで呼ばれ、心臓がバクバクし始めてしまう。もしかすると顔に出てしまっているかもしれない。


「ふーん。さんを付けた方が良いかな? 顔、真っ赤だよ」

「からかったりしないで!」

 好きだった人からの呼び捨てにどうしても恥ずかしくって、つい強い口調で言ってしまった。

 こんなに感情を表に出したのは久しぶりだけど、それを狙って呼び捨てにしたかもしれない。それとも所有物としての無意識な呼び方だったのか。

「幸福を感じるから不幸も感じる。より大きな感情は、その反対の感情をさらに大きくするんだよ。だからちゃんと喜怒哀楽を吐き出して」

 そう言えば、私は彼に『好きだった人』と告白めいた事を言わなかっただろうか。だからこんなからかい方をしたのかもしれない。

 後者でなくて良かったと、少し心が軽くなった。


「ところで、今何時? ううん、今日って何日?」

「あれから一晩寝ていて、今は十時半くらいだよ。とりあえずお腹減ったから、どっかに入って食事しない? 奈緒さんは何が食べたい?」

「お腹もすいてないし、特には……」

 すると刀弥君は困った顔を向けてきて、黙って手を引いて近くにあったうどん屋さんに入った。頼んだのは鍋焼きうどんで、黙っていたら私の分も同じものを頼んでしまった。

「無理して食べなくても良いけど、食べないと倒れちゃうし。そうなったらご馳走がお預けになっちゃうからね」

 そう言われてしまえば従うしかなくて、なんとか半分食べて残りは食べてもらう事になった。刀弥君はニコニコして美味しそうに私の残りも食べていたけれど、私は美味しいとは感じなかった。



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